プロローグ
「うおおおおお、異世界ハーレム最高!」
「やめろ馬鹿!何をやってやがる!」
突如道路に中高生の少年が飛び出し、車でひかれて命を落とす。この光景は現代に生きる我々であれば一度は目撃したことがあるだろう。
‐西暦 20××年‐
世界各地で人々が神隠しにあった「カニスの変」以来、様々な人間が姿を消し、世界の人口の1割が行方不明になった。そんな行方不明者の何人かがある日帰ってきた。戻ってくる人間は例外なく魔法やら巨大ロボットといった空想上の存在を引き連れてきた。
大抵、彼らの倫理観は欠如しており、中高生の男の「帰還者」の例を出すと、彼らは気に入った女を見境なく犯し、気に食わない男は殺すことを徹底した。彼らは暴力的で野蛮であった。そんな彼らを警察組織が放っておくはずがない。無論、捕まえようとした。しかし、異世界からの「帰還者」には圧倒的な武力がある。彼らは国の警察や軍を破壊し、世界に混乱をもたらした。
世界各国は恐怖した。このままでは自分達の未来がない。各国で彼ら「帰還者」の収集に乗りだし、中性の魔女狩りのようなことを行った。異世界から来た人間はかなり強いが、慢心している者たちは多かった。大抵がハニートラップに引っ掛かるので、油断した奴らを薬で動けなくしてから彼らをバラバラに切断し、火で炙って殺すことが出来た。薬で動けなくした一部の個体は研究所に持ち帰ることができたので比較的容易に被検体を入手することができた。
研究の結果、帰還者の中にも複数のタイプがあることが判明した。ここに列挙させてもらう。
type1 勇者
彼らは死んでも一定時間経過すれば復活する。試しに指一本残して体を溶鉱炉に沈めたところ、指から体が再生した。万能細胞の研究は彼らの出現で大きく進められている。そして、type1は死んでも記憶が残っていることから、彼らの研究を詳しくすれば痴ほう症を撲滅できるのではないかと考えられている。
高い戦闘力を誇るが、慢心するので捕獲は比較的容易である。
勇者の犠牲により、日々の医療が発展していく。優秀なモルモットである。
type2 悪役令嬢
なぜか前世の記憶を継承したいる彼女たちは皆、ジャパニーズオタクであり、異世界では理系の知識を生かしたり優れた美貌と頭脳で無双するとされる。一種の未来予知能力を有しており、自分達の未来が分かるのが特徴である。そのため、彼女らを囲いたい権力者は多く、需要がかなりある。しかし、彼女たちは未来予知で破滅フラグを叩きおるので、なかなか捕まえられない。後述するtype4に紛れ込んでいることが多い。
彼女たちは未来という不確定な事象を究明する謎の力を持っており、彼女たちの研究が進めば今の科学が根底からひっくり返るかもしれない。
また、異世界で生まれてこの世界の知識を有する男の転生者も区分上はtype2である。
type3 巻き込まれた人
彼らは個体数の多い勇者を隠れ蓑に存在する一芸に秀でたスペシャリストである。彼らの多くは異世界に転移する前までは大したことがなかったのが異世界に行った途端によくも悪くも弾けて、女をたくさん囲って、自分よりも弱い勇者達を見下して女達をぶんどり、挙げ句には世界を変えようとするなど危険な思想を抱くようになる。彼らの多くは独特な能力を有しており、簡単には攻略できない。勇者よりも遥かに強大で恐ろしい化け物たちで、政府も不干渉としている。
type4 モブ
type1にもtype3にもなれなかった屑。一番多い。大なり小なり異世界産の魔法が使えるが、魔法で火をつけるならライターを使ったほうが早いし、剣で人を斬るくらいなら機関銃のほうが殺傷力が高い。彼らには大した価値がない。そして、この世界から長く離れていたので社会常識を欠如しており、さらには学歴もないので仕事に就けない。彼らの多くは帰って来た後にドロップアウトする。彼らは識別番号を国から与えられ、機械が埋め込まれる。彼らはGPSにより居場所が筒抜けになり、集会の自由が保障されていない。許可なく集会を開いた場合には警察と軍が出動し、射殺されることになる。彼らはリアルでは集まれないが、ネットを通じて社会に害をなす。たちの悪いことに、ネットの掲示板で異世界転移は交通事故によって発生すると書き込みをし、多くの人々がこれを実践したので交通事故率が跳ね上がった。
彼らは害虫扱いされており、未来は暗い。彼らの平均年収は一般人よりも低く、生活が困窮した人の中にはマフィアの用心棒や傭兵になる者たちも多くいる。そして、その理不尽な世界に抗い、戦い続ける者たちがいる。多くの志を持つモブたちとその家族が集結し、民間企業が発足された。その中に各国を股にかける部隊が存在する。その名もDDPF。
社会に害をなす異世界からの帰還者の捕獲をDDPFは一身に背負い、いつ自分が国家から目をつけられて殺されるかを恐れつつも、社会の安全のために帰還者たちと日々戦う部隊である。
*************
「今日も馬鹿な奴がたくさん死んでるぜ。」
ネットの匿名の掲示板にトラックにぶつかれば異世界に行けると書き込むだけで、面白いように自殺志願者が毎日沸きやがる。俺のような選ばれし者しか異世界に行く資格がないことに気づかない馬鹿どもめ。交通事故で死んだら異世界?そんなんで行けるわけないだろ!
