混ぜるなキケン?
養母様の悪い笑顔に若干身構えたのは、私だけじゃなかった。
私と同様に、お兄様も警戒心で素敵スマイルを曇らせている。
「実験って、何をするの?」
訝しげに低さを増した声でお兄様が追及すると、
「うん、ちょっと2種類の精霊の魔力をミックスしてみようかな、とか、ね」
と、こともなげに養母様が答える。
それって、一体? あ、お兄様がフリーズしてる。
まだ魔法のことがよく分かっていない私には、何がどう問題なのかさっぱり分からないが、どうやらこの世界の常識では、種類の違う2人の精霊の魔力を混ぜてはいけませんということらしい。だから、通常護り石も一人に一つだけ。
まさに、混ぜるなキケン! ですね?
でも、あえて、今回それをやってみたいと。
何でですかー!?
「すみれに聞いたんだけど、今回選んだ3人の精霊は、緑の子を中心に結構チームっぽくまとまっているらしいのよ。精霊同士の関係に反発がないのであれば、魔力同士も受け入れあえるような気がしない?」
養母様の説明にお兄様のフリーズが解けた。
「それにしたって、ちょっと時間があるから、でやってみる実験ではないと思うが?」
「あら、現役の宮廷魔法使いが立ち会っているのよ? 安全対策は万全でしょ。それに、既にすみれには強い精霊の加護が付与されていて、すべての物理攻撃を跳ね返してしまうんですって。この子は精霊の愛し子よ。精霊が愛し子をキケンな目にあわせたりするわけないじゃない。」
悪い笑顔を更に深めてお兄様をそそのかす養母様、研究熱がほとばしりすぎて、コワイデス。
そしてお兄様、揺れてる…。
私的には、全く事態が飲み込めていないので、どんなキケンがあるのかも分からず、この世界の大人の方たちの判断にお任せしますという感じなのだが…
えっと、リーフが俄然やる気になってるよ。
リーフの訴えによると、今の候補石の3人がチームとして私の護り石を務めることができれば、私が使える魔法の幅を大きく広げることができるらしい。石が3つあれば、1つが暴漢に割られても残る2つが防御することができるし、ってまだ諦めてなかったんだね私の防御について。
リーフの一生懸命さに苦笑いを浮かべるばかりだ。
そんなこんなで、あれよあれよと言うまにお兄様が押しきられ、少しだけ実験が行われることになった。
養母様の指示で、リーフが水属性の魔力と相性のいい治癒属性の魔力を少しだけ私に注ぎ込む。
私の肩口に止まったリーフが背伸びして、そっと私の耳に息を吹き込むと、私の中に残っていた水色の魔力に金色の光が混ざりこみ、やがてすべての魔力が金色に染まった。
魔力は完全に混ざりきったように見えるが、特に体調に変化は感じられない。
養母様とお兄様がビジョンに満ちた金色の光を見てうなずきあう。
「さっきの水差しに入れた水に治癒魔法が付加できる?」
養母様の指示に、私は再び指鉄砲をつくると、水差しの真上からくるくる円を描くように水差しの中へ魔力を注ぎ込んだ。
今回の指鉄砲のイメージは、銃ではなくホースのノズルである。透明な水に、金色の絵の具を均等に混ぜ込んでいく感じ。
治癒魔法が付加された水って、飲めば状態異常が治癒されるんだからポーションだよね? 状態異常を解除する薬。
頭の中のイメージに集中して、ゆっくりと注ぎ込む魔力を均等に馴染ませていくと、一瞬水面が目もくらむほどの光を放ち、光がおさまると同時に追加の魔力を受け付けなくなった。
肩口でリーフがぴょんんぴょん跳ねて喜んでいるので、多分成功したのだろう。
「何か、出来たみたいです。」
私の声に、養母様とお兄様が静かに水差しに近づき、出来上がったものを検分した。
水差しいっぱいに満たされているポーションは透明な液体だけれど、少しとろみがあって、ガラスの器に移して光を通すと、虹色の光を放っている。
「ハニー、解析して。」
