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キリシア大陸物語 ~ルブレシア戦記~  作者: ホーネット
ルブレシア戦記Ⅰ伝説の始まり
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序章 審問 Ⅱ

「さて、聖女も見た事だし、俺は帰る」


「ええ、わたしもそうしようかしら」

 

 レオが立ち上がると同時に、イーダもそう云って席を立ち上がった。だが、そんな二人の背中に、声をかける人物が居た。


「お二方、少々お待ちを」

 

 

 その声は若い女性の者だった。白い、背中の大きく開いた法衣を纏う、清廉とした印象の女性だった。彼女はレオたちに恭しく一礼し、その女性は告げた。


「ブリュンヒルト様がぜひお二方と話をされたいと云っておられます」


「聖女……様が?」

 

遅れながらも、レオはきちっと”様”をつけることができた。それはじっと視線を送る、イーダのおかげであった。


「ブリュンヒルト様が?」

  

 二人のそんな反応を見て、女性は付け加えた。


「それで、どうでしょう? 無理にとはいいませんが」


「いや、せっかくの機会だから行かせて貰うとするよ」


「ええ、ぜひご挨拶させてください」

 

 二人から積極的な肯定を聞いた女性は、二人に法衣から覗く白い背中を見せて、云った。


「では、こちらへ」



☆ ☆ ☆



 レオとイーダの二人が女性に導かれて近づくのを見て、ブリュンヒルトは軽く礼を取って口を開いた。


「こんにちは、レオ殿下、イーダ殿下」


 その挨拶は、先ほどの審問の時のブリュンヒルトの声よりもずっと親しみやすい、穏やかなものだった。


「初めまして、ブリュンヒルト……様」

 

 レオは自身とブリュンヒルトのどちらがより高位であるか、少し悩んだが、キリシア教のルブレシアに滞在する以上、王族と云えども敬意を払うべきであろうという結論に達した。


「別に敬称をつけなくてもいいのよ? あなたにも異教の王子という立場があるでしょう?」

 

 そう問うブリュンヒルトに、レオは自身の形の良い顎に手を当て、少し考えてから答えた。


「わたしはわたしの友人が敬意を払い、尊重しているものを同じように敬意を払い、尊重しているだけでございます、ブリュンヒルト様」

 

 そして、その時のレオの黒い瞳は、真っ直ぐにブリュンヒルトを見つめていた。


「少し捻くれていて冷めているけれど……いい目をしているわね、レオ殿下。けれど敬意を払うということを何も言葉遣いで示さなくても良いのよ?」


 レオを深緑の瞳で見つめ返しながら、ブリュンヒルトはにこやかに笑った。


「それじゃあ、お言葉に甘えることにするよ、ブリュンヒルト……」


 そこまで云われたならば、固辞するのも逆に失礼ではないかと思い、レオは頷いた。


「ええ」


 ブリュンヒルトはそれ見て、整った顔を一際まぶしい笑顔に変えたのだった。そして、視線をイーダの方に移した。


「久しいわね、イーダ殿下」


 少し、置いてけぼりを食らっていたイーダは、いきなりブリュンヒルトに話かけられて驚いたが、すぐさま丁寧に対応してみせた。


「お久しぶりです、ブリュンヒルト様。まさか、覚えてくださっていたなんて光栄です!」


「もちろん覚えていますよ、あなたの十歳の誕生日以来ですわね」


「ええ! 本当に覚えてくださっていて光栄です!」


 ブリュンヒルトがイーダにレオと同様のことを要求しなかったのは、イーダがキリシア教の王国の王女であり、王位継承者であるという立場からであり、そのことはこの場の三人ともが承知していた。


「……で何の用なのか?」


 殊更に対等な立場を強調するように、そう問うレオに、朗らかにブリュンヒルトは答える。


「わたしの探している答えが、あなた達にある気がして」


「ブリュンヒルト様が探している答え?」


「それはなんだ?」


「まぁ、それは置いておくとして。ねぇ、二人に聞くけれど……」


疑問符を表情に浮かべる二人にブリュンヒルトは笑みを見せながら尋ねた。


「二人は恋仲なのかしら?」


 その言葉に対して、


「はっ?」


とレオが、


「なっなっ」


と、イーダがそれぞれ異なる音で驚きを表した。レオの方は良くわからないが、イーダの頬が少しだけ赤くなったのを、ブリュンヒルトは確認した。そして、レオの方も、微妙にイーダと目があった時、それを逸らしたのだった。そんな二人を見て、ブリュンヒルトはクスリ、と綺麗に笑いながら続けた。


