第七話「あの恥ずかしいライブをもう一度」
ゲリラライブ当日。
僕らは学校の授業が終わると、そのまま部室に向かう。
「なんか、妙に緊張してきた……」
何度もライブは経験してきている。けれど、今回のゲリラライブに異様な緊張感を感じた。
「岩崎君、大丈夫?」
芹沢さんは心配そうに、僕に声をかけてくる。彼女だって、初めてのライブで緊張や不安は大きいはず。
ましてや、ギャルゲーソングをやるんだから複雑な気持ちに違いない。
「大丈夫! やるからには必ず成功させよう」
ここで僕が緊張を見せたら、芹沢さんがさらに緊張してしまう。僕は気丈に振る舞った。
「けどさー。いきなり体育館のステージで披露して、前回みたいに人が集まるかなー」
「うっ……たしかに。新入生もいるわけだし、違う反応になるかも」
一年も過ぎれば環境は変わる。ましてや、その間にいろんなアーティストが曲を発表している。
いろいろな音楽を聴く後輩たちの耳は、さらに肥えているのだろう。
ーースマホの美少女ゲームで流れるオープニング曲をやったほうが良くないか?
僕はなにげなく、そのつぶやいてしまう。
「岩崎君、それはナンセンスだ! 古き良き、DVDによるギャルゲーの主題歌をやるのが一番だろう!」
バタンと部室の扉を開けた金本。その後ろに和田たちがいる。
「金本先輩たち……なにをしに?」
「それは決まっているだろう! 君たち、後輩によるギャルゲーソングライブを見に来たのだ」
「まあ、あれだ。応援しに来たと思ってくれ」
ハイテンションに話す代わりに、荒木がそう話す。
「けど、受験勉強で時間がないのでは?」
「だっ、大丈夫だよ。たまには息抜きもしないとだしさ」
「僕たちがいないギャルゲーソングライブを、この目に焼き付けるのさ!」
そう話す金本が、期待するような目で僕らを見つける。
ーーそういえば、先輩たちがいないバンドのライブは初めてか。
同好会のバンドは、金本たちの演奏力があって成り立ってきた。その金本たちがいない中で、僕らはライブをやろうとする。
ーー先輩たちがいない今、僕らの実力が試されようとしている。
そう考えると緊張が和らぎ、逆に闘志が湧いてくる。僕自身がどこまで成長しているか。
「先輩方……僕らの勇姿を見ていてください!」
「いや、キョウちゃん。あんた、さっきまで自信なさげな顔してたじゃない」
「岩崎君って、すごいね」
突然の変貌ぶりに響子が引き、芹沢さんが驚いては感心している。
「よくぞ、言った岩崎君! では、君たちのギャルゲーソングを披露してもらおう!」
「まあ、僕らは先に体育館で待ってるよ」
「がっ、頑張ってね。岩崎君」
そう激励の言葉をかけた金本たちは部室を去っていく。
「よーし! みんな、気合いを入れてライブに挑もう。去年のような、悲しい思いをしないように」
「……頑張ります!」
「芹ちゃん。こんなやつについていくことはないよー。というか、芹ちゃんが変な目で見られないか心配ー」
「そんなことないよ? この学校にいるみなさんは、悪い人でないし」
ーーさすが、美少女転校生の芹沢さん。すでにその容姿で、みんなの心を鷲づかみしているとは。
だがしかし、響子の言うことも一理ある。とにかく、芹沢さんに恥をかかせないようにライブをこなす。
僕はそう考えながら、時計に目をやる。
「そろそろ時間だ! とりあえず、体育館に向かおう」
ギターケースを背負い、芹沢さんたちに話すと僕らも体育館へ向かうことにした。
すでに放課後の時間になり、生徒たちは部活動をしている。もちろん体育館でも、スポーツ系の部活が利用しているはず。
まずは体育館で部活をやっているところに、僕らがステージで曲を披露する。
計画ではギャルゲーソングを弾いて注目され、その音に他の生徒が体育館に現れる。
ギャルゲーソングの良さを、新一年生に届けるのが目的だ。
「……作戦名は、坂道のアポポン!」
「岩崎君、坂道のアポポンって?」
「あれよ、あれ。漫画が原作のアニメでジャズだが、クラシックを題材にしたやつ」
向かう道中、僕が口にしたことを響子が芹沢さんに説明する。
「キョウちゃんも、あんだかんだでアニメを観ているのねー」
「あれは音楽アニメだからな! チェックするのは当たり前だろう」
「……口ぶりが金ちゃんみたいねー」
これからライブだというのに、響子は相変わらず脳天気だ。サブボーカルを担当するんだから、少しは緊張するだろうに。
無駄口を叩きながら、しばらく歩くと体育館の出入りが見えてきた。
「あの? 楽器しか持ってないけれど、スピーカーとかは?」
「ああ、それは気にしなくて大丈夫だよ。昨日のうちにステージに設置しておいたし」
ライブをやるための準備は事前に完了している。というか、僕が機材をセットしようとしたらすでにステージに置いてあった。
おそらく金本たちが気を利かせてやってくれておいたのだろう。同好会を引退して受験勉強で忙しいのに、今でも先輩たちには感謝せざるおえない。
「金本先輩たちが、安心して同好会を任せられると思えるような姿を見せなきゃだな」
「そんな真剣になることかなー? ただ、同好会を引退しただけでー」
たしかに同好会からいなくなっただけで、バンドは解散しているわけではない。
先輩たちの受験が終わったら、同好会じゃないバンド活動は再開されるだろう。
重要なのは同好会の存続。そして先輩たちの後を継ぎ、部活動としてギャルゲーソングを広めるためだ。
体育館に入る扉を開き、中に入る。僕は様々な決意を持って、これからゲリラライブを決行する。
「思ったより、生徒がたくさんいるね」
芹沢さんたちも中に入ると、体育館にいる生徒の数にそう口にした。
見た目から運転部でない僕らを、ちらちらと見てくる。
ーーいきなり現れて、不思議そうにしているのは去年と変わらないな。
生徒たちからの視線を感じつつ、僕たちはステージに向かって歩き出した。以前のように、一人だけでやるライブではない。
僕らでやる初のギャルゲーソングライブ。その幕が開く。