お兄様が肩口の精霊に声を掛けると、彼女が嬉しそうに解析魔法を展開した。
精霊自身が魔法を展開することもあるんだね、そして、お兄様は自分の護り石の精霊をハニーと呼んでいる、と。
お兄様が精霊にハニーとささやく姿は、さぞや王都の若い娘さんたちをザワザワさせているのでしょう。
今は幼女の姿の私でさえ、何だか落ち着かない気分だ。
ハニーの魔法で小さな解析窓が水差しの上に浮かび上がる。
どうやら出来上がった液体は、一般的に市販されているポーションよりさらにレベルの高い、ハイポーション程度の効能があるようだ。
ハイポーションが、水差しいっぱい。
お兄様と養母様の微妙な雰囲気で、分かります。やりすぎたんですね、私。
「これは…、生母殿がこの子を秘匿するわけだ。」
「どうやら愛し子という器は、魔力増幅装置でもあるようね…」
考え深げにお兄様と言葉を交わした後、養母様はニッコリと満面の笑みで
「というわけだから、魔法方面の指導、よろしくね。」
と、事態をお兄様にさらっと丸投げした。
「あなたもエッジストーンに名を連ねる者なら、覚悟を決めなさい。」
若干の厳しさをはらんだ養母様の言葉の真意は、私にはまだよく分からないが、養母様がエッジストーンの名を口にする際に、何か熱を持った熱い思いが見え隠れしているのは分かる。
覚悟を促す養母様の言葉は、きっとお兄様だけに向けられたものではない。私にも、同様に覚悟を促しているような気がした。
ちなみに後で聞いて知った話だが、このとき出来たハイポーションは作者不詳のまま、王都から遠く離れた領地でばら撒かれ、結構な数の人の役に立ったらしい。
いやー、ヨカッタヨカッタ?
めでたく(?)私の師匠認定されたお兄様は、翌日の早朝もきちんと私の指導にやって来た。教材として、私にも読みやすそうな教本を何冊か持参しての登場に、まだこちらの世界の文字の読み書きがたどたどしい不肖の弟子としては、ただただ頭が下がるばかりだ。
2日めからはちゃんと服を着たままの授業でホッとしたのは、お兄様にはナイショにしておこう。
一般的に魔力を混ぜてはいけないと言われる理由も、きっちり教えてもらった。
そもそも精霊の魔力というものは、それぞれの宿り石の構成に影響されて、属性が同じ魔力でさえ全く同じ成分のものはないらしい。成分が解析されていない、種類の違う薬品を混ぜ合わせると何が起こるのか全く予想がつかないように、違う宿り石を持つ別々の精霊が、成分の違う魔力を混ぜ合わせると何が起こるか全く想像がつかないというのだ。
過去には、思わぬ拒絶反応で魔力が石使いの中で固まって取り出せなくなってしまったり、魔力の相乗効果によって受け止める石使い側の体の負担が増加し、体調に大きな異変をきたしたこともあったとか…
話を聞くだけで、背中に嫌な汗がじっとりと浮かんでくるような事態である。
養女とはいえ、子どもを危ない目に合わせる養母様は親失格なのでは?という気もしないではないが、養母様からすれば、過去の文献から愛し子がどんな精霊の魔力に対しても拒絶反応を起こさないのは検証済みの事項だそうで。それでも万が一のときのために、混ぜる魔力量は最小限に抑え、更に治癒魔法が使えるお兄様もついていたのだから、何が問題なの?といった体である。
石にしか興味がないとは、よく言った養父様。
あなたの嫁は、かなり独創的ですよ。
たった2日しか接していないが、養母様よりはお兄様の方が常識的な考えを持っているように見える。
常識のある師匠を持てて、私は幸せです!
結局魔法省へは、私の護り石はリーフだと届け出たが、実質的な魔力の供給は3人のチームで務めることが濃厚なようだ。魔力のブレンド比率については、精霊たちが独自研究をすすめているようなので、私は時々研究結果をお兄様と一緒に検証していくことにしよう。
どんなブレンドが生み出されるか、楽しみだなぁ。
次に閑話一本挟みます。