「実は、今わたしは帝国の皇帝と異教徒のヤグルム朝の王女との結婚を模索しているの」


「そんなことが果たして可能なのでしょうか」


 イーダが少し揺れた声で尋ねた。その揺れを自分でも自覚したのか、そこで呼吸をしてから、再びブリュンヒルトに質問した。ただし、その頬は、未だ確かに赤かったのだった。


「帝国とはキリシア大陸とキリシア教の守護者。その頂点に立つ皇帝が異教徒と結婚というのは不可能……なのでは?」


 そのもっともな疑問に、ブリュンヒルトは答える。


「確かにそうだったわ。今までは。けれど、現実的な問題の前に、そのような宗教的な理由はかすんでしまうものなのよ。わたしが云うことじゃあ、ないのだけれど」


「なるほどな」


 ブリュンヒルトの言葉の意味を、レオは解したようであった。しかし、イーダはそうではなかった。


「どういうことなの?」


「まぁ、間違いなくそんなことが許されるかもしれない状況を作った一人は腹の中が黒々とした華麗なるハルガリア王だろうな」


「父が?」


「お前の父王は帝位継承権の戦争を有利に進めている。帝国にすれば隣国からの危機に比べれば、今、同じキリシア教徒との戦争で忙しいのに合理的な理由がないのにわざわざ異教徒と敵対する理由がないだろう? まぁ、それでもその決断は中々きついものだと思うけどな」


 イーダの父ハルガリア王は現在、帝位継承を主張し、帝国へ侵攻している最中であった。今日、この場にルブレシアの王が居ないのも、ハルガリアとの同盟履行の為に王自ら帝国へ遠征しているからであった。


「なるほど……」


 そのもっともな理由にイーダも頷いたが、戦争好きで、さらには謀略にも富、梟雄と呼ばれる父がキリシアの秩序を乱しているという風にも聞こえる内容に、少しだけ声を落した。


「いや、別にお前やお前の父を責めているわけじゃあないんだぞ? 帝国だって今まで同じキリシア教国家を攻めたことがあるだろう? ほら、あの聖剣騎士団なんか宗教団体の癖に堂々と同じキリシア教のルブレシアを攻撃してくるんだ。別にハルガリア王だけが責められることじゃない」


 そんなイーダを見て、レオは直ぐに必死になって付け加えた。


「うん……」


 レオの言葉に、少しだけ嬉しそうにイーダは頷いた。ブリュンヒルトの見たところ、それはレオの言葉の内容よりも、レオの必死さによるものに思えた。


「まぁ、つまり、ブリュンヒルトさ……」


 ま、と続けようとしたレオを遮ってブリュンヒルトは自身を呼び捨てにするようにレオに迫った。


「ブリュンヒルト」


「……ブリュンヒルトがその状況を利用して狙っているのは恐らく……」


 本当に呼び捨てにしてよいのか迷いながらも、結局はブリュンヒルトの意向にレオは従うことにした。そして、ブリュンヒルトの真の目的を口にした。


「宗教間の共存」


 その言葉は、ハルガリア人でありながらルブレシア暮らしが長いイーダやリヴォニア人であるレオにとってそう遠くない、身近なものだった。けれど、依然として、世界全体ではそれはごくごく狭い世界に過ぎなかった。


「ええ、その通りよ」


 レオの推測が正しいことをブリュンヒルトは肯定した。そして、ブリュンヒルトは話を始めの、二人は恋仲なのか、という問いに戻した。


「あなた達がもし恋仲なら、異教徒とキリシア教徒の王族の恋でしょう? 話を聞こうと思って」


「いや、そう云われても……」


 どんな表情をすればいいのか、どう答えるのがいいのかわからないまま、レオがそれだけを云うしかできなかった。自身、イーダにまったくそういう感情がないとは言い切れなかったし、イーダも恐らくそうであるであろうと思っていた。それ故に、完全に否定するとイーダを傷つけるのではないか、という考えが浮かんだ。だが、だからと云って、今が異教徒の王族同士の恋沙汰が許される時代であるとも思えなかった。


「隠さなくていいのよ? わたしなら、二人の力になってあげられるし」

 

その一言に、レオもイーダも心を揺さぶられた。けれど、それでも二人は胸の奥にある気持ちを口にするのは躊躇われた。


「べっ、別に私はレオとそんなんじゃ……」


 そう先に声にしたのはイーダであった。


「……まぁ、そうだな」


 イーダがそう答えた以上、レオはそういう他なかった。しかし、二人はこの時、大切なものを放置していることを自覚していた。


「ふーん、なら良いのだけれど……」


 そんな二人を少し残念そうに見つめながらも、ブリュンヒルトは二人の気持ちを確実に汲み取っていた。そしてそれは、いつか、何百年も前に彼女が通った道であった。ブリュンヒルトは、密かにこの二人の行く末を応援しようと決めたのだった。


