第十九話「運命のギター発表日!」
僕と芹沢さんは部室の扉を開け、中に入る。
「あれ? 先輩たち、久しぶりですね」
「ああ。しばらく、留守にして悪かったな」
久しぶりに僕らを見たのか、琉偉はそう口にする。部室には全員が来ていて、そこに顧問である山本先生もいた。
「岩崎。最近は部活をしないですぐ教室からいなくなっていたらしいが、芹沢となにをしていたんだ?」
「……山本先生、なぜ今日になっているんです?」
「いやあ、馬場に昔のギャルゲーを貸してくれって頼まれてな。渡しに部室に寄ったんだよ」
「山本先生も、ギャルゲーをしているんですね」
机に置かれたギャルゲーのDVDが積まれていた。それを見るや、芹沢さんはそう話す。
芹沢さんは知らないだろうけれど、山本先生もギャルゲーを嗜む教師である。そのコレクションは、金本たちと同格。
「いや! これはだな、芹沢。教育的にはアレなやつだが、決して悪い意味ではなくだな」
山本先生は芹沢さんにギャルゲーをしているのがバレたのか、懸命に弁解していた。
「山本先生はどうでもいいとしてー。キョウちゃん、そろそろなんかやろうよ」
響子は山本先生に気をかけず、僕にそう声をかける。なにかやるということは、つまり同好会のバンド活動という意味だ。
「それは、もちろんだ。そのために是非、みんなに見てもらいたいことがある!」
僕はそう答えた後、芹沢さんに合図をしてギターを取り出した。
「いきなり、ギターなんか出してなにをやるんですか? 芹沢先輩まで……」
ギターを肩にかける僕らに、瑠奈は話す。
「今から、前に貸しスタジオで聴いたアニソンを僕と芹沢さんで弾く!」
「芹沢先輩……と?」
みんなの視線が芹沢さんへと向く。
彼女をギター初心者だと思っているみんなの目は、弾けるかと考えているのだろう。
「みんなの足を引っ張りたくないし、わたしなりに頑張って練習してきました!」
芹沢さんははっきりとした口調で、みんなにその意思を伝える。
「けど、まだ曲を聴いてから日が浅いですよ?」
「甘くみては困るな、琉偉。芹沢さんのギターを聴いて、驚くんじゃあないぞ」
「は、はあ……」
僕の言葉にキョトンとしながら琉偉は聞く。今からギターを弾くわけだが、おまえたちを驚かせるのは間違いない。
「じゃあ、曲を流してあげよっかー? 曲を聴きながら弾くみたいな」
「いや! 曲はかけなくていい。僕らのギターだけだ」
スマホを取り出して曲を流そうとする響子を引き留める。
聴かせたいのは、僕らのギター。特に芹沢さんの演奏。
「じゃあ、芹沢さん。やろうか」
「……うん!」
ギターを構えてる僕らに、みんなは静かに見つめる。
これまで練習してきた成果を出す時が来た。僕はピックを握りしめ、ギターを見つめる。
芹沢さんもギターを構え、僕の合図を待った。
「ふう……それじゃあ、いきます!」
僕はそう声に出した後、ギターのボディをコンコンと叩いてカウントを取る。
そして、それを合図に僕と芹沢さんは同時にギターを弾き始めた。
曲のイントロ。最初のフレーズを勢いよく鳴らす。タイミングはバッチリで、コードの乱れはない。
ーージャラランー! ジャカジャカ。
流れるように奏でる音は綺麗に出ていて、原曲通りだ。僕の弾く音色が中心に、芹沢さんのギターが横からスッと入る。
ピックを握る指の形。きちんとギターのストロークもできている。
左指で押さえるフォームも、練習した時よりも様になっていた。
この瞬間、芹沢さんはギターを弾くギタリストに見えた。
「……へえ」
ギターを弾き始めて数秒。
以前の彼女とは違うと、みんなは感じつつあった。芹沢さんのギターを弾く姿を、食い入るように見ていた。
あれほどミスを連発していたり、弾く音をビビらせていた芹沢さんはいない。
そんな風に思いながら、ギターの音色を聴いているようだ。
イントロからAメロ。そして、サビの部分まで完璧に弾きこなす芹沢さん。
ーーやっぱり、誰かとギターを弾くのは楽しいな。彼女のギターは、聴いていて安心する。
僕はそう思いながら、ギターを弾き続けた。
気がつけばあっという間にサビまで弾き終わり、ギターの演奏を終えた。
ーーパチパチ!
