第九十六話「ハプニングはあるけれど、それが新たな可能性を生む!」
二曲目の演奏は最初からヒートアップをして演奏される。
前曲をやった時の余韻が残っているのか、楽器隊はいつも以上の音を鳴らしていた。
――ギュイィィィン! ジャララーン!
僕も自分のギターをなんなくこなし、奏でていく。
その音がみんなと重なり、体育館の全体に響いているのを体で感じる。ステージで弾く僕ら。そして、それを聴く観客とで一体感のようなものが出始めていた。
それは、まぎれもないバンドのライブ特有のものである。
――そろそろ、芹沢さんのボーカルが入るな。
横でギターを弾きながら、芹沢さんが弾きながら歌うタイミングを見計らっているのを見つめる。
特に心配をしているわけでない。芹沢さんなら、きっとうまく歌える。
僕はそう確信をしつつ、芹沢さんが合わせやすいようにギターの音を微妙に変えた。それは、彼女が歌いやすいようにするための表現でもあった。
曲はAメロへといき、ついに芹沢さんが歌う。
「――っ!」
ボーカルが入るパートを弾くと、同時に芹沢さんの声が放たれた。
あれから一人でも練習をしたのだろう。それがわかるくらい、彼女の声は変わった。
よりボーカルらしい歌声で、ギャルゲーソングを歌っている。
――いいじゃないか……迫力が伝わるよ。
まだ序盤なのに、全力で歌う芹沢さん。この後はサビなども控えているだけに、そこは大丈夫かなと冷や汗をかいてしまう。
けれど、芹沢さんのボーカルが聴こえ始めた途端。体育館の雰囲気が変わる。
「なにが起きているんだ?」
そう言っているかのように、芹沢さんの歌声に聴いている人たちがおどろいていた。
僕はその反応にニヤリと笑いながら、サビを盛り上げる。
間違いなく、彼女のボーカルは人を魅了できると確信が持てたからだ。イメージ通りのギャルゲーソングを歌うボーカルとして、最初のデビューだろう。
「あの弾きながら歌っているコ……なんか、いいなあ」
「弾く姿もかっこいいし、なにより……かわいい!」
――うん、うん。そうだろう、そうだろう。
ステージの近くにいる一部の男子生徒が、いやらしい顔をしながら芹沢さんを見ているが、思わずその話し声に納得をする。
もともとビジュアルは良い芹沢さん。男子生徒からしたら、そう思っても仕方がない。
そんなことはまったく気づく様子のない芹沢さんは、歌い続ける。
体育館の盛り上がりはさらに増していき、歓声が大きくなる。
しかし、そこで恐れていた事態が起きた。
サビを歌い、そのまま二番目の歌詞を歌うのだが、芹沢さんの歌声に疲労が見られる。
音程は外れていないものの、声量が最初に比べて小さい。
その違いに観客は気づいていないだろうが、演者としては気づいてしまう。僕だけでなく、他のみんなも気づいているようだった。
それでも響子はコーラスで、なんとか支えている。
――どうしますか、岩崎先輩。このままだと、まずいですよ?
――ああ……響子のやつも必死でサポートをしているけれど、限界が来るだろうな。
というような会話をしているように、僕と瑠偉はアイコンタクトを取る。
現に、響子もいつも以上に声を出しているため、普段感じない声の違和感を持つ始めているように見えた。
たしかにこのままでは、せっかく盛り上げたライブが冷めてしまうかもしれない。
とは言っても、今は演奏中。僕らは演奏に集中をしている。
すると、芹沢さんが一瞬、僕に顔を向ける。自分でもまずいと思っているのだろう。
けっして芹沢さんが悪いわけではない。むしろ、そのすごさを見せつけていることがなによりもライブの成功と言えよう。
けれど、このままでは彼女の努力が報われない。なんとしても、ここはどうにかしないと。
僕はそう思い、なんとか打開策を考えるも浮かばない。
曲は二番目のサビに差し掛かり、その後はソロ。やることの多さに、頭がパンク寸前。
――ソロが完璧に弾く……けど、芹沢さんのボーカルをどうするか……ああ、もう!