☆ ☆ ☆



「これは、これは聖女ブリュンヒルト様とあろう者が、異教の王子と歓談とは……気をつけなければ、あなた様の品位が下がったり、あらぬ誤解を受けてしまいますぞ」

 

 慇懃な声が、レオとイーダの背後から空気を振動させた。そして、その声の少々、粘着質的なものに覚えがあった二人は、うんざりとした気持ちになった。


「失礼ですが、あなたは?」


 そんな二人の様子から、余り好意的になれそうにない相手であることは直ぐに伺えたが、聖女という立場から、丁寧にブリュンヒルトは会話に突如として乱入した男に応対した。


「ブジャル侯爵のイラノフと申します、ブリュンヒルト聖下」


 そう名乗った男は、金髪の青年だった。まだ、若く、恐らくレオと同い年ぐらいであった。背も、長身のレオとほぼ同じ位で、少し低いぐらいだろうか。その容姿は、まず、十人がいれば八人が美男子と称するであろう位には整ってはいる。だが、ブリュンヒルトのような星々を纏ったごとくの金髪に比べて大部暗い色をした金髪と、常に下目で人を見下すような表情をしていることと、そして何よりもその陰湿な人間性がとめどなく全身から溢れていることが、初対面の人間に嫌悪感、というよりも警戒心を喚起させた。


「ブジャル候、私の品位はもとよりさほど高くありませんし、レオ殿下のような教養ある方と会話して私の決して高くない品位がより下がるとは思えません」

 

ブリュンヒルトは知らなかったが、事実、レオは法学部でもっとも優秀な学生であり、この点でレオの教養は帝国やハルガリアの大学の人間と比べれば劣るかもしれなかったが、ルブレシアやリヴォニアにおいて十分過ぎるものであった。そして、その事実をブリュンヒルトの発言によって思い起こしたイーダが、珍しく痛烈な言葉を口にした。


「レオは法学部の首席だものね、どこかの誰かさんは次席だけれど」


 このような事を、普段は優しく温厚なイーダが云うことは珍しかった。しかし、イーダはイラノフがしばしば影で、ハルガリア人でありながら”王位継承者”である自身の、そして何よりもレオのことを中傷していることを知っており、イラノフに対してだけはどうしても好意的にはなれないのだった。


「ちっ」


 事実を指摘されたイラノフは舌打ちして、イーダと、レオと、そして、自身の敬うべき聖女ブリュンヒルトを一にらみして去って行った。


「なんだ、あいつ?」


 レオのイラついた声を聞いて、ブリュンヒルトは苦笑した。


「レオ殿下とブジャル候は仲がよろしくないのかしら?」


 その問いに答えたのは、レオではなく、イーダであった。


「ブリュンヒルト様はこんな辺境の小国の事は余り存じないと思いますが、ブジャルはルブレシアの東端にある侯領で、かつてリヴォニアとの戦争で最大の戦場となった地域ですから……ブジャル侯爵家のリヴォニア嫌い、異教徒嫌いは有名なのです」


「なんでも、"前"司教卿下であらせられたヴィジンスキー氏の従兄弟だそうで」


 レオが殊更に"前"を強調したのは、もちろん、ヴィジンスキーに対する揶揄からである。


「なるほどね……」


 二人の説明に、ブリュンヒルトは納得したが、一つのことを気にしていた。


「ルブレシアは異教徒と良く付き合っているのだと思っていたのだけれど……」


 それが、宗教間の共存という、ある種の自身の理想郷をルブレシアに重ねていたブリュンヒルトがイラノフのレオに対する態度から思ったことであった。


「まぁ、そういう人たちが多数派であるのは間違いない」


「そうですよ、ブリュンヒルト様」


 二人がブリュンヒルトの考えを察してそう口々に云うと、ブリュンヒルトは感謝を示した。


「ええ……そうよね。レオ殿下も、イーダ殿下もありがとう」


 ブリュンヒルトの言葉が終わったその時、タイミングを見計らっていたであろう、レオとイーダをこの場に呼んだ女性がブリュンヒルトに、ルブレシアの国会議長が面会を求めていることを伝えた。


「ごめんなさい、私、国会議長に呼ばれたので、失礼させて貰うわね」


 申し訳なさそうに長い睫を伏せるブリュンヒルトにレオとイーダの二人は、名残惜しさを感じながらも笑顔で答えた。


「はい、ブリュンヒルト様、またお会いしましょう」


「わかった」


 二人に見送られながら、手を振って、じゃあね、とブリュンヒルトは云って、二人に長い金髪で覆われた向けて行った。


次は明後日あたりに更新します。


うーむヒロインが可愛くないw

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