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第四話:目的

****第四話:目的****



気づけば、この世界に来てからもう一週間近く経つ。

今のところ、ケンイチの言っていた“世界の歪み”なるものを感じることはない。

元の世界のボロアパートで、屋根裏に住み着いた齧歯類に夜な夜な起こされる日々よりはよっぽど平和な暮らしを送れていると思う。それこそあのアパート暮らしでは、どこぞのドラ○もんみたいに耳をかじられでもしたらたまったもんじゃなかった。

食糧問題は玲香のおかげでどうにかなっているし、あとはケンイチが来るのを待つだけだ。


「アベル、ケンイチはいつ戻ってきそうなんだ?」

「そうですね、おそらく今日か明日には、というところですかね」

「ふむ、そうか」


ケンイチには、ここに来た目的を忘れないうちに、早く戻ってきてほしいところだ。

こんな平和なところにいたら、ここに来た目的を忘れてしまいそうになる。


そして、その後すぐのことだ。それまでの“平和”も、つかの間のことだったのだと知ることになる。


「なんだか外が騒がしいな」


さっきまで平和な、ゆっくりとした時間が流れていたすぐ目の前の通りが、突如として騒がしくなる。

南向きの大窓から外を覗くと、さっきまで歩道を歩いていたらしい人々が、四方八方へと悲鳴を上げながら駆け出している。完全にパニック状態だ。


「なんだ? あれは」


人々が逃げ惑う中、ただ一人だけ、微動だにせず、一点を見つめるような姿勢の男がいた。

いや、男と決めつけるのは焦燥か。全身を黒装束で包み、目鼻だけ出して顔までも覆っている。


「いかにも怪しいな、あいつ」


怪しい。第一印象はそれだけだった。

滲み出すオーラはまるで魔女のそれ。実の魔女なんて見たことがないけど、悪の魔女のような、そんなただならない雰囲気をまとっている。


「魔女だとすると……女か? いやそれはどうでもいい。とにかく誰なんだ、あいつは」


玲香に聞こうとスマホを取る。


「圏外、だよなー。あたりまえか」


つながるはずがなかった。

どうにか連絡手段はほしいところだが、無いものは仕方がない。


「アベル、あいつが誰なのかわかるか?」


窓の外では、依然として黒装束をまとったそれが全く同じ姿勢で突っ立っている。


「流石に誰なのかなんて、そこまではわかりませんよ」

「そこまでは、ということは少しは?」

「とんでもない魔力を持っているであろうことはわかります。にじみ出てますから」


にじみ出るほどの魔力、か。やはり魔女か何かだろうか。

人々が一目見るなり一目散に逃げていくほど恐ろしがる魔女って、一体どんなやつなんだろうか。

ちょっと、話を聞いてくるか。


「アベル、アイツに話を聞きに行くぞ」

「は? 正気ですか? マスター」

「ゲームでもそうだろ。こっちが手ぇ出さない限りはいきなり消されることもないだろうよ」

「あのー、マスター、ここはゲームの世界じゃありませんよ?」

「知ってる」

「相手が話の通じる者なのかもわかりませんし」


ただな、俺は気になったことはどうやっても知りたいタチなんだ。


家の外に出る。

人気のなくなった街に、ただ一人突っ立っている魔女。

ゆっくりと、そいつに向かって歩みをすすめる。


“マテ、ソレイジョウ チカヅクコトハ ユルサナイ”


頭のなかに、直接言葉が響いた。

直後、魔女がこちらを振り返る。


“オマエガ、イセカイカラ キタトイウモノカ?”


「高倉健一といいます」


全身をくまなく舐め回すような視線。

頭の中に響く言葉に意識を飲まれないように、ぐっとこらえながら、見つめ返す。


“ホウ、ドキョウガアルヨウダナ、オマエハ”


感心したように頷く魔女。

これはかなりまずい事になったかもしれない。


「何故、俺が他の世界から来たと知っている?」


“ワタシモ、モトハ コノセカイノモノデハナイカラダ。 フンイキデワカル”


“ソレデオマエ、ワタシニ ナニカキクコトガ アルノデハナイカ?”


「名前を、教えてください」


“……ソレハデキナイ”


「え……」


“ダガ、ヨビナナライイダロウ。イッパンニ、アンコクノマジョ トヨバレテイル”


「暗黒の魔女……」


いかにもな名前だ。思った通りといえば思った通りだが。


“ホカニハナニモナイカ?”


「ああ、結構だ」


“ソウカ、デハ ワタシハコレデシツレイスル。 マタイズレ、アウコトニナルダロウ。 コレヲモッテイロ”


魔女が、青く光る宝石のようなものをこちらによこす。


「これは……」


“マドウセキダ”


流石に、ぷ○ぷよかよ、なんて突っ込むほど精神に余裕はなかったが、その石になにかあるのは間違い内容だった。


「なんで俺にこんなものを?」


“…………”


暗黒の魔女は、振り返ることなく歩き去っていった。


「結局何なんだ、アイツは。それにこの石……」


渡された石を眺めてみる。

色ガラスに似ているが、ひとりでに輝いているところを見るに違うものなのだろう。


「マスター、すごく強い魔力を感じます」

「コイツからか?」

「いいえ、マスターの身体からです」

「どういうことだ?」

「おそらく、それは魔法具です。魔法を使えない者に魔法を使えるようにするような」

「……ということは、俺は魔法を使えるようになったってことか?」


腕を前に突き出して、とりあえずそれっぽく振ってみる。


「……マスター、それ、何の真似です?」

「いやー、魔法少女モノアニメの……」

「…………」

「あのなぁ、黙んないでよ!」

「マスター、魔法は念じるんです。心のなかに、強く」

「そうなのか」


仕切り直しだ。

電池が切れかけたスマホをポケットから出し、手のひらに乗せて念じる。


“満充電になれ!!!”


突如、手に載せたスマホを光が包み込み、焼けたように熱くなる。


「ん? おい何だこれは」


持っていられなくなって地面に落とす。


「すっげー熱かったんだけど」

「マスター、馬鹿なんですか? 電池を瞬間充電なんてしたら……」


「あ、やべぇ焦げてきた」


どこぞのギャ○クシーみたいに、無残に煙を上げて焦げ始める。


「俺のスマホがぁ!」

「マスター、魔法で直せるかもしれませんよ」

「おお、その手があったか」


焦げたスマホを拾い、頭のなかで念じる。


“Restore!”


「マスター、なんで英語……」


「おお! もとに戻った」


焦げたスマホが、新品並にきれいになった。


「すげぇ、電源も入った! アプリも連絡先も消えたけど」


なにはともあれ、こうして俺は、石を持っていること前提ではあるが魔法を使えるようになったらしい。


スマホをこの世界でも使えるように、と念じたら、なんと画面にLTEの文字まで出てきた。

ただ、流石に向こうの世界とはつながっていないようで、ネットサーフィンはできなかった。

玲香との連絡手段くらいにはなりそうだが、そもそも玲香はスマホを持ち込んでいるのか……。


そうこうしているうち、アイツがとうとう帰ってきたのだった――――


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