ハイポーションの行方【閑話】
私はトマス。エッジストーン家の執事を務めております。
エッジストーン家には、先祖代々お世話になっておりまして、私の父もエッジストーン家の執事を務めておりました。
エッジストーンという家は、石使いの中でも少々特異なお家柄でして、執事として求められるスキルも他の家とは少し違います。
仕事上どうしても必要がありまして、執事という身分を隠して冒険者ギルドに偽名で登録し、冒険者という肩書きも取得済みでございます。
現在冒険者のランクは一番上のS。いえ、自慢ではありません。執事たるもの、これくらいは当たり前でございます。
さて、そんな私に、この度奥様から特別なお仕事をいただきました。出所不明の水差しいっぱいのハイポーションを秘密裏に処理するお仕事です。
奥様から手渡された水差しは、エッジストーン家の銀器でございますね。見覚えがございます。
ということは、このハイポーションは…
いやいや、執事たるものそのような瑣末なことに気を取られている場合ではございません。
ハイポーションともなりますと、みだりに廃棄するわけにもまいりません。ここは、私の腕の見せ所でございますね。
まず、茶色い薬瓶を用意いたしまして、ポーションを少量づつ小分けにいたしましょう。瓶は特徴のない、質素な量産品にいたしました。最終的に、全部で100本の薬瓶に詰め替えることができました。
次に、空になった水差しに少しお水を入れまして、水差しの洗浄がてら薄めたポーション液を作ります。出来上がった洗浄液は、淡いブルーの色合いが美しい、少々凝ったデザインの薬瓶1本に詰め替えました。
水でかなり薄めたとはいえ、元はハイポーション。市販のポーションと比較すると1割増しくらいの薬効はございます。
さて、準備ができましたので、ここから先はSランク冒険者トラヴィスとしての私の出番でございます。
この度のハイポーションは病に苦しむ方々の救済に使うつもりですが、あまり目立ったことをしては後々面倒に巻き込まれることもございましょう。出る杭は打たれると申します。穏便にことを進めるのが吉かと存じます。
そこで私は王都の冒険者ギルドマスター、アドルフを通じて上級貴族ヘイスティングス家へつなぎをとり、アドルフと共にお目通りの機会をいただきました。
ヘイスティングス家は、王都から少し離れた場所に中ぐらいの規模の領地を治める領主様で、その領地には王都の5大鉱山のうちの一つ、イーストエンド鉱山を有していらっしゃいます。
イーストエンドは良質な鉄鉱石が産出される鉱山で、ヘイスティングス家はその恩恵を受けてきわめて裕福な暮らしをなさっておいでです。
「突然のお目通りのお願いにも関わらず、お時間をとっていただき、ありがとうございます。」
ヘイスティングス家の王都にある別宅で、私たちは即日領主様にお会いすることができました。
簡単過ぎますか?
手土産代わりに献上した、薄めたポーションのおかげです。
ヘイスティングス様は、領地経営は人任せ、もっぱら領地から上がってくる利益だけを吸い上げて堕落した生活を送っている、領民からとても忌み嫌われた領主様でございました。
金目のものがとてもお好きなのです。
そもそも領地を預かりながら、王都の別宅でいつでも簡単に会えるような領主がいい領主のはずがございませんでしょう?
私とアドルフは今回の面会に際して、一つの物語を練り上げました。
アドルフは多分、冒険者トラヴィスの正体を知る唯一の人物でございます。知っていながら、彼がそれを口にしたことは今まで一度もございません。私たちの間には、強固な信頼関係がございます。今回の件も、詳しい事情を何も掘り下げることなく、私の共犯者となってくれました。
物語というのは、こうです。
S級冒険者トラヴィスは、隣国ノルデンにて、とある場所からとある場所まで移動する、某上級貴族令嬢の護衛を終えて戻ってきました。
裏事情は明かされませんでしたが、今回の護衛に対する報酬が金貨50枚と破格のものだったことから、相当な意味のある任務だったことは間違いないでしょう。
無事任務を成し遂げたトラヴィスに、依頼主の上級貴族はとても喜んで、帰りの駄賃にとポーションを何本も持たせてくれました。
破格の報酬の上にポーションまでもらって喜んでみたものの、調べてみたところ薬効の高いものは1本だけ。その他は、この国で流通している一般的なポーションにも少し劣るような出来ばえでした。
そこでトラヴィスは、冒険者ギルドにポーションの買取を申し出たのです。
ポーションを買い取った冒険者ギルドは、買取はしたものの薬効の劣るポーションを持て余し、ヘイスティングス家に提案を持ちかけることにしました。
薬効の高いポーション1本は、相談料として献上いたします。
まあ、全部でたらめなんですけどね。
実際には献上した1本が一番薬効が低い薄め液で、粗末な瓶に入ったその他のポーションの方が高い価値を持っているのは言わずもがなでございます。
粗末な瓶に詰めたのは、中身の価値を低く見せるため。金目のものがお好きなヘイスティングス様の物欲を刺激することなく、スムーズにことを運ばせるためでございます。
