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その後

両思いだとわかった直後のふたりのやり取りです。

少しバカっぽいです。ご了承ください。


注:東屋=庭園や公園どに眺望、休憩などの目的で設置される簡素な建屋。四方の柱と屋根だけの休息所のことです(Wikipedia、コトバンク参照)

遊具のない公園とかによくありますよね。

それをイメージしていただけると助かります。


 


 びしょ濡れのまま素に戻った俺らは近くの公園の隅にあった東屋に逃げ込んだ。

 その途端更に強まる雨足に、ほっと息をつく。もう少し遅かったら下着まで濡れていただろう。

 俺のほうが雨に叩かれてた時間が長いはずなのに、なぜか杳子のほうが濡れている。黒髪から肩に滴り落ちる雨粒が首元までを濡らし、少し寒そうに見えた。


 杳子の学校の制服にベストがあってよかったと心から思った。なかったら透けてるだろうし。透けてなくても目のやり場に困る。



「体育着とか持ってねえの?」

「……ない」

「しょーがねーなあ」



 鞄から丸めた紺色の体操着を出して杳子に手渡すと、きょとんとした表情を見せる。

 一向に受け取ろうとしない杳子にそれを押し付けると、まじまじと見ていた。



「風邪引くよりましだろ? 着替えろ」

「ええっ? ここでっ?」

「誰も見てないって」



 公園の入口はかなり遠いけど、一応隠すように立って背を向ける。

 うーっと唸り声をあげつつ、脱いだベストを木の長椅子に置くのが見えた。腹を括ったらしい。



「……優くん」

「その呼び方定着かよ」

「だめ?」

「……いいけど」



 あー恥ずい。

 でもまあ、悪い気はしない。



「優くん」


 

 小さな声でおずおずと俺の名前を呼ぶ杳子。

 思わず振り返りそうになって、慌てて顔を入口方向に固定する。見るな! 振り返るな! 俺。


 

「何?」


「……これ、少しにおう」



 言うに事欠いてそれ? 

 体育で着たんだからしょうがないだろうが! そう言ってやりたかったけど堪えた。



「……我慢しろ」

「うん、ありがとう」



 か細い声が雨に邪魔されて聞き取りにくかった。

 だけど寸でのところで俺の地獄耳が拾ってた。杳子が俺に礼を言った。照れくさくて適当にうなずくしかできない。






 東屋のベンチに座って降り続く雨をふたりでじーっと見ていた。

 雨にけぶる公園。人通りもない。その時、ふと思った。



「そうだ、おまえ。順平のこといいのかよ?」



 左隣に座ってる杳子が「えっ?」と小さい声をあげた。

 赤らんだ頬を少し膨らませて唇をへの字に曲げる。タコみてえ。



「優くんだって、あの彼女……」

「ああ、あれ彼女じゃない」

「嘘! この前否定しなかったじゃない」



 ジャージの袖を両手でモゾモゾといじりながらその指先をじっと見つめている。

 樹里のことを弁解していたら、もしかしてあの時両思いになれていたのだろうか?



「あの子、優くんの何?」

「隣の子」

「優くんのクラス、女の子いないって……」

「違うし! 隣の家!」



 ああ、かみ合わねえ。

 でも意外と俺と話した電話の内容を覚えてるようでうれしかった。

 


「なんだ……そうなのかあ」



 ん? なんだこのうれしそうな表情。

 もしかして、樹里に嫉妬してたとか? 信じられない。やばい、顔がにやける。



「優くん、顔が赤い」

「なんでもねえし! それよりおまえは順平のこと、ずっと好きだったんだろう? あいつも思い直したみたいだし……」



 俺の顔を覗き込むようにしていた杳子の表情が一瞬にして曇った。

 ブラブラと足を動かしながらその先に視線を落とし、杳子が一度だけうなずく。



「もう、いいの」

「ふーん」

「だって……」

「順平の気持ち、俺、わからないでもないぞ。おまえ、あいつが怖かったのか?」



 俺の問いに杳子が悲しそうな目を向けた。

 


「優くん、順平と何か話したの?」



 そんな泣きそうな顔をさせたくはない。だけど、これは言っておいた方がいいと思った。

 内緒にしておくのはフェアじゃない気がしたから。



「順平はおまえが好きだから触れたかったんだ。でもおまえ、それ拒んだろ? それ、男としてはかなり辛いぞ」



 俺の問いに杳子が申し訳なさそうに眉をしかめる。

 その表情が辛そうに見えていやな予感がした。

 


「……拒んでなんか、ない。好き過ぎて、緊張して……どうしていいかわからなくて……」



 ――はあっ? なんだそれ?