「ま、俺みたいな特別な者しか世界を越えることはできないね。」
コンコン
ドアがノックされた。午後7時30分、夕食の時間か。
「なんだよババア、食事を用意したのか?ちゃんと言った通りにハンバーグを焼いてくれたのか?」
最近は俺のリクエストを無視した料理を出しやがる。野菜なんかいらない。肉料理とお菓子を用意しろ。
「津村貞君だね?私はDDPFの者だ。」
「あのババア、俺を裏切りやがったな!」
俺は選ばれし者なのだ。そもそも異世界に行けない奴や異世界でのたれ死ぬ奴とは違うんだ。そうだ、俺はエリートなんだ。中学校の頃に受けた塾の模試でも名前が載っていたし、頭が良いんだ。こんなところで捕まるへまはしない。
「くたばれ、屑野郎!」
体重100キロを超える俺が本気で殴りかかればイチコロよ。俺の拳速は時速150キロだ。プロボクサーが時速40キロ程度であることを考慮すれば、いかに凄いか分かるだろう。
「止まって見えるぞ。」
ぱしっ
俺の拳は簡単に受け止められた。ここまで容易く止められるとは思わなかった。
「てめえは何者だ!俺は帰還者だぞ!俺様を倒せるなんて勘違いするなよ!」
俺のお言葉に多くの人間が付き従い、馬鹿みたいに自殺しやがる。今までずっとニュースも新聞も退屈だったが、俺の采配で人が死んでいると思えば、これほど愉快なバラエティ番組もない。俺の言葉は神に匹敵する。
そうだ俺は神に選ばれし者なんだ。ここで捕まるわけがない。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう」
俺はDDPFの屑を突き飛ばした後に、窓をぶち破って外に出た。下を見ると、母親と父親が肩を抱き合ってしくしく泣いてやがった。そして、外には警察車両が停めてあり、俺のことを見つけるとすぐに拳銃を向けてきた。
「発砲しろ!撃ちまくれ!」
パンパンパン
このまま大人しく肉片になるか、DDPFに捕縛されて一生下僕として死ぬまでこき使われるかのどちらかである。俺は第三の選択肢である脱走を選ぶ。
「捕まってたまるかよ!」
俺は死にたくない。異世界に転移しさえしなければ今ごろは大学生になっていて、彼女もいてリア充になっていたはずなんだ。こんな体重100キロを超えた豚にはなっていないし、世間から白い目で見られることもないはずなんだ。
***********
俺が異世界から帰ってきた途端に、俺の家は近所から様々な嫌がらせを受けた。俺は帰って来た直後に警察に取り押さえられ、その場で体には機械を埋め込まれた。そして、首に識別番号が打たれた俺を誰もが避ける。
俺は心が傷つけられ、またそれ以上に帰ってきたことを後悔した。俺には仲の良かった年の離れた姉がいる。とても美人で頭も良く、俺の尊敬する人だった。そんな姉の生活は俺の帰還によって崩れ去った。俺の帰還が知られると、姉は職場でいじめられ、婚約者からは別れを告げられた。帰還者はこの世界の人間からみれば異物であり、存在するだけで恐れられる。差別されてしまうのだ、帰還者の家族や友人であるというだけで。そのため、俺は家族から憎まれ、疎まれた。
「あんたなんか異世界で死ねば良かったんだ。」
これは姉に最後に言われた言葉だ。それ以来、彼女の居所が全く分からない。自殺したかもしれないし、どこかで元気に暮らしているかもしれない。
「もしかすると、異世界にでも行ったんじゃない?」
この言葉を言った直後に親父に殴られた。何度も何度も。異世界からの帰還者である俺の体は頑丈だ。俺の体は痛まない。逆に俺を殴る親父の拳が真っ赤に染まり、痛々しかった。
体は何ともなかった。その代わりに心が痛かった。
ずっと心に仕舞っていたのに、今になって思い出してしまった。
そういえば、この時からすべてがおかしくなった。
それでも、俺は前向きだった。現状を変えるためにいままでの遅れを取り戻すために勉強し、大検を受けた。大学に行き、世間を見返してやるんだ。死ぬ気で勉強した。その結果は不合格だった。俺は合格する自信があった。そして、納得しなかった俺は家のパソコンを使い、インターネットの掲示板で不条理を訴えた。その結果、分かったことがある。
「帰還者が試験に受かるわけがないだろ。人間じゃないんだから。」
ずっとネットを封印して、勉強をしていたので知らなかった。家族が俺にテレビでニュースを見せないようにしていた理由をその時に知った。
‐帰還者は人間じゃない。‐