弾き終わった後、拍手の音が部室に響き渡る。
「すごいじゃないか、芹沢! まさか、おまえがこんなにギターが弾けるだなんて先生は感動した!」
最初に感想を述べたのは、山本先生だった。
芹沢さんがこの同好会に入ったと聞いた時、先生は意外そうな顔をしていた。
まさか、芹沢さんがギャルゲーソングを弾く部活に参加するとは思っていないだけに予想以上に感動している。
なにより、ここまで曲を弾けたことを喜んでいた。
「すごいよー、芹ちゃん! 曲をここまで弾けるなんてー!」
響子も芹沢さんの弾いたギターを聴いて、同じように喜ぶ。
自分が弾いたギターで誰かを喜ばせることができるのは、本当に最高だ。
芹沢さんはそれを実感する。
「さあ、どうだ! 瑠奈たちよ……芹沢さんの成長を目の当たりにして」
僕は瑠奈たちにそう投げかけた。
芹沢さんのギターに対して、微妙な雰囲気を出していたやつらは今になってどう思うか。
今回の目的で大切なのは、この二人の反応。
「どうって言われても、普通に上手くなってますしすごいですよ」
「そうだね。楽譜もないギターパートをここまで弾けるんだから、芹沢先輩は素敵です」
瑠奈たちの言葉は、意外にも高評価だった。
「へ? おまえたち、芹沢さんのギターを認めるのか?」
「なに言ってんですか……岩崎先輩? 認めるもなにも、別に芹沢先輩を悪く思っていませんよ」
「いや……貸しスタジオの時、ギターを弾いた後で不安そうな顔してなかったか?」
初心者が私たちとバンドだなんてーーみたいな感じだろうと僕は思っていたが、肩透かしを食らう。
「あー。あれは俺が単に無愛想だから、そう見えただけですよ」
「琉偉って、無表情過ぎるからよく間違えられるんですよねー!」
「そっ……そうなのか?」
ということは、僕の勘違いしただけ。
芹沢さんがギターを弾けるようになったことを、二人は純粋に尊敬している。
ーーポンッ。
「まあ、キョウちゃん。思い込みは誰にでもあるよ? 結果的に、芹ちゃんにギターを任せられるんだからヨシ!」
僕の肩をポンッと叩き、響子は哀れむように口にした。
「じゃあ、芹沢先輩! わたしのドラムや、琉偉のベースと一緒にやりましょうよ」
「そうだね。是非、俺らと弾きましょう」
「ありがとう、二人とも。うん、合わせて弾いてみたい」
向こうのほうで芹沢さんは瑠奈たちと、楽しそうにしている。
「……まあ、これで良かったのかな」
少なくとも、同好会のバンドメンバー同士としてやっていけるだろう。
僕はそう思いながら、芹沢さんたちを見つめる。
ーーガラガラ。
すると、いきなり部室の扉が開かれる。
「岩崎君! 芹沢さんのギターは成功したかね?」
「金本先輩……なぜ、また部室に現れたんですか」
「いやあ! 芹沢さんの勇姿をこの目で見ようとしてだね……まあ、すでに遅しだが」
ギターを弾き終わった後にやってきた金本は、見れなかったことを悟ってガッカリする。
「まあ……君たちのライブはすぐに見れることになるだろう」
「いやあ。やっとこれから全体練習を始めて、形にしていきますから。すぐにライブだなんて……」
そう言いかけると、金本は一枚の紙を僕に差し出す。
「君たちにはすぐにライブをやってもらわねばならん! この紙を読んでくれたまえ」
ーースーパーマーケットまるもち開催! 開業十周年記念イベントの出場者へのご案内。
紙にはそうデカデカと書かれており、読み進めた出場者の欄に同好会名がある。
「ということで、このイベントが始まるまでに曲を仕上げておいてくれ」
「……金本ぉぉぉ!」
僕は気が狂ったように、金本の名前をさけぶ。
よくわからないスーパーマーケットのイベントに、僕らのバンドが出ることになってしまった。