第十六話「頼れるパイセンとレッスン!」
その日の放課後。僕と芹沢さんはギターを背負って廊下を歩く。
ーーざわざわ。
学校から帰る生徒らが、僕らをチラチラと見てくる。
「岩崎君……どうして、みんなわたしたちを見ているんだろう」
芹沢さんは視線を感じながら、僕にその聞いてきた。
理由があるとすれば、二つ。
一つは、ギターケースを背負って歩く僕らがギャルゲーソングを弾くやつらだとわかっているから。
ゲリラライブをやったことは少なからず、校内に知れ渡っている。僕に関しては、一年生の頃からギャルゲーソングを弾いているから尚更だ。
二つ目は、芹沢さんという美少女がギターを背負っている姿に見惚れているからだろう。
転校してきてそこそこ日数が経っているが、その人気がなくなることはなかった。音楽研究同好会という変な同好会に入っていても。
「あまり気にしないで、芹沢さん。とにかく目的地に向かおう」
「え、ええ」
周りの視線など跳ね除けながら、僕らは歩く。
目的は芹沢さんのギターテクニックを上達させる。そのために、彼らが待つ教室へと向かわなければならない。
ーーガラガラ。
しばらく廊下を歩いた後、上級生の教室に着いた。僕は扉を開けて、中に入る。
「……失礼します」
一礼して教室の中に入ると、居残っていた生徒が二人。
「うむ! 岩崎君、よくぞ来てくれたな」
「金本から話は聞いているよ。まずは、詳しく説明してくれるかい」
そう僕らに向かって話す二人。金本と和田だ。前まで一緒にバンドを組み、ギャルゲーソングのライブをやってきた人たち。
芹沢さんのギターを上達させるには、この二人が必要なのだ。
「受験勉強が忙しいのに、連絡してしまって申し訳ないです」
「はっはっは! 気にすることはないぞい、岩崎君。同好会の後輩から頼まれたら、断る理由などなかろう」
「ああ。それはそうだが、なにがあったんだい?」
僕は和田からそう尋ねられて、改めて経緯を説明する。
新しくアニソンを練習することが決まったこと。そして、芹沢さんの置かれている状況などを詳しく話した。
「うむ。たしかに、芹沢さんは同好会に入ったばかりだし、ギターどころかギャルゲーもまだ初心者であろうな」
「そうだね。いきなり、すべてを理解して弾かせようとしたのは良くないな」
「ギャルゲーの知識に関しては、とりあえずいいとしてギターを弾けるようにさせてあげたいんです」
一人弾けず、みんなの役に立てていないともう思わせないように。なにより、ギターを一緒に弾ける喜びを芹沢さんに感じて欲しいと僕は思った。
そのために忙しいであろう先輩たちの力を借りてなんとかしたかった。
「あの……わたし、岩崎君たちの力になりたいんです。だから、わたしにギターを教えてください」
話を聞いていた芹沢さんは、金本たちに頭を下げる。僕もすかさず、同じように頭を下げた。
「ふむ! その心意気……実に感動的だな。嫌いじゃないわ!」
「金本……」
そんな僕らに、金本は腕を組みながら感動していた。和田は呆れながらため息をつくと、芹沢さんに尋ねる。
「僕は人に教えるのがあまり上手くないけれど、大丈夫?」
「はい! 今より少しでも上手く弾けるようになりたいですし、よろしくお願いします」
「和田先輩……できれば、優しく丁寧に教えてあげてくださいよ」
「岩崎君。以前、君に教えた時の僕はそんなに厳しかったかい? 僕よりも、金本のほうが心配だよ」
「なにを言うか、和田! 僕が怒鳴り散らすようなスパルタ教育をすると思っているのか!」
ちらりと金本を見てそう話す和田に、金本は声を荒げる。
ーーその短気さが、心配なんでしょうよ。
なにはともあれ、芹沢さんにギターを教えてくれる二人に僕は安堵する。
「それじゃあ、今日は少しだけ練習してみようか。明日以降は、きちんと時間を設けてやろう」
和田は僕たちに話した後、僕のギターケースを見つけると中身を取り出すように言う。
僕と芹沢さんはギターを出して、椅子に座って構えた。
「課題曲はたしか、アニソンだったよね?」
「はい。この曲なんですけど、和田先輩はわかりますか?」
「どれどれ……」
和田に聞かれ、僕はスマホに入れておいた曲を伝える。和田は曲のタイトルを見て、すぐに知っているような表情を浮かべた。
「なるほど、この曲か。アニメはよく観ていたから、曲も知っているよ」
「うむ! 作画さえ我慢すれば、ストーリーは神だからな!」
「いや、金本先輩……アニメより、曲のギターをですね」
金本がアニメについてペラペラと話す前に、僕はそう話をさえぎる。
「まあ、とりあえず芹沢さん。弾けるところまで、弾いてみせてくれないか?」
「はっ、はい!」
和田にそう言われた芹沢さんは、ギターを弾き始めた。
ーージャララン! ジャラ……ギィィィ。
最初の音は綺麗に出せたが、コードチェンジをした後にギターから変な音が混ざる。
「ご、ごめんなさい」
「いやいや、芹沢さん。それでいい」
ミスした音を聴いた和田は、特に疑問も感じないような顔をして話す。
「弦の押さえ方は正しいし、コードを変える動きも悪くない。問題は押さえる力加減かな?」
「うむ! 特にFなんか押さえる時に使う人差し指は、他より難しいからな」
やはり、ギター初心者がつまずくFの壁を二人は指摘する。
「芹沢さんは女の子ですし、指だって細いじゃないですか。やりにくいはずかと」
「まあ、そうだね。それに関しては、ひたすら押さえると、知らないうちにできちゃうさ」
「たしかに……僕も気がついたら、いつのまにかできていたような」
「とりあえず今は、曲を弾けるようにするためにとある小技を使おうか」
和田は僕にギターを貸すように言い、渡したギターを持って弦を押さえる。
その手の形は、バーレーコードでつまずいている押さえ方。そして、指の形を微妙に変える。
「原曲のギターは、この三つを押さえて入れば大丈夫」
「……三つ?」
芹沢さんはそれを聞いて疑問に思いながら、和田の手の形を見つめる。
そこには六弦から四弦までしか、押さえていなかった。
「芹沢さんが弾く時に押さえる場所は、これだけでいい」
「ほう! さすが和田だな! フレーズの重要なところだけを押さえていやがる」
感心するように、金本は和田のギターを見ながら口にした。
「名づけて……必要最低限の音を出して、岩崎に丸投げ作戦だ!」
金本が意味のわからない作戦名をさけぶ。
しかし、この作戦が後に役に立つことを僕らは知らなかった。
金本たちのギターレッスンは続く。