帰還者は倫理観の欠如した人の皮を被った獣であり、異世界からの侵略者の尖兵である。多くの人体実験の結果、彼らは人間ではないという決定が世界で下された。
こうなったのも、帰還者たちの責任である。
一部の帰還者はあまりにも調子に乗りすぎた。過去数年の間に世界各地で暴走したtype1とtype3の帰還者が多くの人々を殺害し、複数の国を転覆させたということを俺は過去のニュースを調べて知った。多くの人々は恐怖した。いつ、どんなタイミングで帰還者が現れ、世界に害をなすのか誰も分からない。
この事態に対して意外にも日本は迅速に対処した。帰還者は人間ではないと決定がされたので、制度の制定に既存の法律の制約はない。なぜなら、法律は人を対象にしているのであり、帰還者は人ではないからだ。
日本の制度は高く評価され、世界のスタンダードになった。
保健所の動物のように簡単に殺処分できるように法整備がされた。ペット登録制度だ。帰還者は全員、国によってペット登録を受け、機械を体に埋め込まれる。機械が埋め込まれていない野良帰還者は殺処分対象となる。そして、保護者が通報すればペット登録は解除され、帰還者は処分される。
帰還者はこの世界の人間とは違う。纏う気配と雰囲気が全てが普通の人間の本能に警鐘を鳴らす。どのような聖人であっても同じだ。人々は俺のような帰還者を殺さなければならないとあった瞬間に悟る。
つまり、この世界で俺の存在は拒絶されたのだ。
**********
「はあ、はあ。お前ら遅すぎるな。」
向こうの世界の軍馬は時速500kmで何時間も走ることができた。この世界の自動車は遅すぎる上に舗装された道路しか走れない。仮にトラックで俺が引かれたとしても怪我は負うだろうが、運転手の方が死ぬ可能性が高いだろう。
「やっぱ、俺は人間をやめたのかな。」
俺はtype4に区分されるモブだ。あの世界でも俺よりも強い奴はたくさんいた。俺には未来予知も死者蘇生もない。一芸に秀でているわけでもない。現実は厳しかった。
それでも、俺はあの過酷な戦場から生きて帰ることができたのだ。向こうでハーレムを作ることも無双することもなかったが、何人も命を落とす中で、戻ってきたのだ。この世界の人間じゃ俺には勝てない。
俺は錆び付いても帰還者なのだ。簡単には殺られるつもりはない。無論、修羅場をいくつもくぐった俺は分かっている。思い上がったりはしない。今日、俺は死ぬ。
殺しに来るならもっと早く来て欲しかった。俺が堕落する前の万全な状態の俺を殺して欲しかった。誇りある戦士として命を散らしたかったと思う。両親に甘えて、部屋に引きこもり、この世界に復讐しようと好き勝手なことをネットの掲示板に書き込む前に倒して欲しかった。
俺が帰ってきたときに、事情を説明して、機械を埋め込まれるのではなく、その場で強敵と戦い、命を散らしたかった。あの時なら俺も死を受け入れることはできた。なぜ、薬で俺を眠らせ、機械を埋め込んでペットにしたの?
「逃がさんぞ。お前は処分されるかDDPFに所属して帰還者の取り締まりに協力するか、二つに一つだ!」
「俺はもう誰かの指図を受けて人を殺したくない。てめえらは帰還者のことを人ではないとでも思ってんだろ!取り締まりだと?ふざけるな!ほとんどの仕事は野良帰還者の処分じゃねえか!俺は日常を取り戻したかったんだ!人を殺すためにあの世界を離れた訳じゃない!」
「お前は誤解している。DDPFは野良帰還者を処分する前に我々に協力するかを必ず確認している。給料だってごくわずかだが支払われる。年収50万だ。それに加えて食事もついている。悪くないだろ?お前のようにデブになった奴も研修でたっぷりしごいてやるから安心しろ。すぐに元の感覚を取り戻せるさ。さあ、戦いの日々が貴様を待っているぞ!さあ、来るんだ!」
「断る。戦うのが好きなら契約を継続してあの世界に残る道を選んだ。俺は自分の道を切り開くと心に決めた!」
「じゃあ、死ね。」
目にも止まらぬ抜刀によって俺の体は一刀両断された。胴体と腰が分断された。素晴らしい腕前だ。全盛期の俺でも倒せなかっただろう。途切れゆく意識の中、俺は奴に尋ねた。
「あんたの名前は?」
良く見るとなかなかの男前だ。あまりの痛みで感覚がないおかげで、じっくりと今生の俺の最後の敵の姿を眺めることができた。
「如月神だ。お前を殺した男の名前だ。冥土の土産に覚えておけ。」
黒塗りの美しい刀が俺の首に振り下ろされ、俺の命を刈った。目の前が真っ暗になった。