というわけで物語に沿って、現在のポーションの持ち主は冒険者ギルド、私は今回はギルドマスターの護衛として同席した形で交渉スタートでございます。
持ち主が冒険者ギルドというのは、重要なポイントでございます。冒険者ギルドは、国内で唯一権力に無関係な独立組織ですからね。どんな相手にも屈しない、対等な交渉相手として申し分ございませんでしょう。
まず、アドルフが今回買い上げたポーションを、イーストエンド鉱山へ働きに出て病に倒れてしまった冒険者に使いたいと申し出て、交渉は始まりました。
イーストエンド鉱山は、お世辞にも労働環境の整った職場とは言いがたいところで、年に数人送り込まれる犯罪奴隷を始め、出稼ぎの冒険者や地元の若者など、何人もの労働者を鉱山病で使い潰すようなところでございます。それでも他に働き口のない者は、鉱山で働くしかないのでございます。
国の指導で、鉱山病の患者専用の療養所もつくられてはおりましたが、その施設の実態は、特に治療もしないまま、患者を人目につかないように隠すことを本来の目的としたようなところでございました。
アドルフの申し出は、その療養所へ収容されている冒険者にポーションを与えるのを認めていただきたいというものでございます。
そんなことでわざわざ領主に断りを入れる必要があるのかと思われるかも知れませんが、領主側からすれば一部の患者だけに高い薬が使われるのです。他の収容患者から不平不満が出るのは当たり前。当然不満の矛先は領主へ向けられるとあれば、あまり面白い話ではないでしょう。
そこで、アドルフは今回手にいれた劣化ポーションをさらに薄めて量を増やし、他の患者たちにも均等に使用することを提案いたします。その上で、今回の試みについてヘイスティングス家から冒険者ギルドへ実行依頼を出してもらえないかと持ちかけるのでございます。
劣化ポーションをさらに薄めて服用することで、薬効は幾分低くなりますが、何もしないよりは症状が改善するのは間違いございません。
ただ、冒険者ギルドが主体となってその試みを実行するとなれば、やはり何もしなかった領主側への不平不満が患者たちから噴出するのは必至。
ヘイスティングス家が冒険者をやとって治療を行ったとすれば、自分にも利があるのは、少し考えれば分かるものでございましょう。
ただ、そこまで説明してもヘイスティングス様は難色を示しておいででした。
ご自分の領民のためにお金を使うのが、本当にお嫌なのだと思われます。
そこでアドルフが最後の揺さぶりをかけました。
「先ごろ宮廷魔法使い様に王より打診があり、ヘイスティングス領で蔓延している鉱山病について調査団を派遣する予定があるとの噂を耳にいたしました。宮廷魔法使い様が自領に入られるのであれば、いろいろと環境を整えたりする必要があるのではございませんか? 少人数の事前調査団が入った際に、問題点が多々見つかれば、次に派遣される調査団は本格的な専門家を交えた大人数の派遣となります。迎え入れ準備に、結局は大金が必要となるのではございませんか?」
「その噂、真か?」
「はい。確かな筋から入手したので、間違いはございません。」
突然の宮廷魔法使いの介入話に、ヘイスティングス様が揺れています。
ネタ元はオリバー様ですから、これ以上確かな話はございません。
近々ヘイスティングス領に小規模な事前調査団が入るのは、ほぼ決定事項といえるでしょう。
「ただ、療養所に重症患者がいなかったとしたら、どうでしょうか? 追加調査の必要がないと判断されたら…」
どうやら、アドルフの説得にヘイスティングス様もやっと財布の紐を緩める気になったご様子です。
気が変わらないうちに、その場で冒険者ギルドへの依頼書を書いていただき、正式な契約を結んでしまいました。
報酬は金貨30枚。雇用人数は3人。王都からヘイスティングス領の療養所までポーションを運ぶお仕事の依頼です。ギルドの所有物とはいえ、荷物が高額なポーションであること、ヘイスティングス領までは徒歩で片道8日ほどかかることも考え合わせれば、まあ妥当な金額ではないでしょうか?
実際の派遣メンバーは、きっとアドルフが厳選してふさわしい人員を選んでくれることでしょう。
調査団が縮小されれば、オリバー様のご負担も軽くなるやも知れません。
ハイポーションは100本。少量づつしか用意がございませんが、重症患者以外には薄めて使えば問題はございません。服用量も1瓶の量を少なめに設定しておりますので、回復し過ぎて問題になることもないと思われます。
これにて、今回の私のお役目は完了でございます。
お家の不利益につながることはできるだけ排除したつもりなのですが、奥様は喜んでいただけるでしょうか…
ヘイスティングス領の問題は根本的には何も解決してないけど?と思われるかもしれませんが、あくまでもトマスの仕事は奥様の命令をこなすことで、社会正義のために戦うことではないのです(汗)
冒険者への報奨金は、移動のための馬車のチャーター代と道中の食費込み価格と考えれば、そんなに高額でもないと思われます。