第十四話「芹沢さんとギターレッスン!」
「とりあえず……ギターを構えてみようか、芹沢さん」
曲を聴き終えた後、ひとまず弾けるかどうか試してみる。もちろん芹沢さんだけでなく、僕らもだ。
「芹ちゃん、ギターの練習はしていたー?」
「ええ。この前のライブから、少しずつ自宅でも弾いたりしていたけれど」
そう話す芹沢さんの指は、少し赤くなっていた。指が赤くなるということは、それだけ硬いギターの弦を押さえていた証拠。
彼女なりに、一人でギターを練習していたのだろう。
「先輩。俺らは曲を知ってるんで、軽く弾いてみていいですか?」
「あっ、ああ。とりあえず、やってみてくれ」
琉偉に言われた僕は、そう答える。
すでに曲を何回も聴いていただろうし、ある程度はコピーができそうな雰囲気に見える。
「じゃあ、あたしが二人の演奏をチェックしてるよー。キョウちゃんは、芹ちゃんをお願いねー」
響子はそう言い残し、二人とスタジオの演奏スペースへと去っていく。
「よし! 気を取り直して、まずはギターを構えよう」
「はい!」
元気よく返事をした芹沢さんは、さっそく座りながらギターを構えた。僕も向かい合うように、同じくギターを手に持つ。
「曲を聴いた感じだと、最初のコードはCからかな」
「えっと……Cはこう押さえてっと」
芹沢さんはギターの指板をゆっくりと押さえ、手をコードのフォームにする。
「すごい、綺麗なフォームだね」
「……え?」
いきなり僕にそう言われた芹沢さんは、びっくりした顔をした。
そう細い指で押さえた形は、とても綺麗なものだった。芹沢さんの指がではなく、その完璧な構えに僕は無意識に口にしたのだ。
「よく教本とかに載ってる押さえ方の写真みたいに、理想的な形だよ」
「あっ、ありがとう」
照れた芹沢さんに、僕はそのままピックで弾くように言う。
ーージャラーン!
右手に持ったピックが弦を弾き、はっきりと音が鳴る。それは前に弾いた音より、上手くなっていた。
「すごいよ、芹沢さん! 弾けるようになってきたじゃないか!」
「そうかな? このコードは他のより押さえやすいから……たまたまだよ」
「そんなことないよ! よし、そのまま曲のイントロのリズムを覚えてみよう」
僕は聴いた曲のギターを先に弾いてみせる。
最初は八分音符のリズムで少し速くなるが、この手のリズムは別の曲で理解している。
芹沢さんにこういうリズムだと教えるために、僕はギターの弦をはじいた。
ーージャジャ! ジャジャジャン!
「岩崎君、さっき聴いたばかりなのにもう弾けるんだね」
僕の弾いた音を聴いた芹沢さんは、おどろきながら話す。
「ギャルゲーソングは金本先輩から、耳がタコになるまで聴かせられたからね。それに、ある程度曲を聴くとコード進行がわかってくるんだよ」
楽譜がないギャルゲーソングは、耳で聴いて覚えていくしかない。金本が楽譜をぱぱっと作れてしまうのは、何回も曲を聴いてきたからだろう。
僕もそんな金本たちとバンドをやっていたおかげか、今では簡単な曲ならば聴いただけでイメージが掴めるくらいになった。
「すごいなあ。よーし、わたしも!」
そう言って、芹沢さんは僕が弾いたリズムを真似て弾いてみせる。
右手のストロークがぎごちなく。時々、ピックが弦に引っかかっていた。
しかし一度弾いてみせただけで、芹沢さんはギターのリズムをきちんとわかっている。
彼女にはギターセンスがきちんとあると僕は思った。その証拠に、音は変でも曲のギターになっているのだから。
なにより、ギターに向かって真剣で楽しそうに芹沢さんは弾いている。
「いいね、芹沢さん! 最初は出す音を気にせずに感覚をつかもう。その後のコード進行は……」
そんな彼女を見ながら、僕も楽しみながら一緒にギターを覚えていった。
「あー、ここはFコードなんだね」
しばらくイントロの部分を弾いていると、そう芹沢さんはつぶやく。
「Fコードはギターを始めた人がぶち当たる壁だね」
「人差し指で全部の弦を押さえるんだよね……わたし、必ず音が出ない弦があって」
「僕もギターを始めた頃は嫌になったなあ。弾けなくてさ」
他のコードを押さえる指より難しく、Fコードでつまづく。人差し指は痛くなるし、他の指も変な形になってしまう。
「けど、岩崎君はもう弾けるよね? コツとかないの?」
「コツかあ……」
こればっかりはコツというよりも、何回も押さえいくしかない。ひたすら指の位置を頭に覚えさせるしかなかった。
僕はその芹沢さんに話すと、彼女は指でFの形を作る。
「こうして……小指がここの位置で」
「そうそう! 後は人差し指にグッと力を入れて」
芹沢の手を僕はそっと触れて、ギターに押さえさせる。
「あっ……」
「ごっ、ごめん! いきなり」
重なった手を勢いよく振り払い、僕は謝る。
「ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
ギターを教えるつもりが、思わずセクハラをしてしまうところだった。
僕は照れながら謝り、改めて押さえ方を教える。
ーーわあ、芹沢さんの手に触れてしまった。やっ、柔らかかったな。
気持ち悪いことを考える僕は、内心嬉しさを感じた。
「そこ! ありがちなラブコメ展開をしてないで、真面目に練習しなさーい」
響子はこちらを向いて、茶化すように大声を上げる。クスクスと笑う瑠奈たち。
「うっ、うるさないな! おまえたちはどうなんだ。弾けるようになったのか?」
「それが二人ともすごいのよー。もうサビまで弾けちゃってんのー」
「馬場先輩……弾けてないですよ? こんな感じかなっていうくらいで」
琉偉はそう謙遜するような口振りで響子に答える。
「あたしはすでに歌詞は覚えているからねー。余裕、余裕」
気楽そうにブイサインをしながら、響子は話していた。
「僕だって、イントロのところは弾けるようになったさ。芹沢さんも、リズムは掴めている」
そう答えると、ふむふむと考え込む響子。そして、ある提案を出してきた。
「ならさ、イントロの部分だけをみんなで弾いてみようー」
「……え?」
僕と芹沢さんは声をそろえて、驚く。
「イントロができるなら、合わせられるでしょうー? さあ、準備ー」
響子は瑠奈たちにも同じことを話し、マイクスタンドの前に立つ。
「あたしたちは大丈夫ですけど、岩崎先輩たちはいけます?」
ドラムセットの前で瑠奈が僕らに尋ねる。
「芹沢さん……弾けそう?」
「自信はないけど、もう弾かなきゃいけない雰囲気だね」
覚悟を決めた芹沢さんは立ち上がると、ギターを持ちながらみんなのほうへ向かう。
ひとまず、曲のイントロをみんなで弾いてみる形になった。