 俯いたまま口ごもる杳子がもどかしく感じた。

 予感が当たるってこういうことを言うのだろう。杳子の心は順平を拒んでなかった。だったら。



「おまえら誤解しあってただけじゃねーか。今からでも遅くねえ。戻れよ」



 気持ちとは裏腹な言葉が口からするりと出た。

 順平も反省して杳子に戻ろうとしている。杳子も順平が好き過ぎての無意識の行動だった。誤解を解けば元に戻れるはず。

 

 俺を好きだと言ったのはきっと気の迷いで――



「え?」



 驚きのあまり喉元でくぐもったような声が出てしまった。

 涙をいっぱいためて杳子が俺を上目遣いで睨んでいたから。


 なんで泣く? これがおまえにできる俺の精一杯の優しさなのに。



「優くんの嘘つき」



 ポロリ、と頬に大粒の涙が流れ落ちた。

 唇を噛みしめて涙を堪えようとしている杳子の瞼がギュッと閉じる。するとポロポロと止め処なく流れ出す涙の雫。



「えっ? 杳子?」

「好きって言ったじゃない……嘘つき」

「えっ? あっ!」



 言ってることの意味が最初はさっぱりわからなかった。

 でも、思い当たる節があって急にそのことを思い出したら顔がかあっと熱くなった。


 

「てめ、あの電話っ! まさか起きて……」



 コクリ、と小さくうなずいた杳子の黒髪がさらりと揺れる。 

 


「でも、嘘だったんだね」

「ちがっ! ばかっ! 勘違いだって!」

「勘違い……」



 呆然とした杳子がベンチから立ち上がると、フラフラとした足取りで大雨の中東屋から出て行こうとする。

 慌ててその肩を掴むと、思いきり振り払われた。



「好きなんて簡単に言わないでよ。勘違いさせないで……っ」

「え? あ……?」



 わあっ! と杳子が声をあげてしゃがみ込み、膝を抱えてすすり泣きだした。

 違う、その勘違いじゃない。ああ、うまく伝えられない自分がもどかしすぎて苛立つ。

 泣きしゃっくりをあげる杳子の小さな背中が小刻みに震えている。まるで幼い子どものよう。


 その隣にしゃがみ込んで杳子の肩を抱くと、びくんと身体を強張らせた。

 


「違うんだ、杳子」



 もう泣かせたくなかったのに、俺が泣かせてどうするんだ。

 顔をあげずふるふると首を横に振る杳子の頼りない肩を二度叩くと、そのままの体勢で大きく鼻をすすった。

 


「勘違いなのは杳子が俺の言葉を信じていないこと」 

「え?」

「おまえのこと、ずっと前から――」



 泣き腫らした杳子が俺を見た。

 その顔の近さや自分が今、素で愛の告白をしようとしていたことがこっ恥ずかしい。

 だけどキラキラした目で見つめられて、ここでやめたら男じゃないだろう。



「何度も言わせんな……す……きだ」



 恥ずかしいのはどうしようもなくて、大切な部分は蚊の鳴くような声になってしまった。今度は俺が膝を抱えて頭を垂れる番だ。


 雨の音がやけに耳につく。杳子の泣き声が止んだからだろうか。

 思いもかけない羞恥プレイにどんどん顔が熱くなっていく。もうどうにもならない。



「優くん……」

「んだよ!」

 


 顔があげられないままつい怒声を上げてしまった。

 なんでこいつのことになるとこんなに冷静でいられないんだろうか。杳子の前でだけはかっこつけていたいのに。



「わたしも……信じてもらえないかもだけど……今は優くんが好き」



 小さくて、それこそ雨にかき消されそうな杳子の声。

 少しだけ震えているようにも聞こえて、顔をあげて瞠目してしまう。

 


「だから……戻れだなんて言わないで。お願い」



 潤んだ目から涙が落ちるのを見て、かあっと頭に血が上った。

 何がなんだかわからなくなった俺は、杳子の左肩を抱いている手に力をこめて一気に立ち上がらせ、そのまま自分の胸に抱き寄せてた。

 やってからしまった、と思ってももう遅い。


 杳子の身体は柔らかくて暖かくて、こういう気持ちを愛しいって言うのだろうか? よくわからないけど守ってやりたい、そう思えた。

 自分の心臓がどくん、どくんとうるさいくらいで、杳子に聞かれたら恥ずかしいと思うけど、どうにもおさまってくれない。


 だけど俺こそ杳子の気持ちを、そして言葉を信じてやれていなかったことに気づいたんだ。

 


「ごめん。もう言わないから泣くなよ。じゃない、泣いてもいい。だけどさ……」



 頭がパニックしてしまう。なんて言ったらいいのかわからない。

 無意味に杳子の背中をぽんぽんと叩いてみたけど、本当は自分がそうしてほしいくらいだ。


 すると、思いが通じたのか杳子の手が俺の背に伸びて来て、ぽんぽんと優しく叩かれた。まるで宥めるように。


 急に雨音が耳に入ってくる。

 何テンパってるんだ、俺。しっかりしろ。


 全身からすうっと変な力が抜けた。

 小さく二回深呼吸をすると、更に落ち着く。



「泣くなら俺の前だけにしろ。泣き止むまでずっといるから」



 やっとの思いでそう伝えると、杳子が俺を見上げて目を大きく見開いた。

 そしてこくんとうなずくと、俺の肩に頬をすり寄せてくる。

 言ってて恥ずかしかったけど、本当の気持ちをちゃんと伝えたかった。伝えられてよかった。

 


「わたしも……今日から優くんが寝るまで起きてるから。二十二時、電話して」


「……お、おう」



 再び顔をあげた杳子とバッチリ目があって、同時に笑ってしまった。

 俺が寝るまで起きてるなんて無理じゃなかろうかと思ったけどその気持ちがうれしくて。


 

 雨音が静かになっていた。

 見るとさっきの大雨が少しずつ弱まってきている。



 梅雨明けはもう目前。



読んでいただきありがとうございました。


ふたりの気持ちが繋がった後すぐの話はこれで終了です。

また後々このふたりのその後を書いていきたいと思っています。


読んでくださったみなさまに感謝をこめて。こなつ。

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