表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キリシア大陸物語 ~ルブレシア戦記~  作者: ホーネット
ルブレシア戦記Ⅰ伝説の始まり
8/30

第二章 騎士試合 Ⅰ


 聖女ブリュンヒルトの審問から数日、ルブリンではヴィジンスキーの教皇庁への出向、そしてブリュンヒルトの司教就任の熱気からようやく冷め始めていた。


そんなある日、レオが昼過ぎに講義を終え、屋敷に戻ろうとしていると、中庭にここ数日と同じ光景が広がっていた。


「……何を読んでいるんだ? ブリュンヒルト」


 そこでは、 ブリュンヒルトが静かに読書していた。降り注ぐ木漏れ日を浴びながら、優雅にページを捲る、金髪の美女は非常に絵になる光景だった。


「レオ殿下、“英雄伝”を読んでいたの」


「そんな貴重な本をこんな外で……」


 本、というのは手で書き写すか、魔術で写しを取るしか生産方法がない。その為、非常に貴重なもので、外に持ち歩いている人間を、レオはブリュンヒルトの他に見たことがなかった。


「大丈夫。ちゃんと保護する魔術をかけていますから、濡れないし、燃えないようになっているの」


 レオの疑問に、ブリュンヒルトはそう答えた。


「なるほど……それにしても、ブリュンヒルトはいつも読書しているんだな」


 聖女ゆえに成せる業に、レオは感心しながらもブリュンヒルトに尋ねた。なぜならば、ここ数日、レオがいつ中庭を訪れても、ブリュンヒルトはここで本のページを捲っていたからである。


「私、暇なのよ」


 そう悪戯っぽく笑うブリュンヒルトに、レオは云った。


「聖女兼、司教が暇な筈はないだろう?」


 聖女の仕事がどんなものかは、レオの知るところではなかったが、ルブリン司教が決して暇な役職ではないことを、レオは知っていた。先任のヴィジンスキーは不愉快な人物ではあったが、日々、大量の仕事をこなしていた点を、レオは認めてはいたのだ。


「そんな気も、しないではないわね」


 ブリュンヒルトのそんな返しに、レオは何を云っても無駄だと思って、ここ数日、気になっていたことに話題を変えた。


「そういえば、前から聞きたかったんだけど」


「何かしら?」


「何で俺に呼び捨てにするように云ったんだ? 確かに、俺がブリュンヒルトに”様”をつけるのは立場上、微妙だ。だけれど、俺が呼び捨てなのにブリュンヒルトだけが俺に”殿下”をつけるのは、聖女の立場としてどうなんだ?」


 レオのいうことは正しかった。恐らく、聖女が異教の王子に一方的に呼び捨てにされるという今の状況はルブレシアだから受け容れられているだけで、他のキリシア諸国では通用しないに違いなかった。


 そんなレオの問いに、ブリュンヒルトは少しだけ寂しそうに答えた。


「……他のみんなは私のこと聖女様! 聖女様! って感じでしょう? その点、あなたは異教徒だから気が楽なのよ」


「……もしかして、最初に敬語を辞めるように云ったのはその為?」


 レオが尋ねると、ブリュンヒルトは小さく頷いた。


「ええ、だって私も少しは聖女としての私以外の私と会話してくれる相手が欲しいわ」


 その言葉の意味を、レオは考えた。聖女。数百年を生きる、キリシア教徒の崇拝の対象。崇拝の対象というのであれば、王族であるレオも同じであった。だが。レオには気のおけない友人がいた。形式上は臣下でも、対等でなくとも、友はいる。だが、ブリュンヒルトはどうであろうか。彼女にも、かつては友がいたはずだった。だが、その友たちは、いずれもブリュンヒルトを残してこの世を去っていったのではないだろうか。そして、生まれながらにしてブリュンヒルトを敬うように教育されたそれ以後の世代に、ブリュンヒルトは心安らぐ相手を見出すことができなかったのではないだろうか。


「なら、今日から俺はレオ殿下じゃなくてレオだな」


 そんな言葉が、レオの口から出たのは、これだけ色々考えた結果では、決してなかった。ただ、自然と、ブリュンヒルトに自分がかけるべき言葉がするりと口をつく。


「……いいの?」


 ブリュンヒルトが、ぱちり、と瞬きしながら尋ねた。


「友達……だろ? 俺たち」


 そんなブリュンヒルトに、レオが告げた言葉はそんな青臭いものだった。

友達、という響きが、自分に向けられるのはいつ以来のことであっただろうか? そうブリュンヒルトは自分に問いかけた。かつて、まだブリュンヒルトが聖女ではなかった頃、ブリュンヒルトにはたくさんの友人が居た。だが、ブリュンヒルトが聖女になってから、友人たちとの付き合いは段々とぎこちなくなっていき、そして、最後に友人たちは老いないブリュンヒルトに先立って逝ってしまったのだ。


 そんな思考を巡らせてから、ブリュンヒルトの翠の瞳がレオの黒い瞳を見つめた。この黒髪の異教の王子が、ブリュンヒルトの数百年ぶりに出来た友達であった。その事実は数百年ぶりに、ブリュンヒルトの胸に何か大切な暖かさを灯した。ほんの少しだけ、けれどどうしようもないぐらいに、涙が出そうになったのを耐えながら、ブリュンヒルトは、いつも見せる大人らしい、綺麗な笑顔ではなく、無邪気な少女のような笑顔を浮かべながら、


「ありがとう、レオ」


 そう、震えそうな声で云ったのだった。

更新遅くなりました。


連載ストックはあるのですが、なるべくコンスタントに更新したいので、ほどほどに日を空けて更新しています。


感想等お待ちしています

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