もう考えるのはやめて、感情で動く。
なにも考えず僕は、ギターを弾きながら空いたマイクスタンドに向かう。
マイクの電源は入っているはず。ならば、やること一つしかない。
僕はそのままマイクに近づき、サビが始まると同時に曲のボーカルを歌い始めた。
「――っ!」
突然、僕のボーカルが芹沢さんと同じメロディを口ずさみ、ボーカルが二人になると体育館がざわつく。
原曲ではなかった男女のメインボーカルは、初めてのことであった。
そのいきなり起きたことに、観客だけでなく響子たちも思わず面を食らう。
――けど、なんかこれはこれで悪くない。
疲労を見せる芹沢さんのボーカルを殺さず、上手い具合に重なる。これで、芹沢さんのボーカルがトーンダウンをしても、ごまかせるだろう。
やっつけ感があるとはいえ、僕のボーカルも良い感じに受け入れられている気がする雰囲気だ。
僕らはこのままノンストップで歌う続け、次はソロ。
バッキングからソロのフレーズへと変え、僕はこの曲のソロをはじく。
――ギュイィィィィン!
甲高いギターの音が流れるように鳴り、曲をさらに盛り上げる。
歌った後ですぐのギターソロ。ミスはなく、安定したソロに僕は心地よさを感じながら弾いている。
そしてソロを弾き終わり、そのまままたボーカルへと戻った。
僕が弾きながら歌うと、芹沢さんも疲労に負けないように歌声でついてくる。互いを見ながら弾き歌うのだけれど、それはとても楽しい気持ちになっていく。
純粋に僕らはバンドの演奏を楽しみ、ライブをやっているこの時間は、実に最高だ。
曲もまもなく終わりに近づき、僕らの学校でのライブは終わる。
――この雰囲気の中で次にやるんだから、大石君たちは大変だろうなあ。
少しかわいそうなことをしたと思ったが、前座としては上出来である。
エンドロールを迎え、僕らの演奏はここで終わる。
「ありがとうございましたー! この調子で、大型イベントでギャルゲーソングをやるんで、応援してくださいねー!」
僕はそうライブを終えた後に、マイクでそう口にする。
すると、歓声が上がり拍手の音が聞こえ始める。わあ! っという声が体育館から上がり、僕らは思わずおどろく。
「がんばれよー! 軽音楽部より、いい成績で帰ってこーい」
そんな声も聞こえ、僕らはおじぎをしてステージを後にする。
次にやる軽音楽部のセッティングに変わるが、僕らは気にもしない。
ステージから降りて、舞台裏に戻った僕ら。
「なんか……久しぶりに良いライブをやったって思えたなー!」
「はあはあ……そう、ですね」
すでに疲れ切った瑠偉たちはそう言いながら床に腰をおろす。
「まさか、ツインボーカルで攻めるとはねー! さすが、キョウちゃん」
「いやあ。なんとかしなきゃいけないと思って、とっさにな」
「けど、ありがとう岩崎君。わたし、つい最初から全力を出さなきゃって思って……それで」
「はははは! 反省は後さ後! 今は、無事にライブをやり終えた余韻に浸ろうよ」
謝る芹沢さんに、僕はそう言って瑠偉と同じように床に倒れ込む。
「なら、あたしもー!」
響子はわざとらしく同じように床にだらけ始めた。
「ほらー! 芹ちゃんも、床に倒れ込みなよー!」
「え? うっ、うん」
響子に誘われるまま、芹沢さんも床に大の字になる。なんとも、想像できない芹沢さんの姿に僕らは大笑いをする。
学校でやったライブの中で、今日が一番であったと僕は思う。これだけの疲労感と達成感を感じることができたのだから。
「あっ、軽音楽部のライブが始まるね」
「岩崎先輩。聴きに行かなくていいんですか?」
しばらくすると、軽音楽部がライブをやる音が聞こえてくる。
瑠奈がそう尋ねて来たが、僕は答える。
「まあ、いいさ。このまま、倒れ込んでおこうか」
僕がそう言うと、みんなは構わず倒れ込んだままでいる。
ライバルのライブより、今の僕らがやりきった余韻を大いに満喫するのだった。