魂の刻印
すみれは、魂の不滅を信じるかい?
私は信じている。いや、知っていると言った方が正しいのかな。
知ってるかい。数百年に一度、人の子としてこの世界に生まれてくる精霊の愛し子は、皆一つの同じ魂の持ち主なんだ。愛し子が人としてその生涯を閉じたとしても、決してそれで終わりではないんだよ。
魂まで消えてしまうわけではないんだ。
ただ……、それぞれの愛し子が過ごした生涯の記憶が、時に魂に刻印を入れる場合がある。
大きな悲しみや苦しみ、痛み。耐え難いくらいの大きな絶望。
天寿を全うしないで生涯を閉じた場合も……。
刻印が入ってしまった魂は、次に転生するまで時間をかけてゆっくりと準備を整える。そして、次に同じ世界に転生した時に、もう一度、前世で受けた刻印を乗り越えるために前世と同じ課題に挑むんだ。
すみれ、君の魂には大きな刻印が入っている。君は四百年以上の年月をかけて、またこの世界に生まれてきた。
それは、課題をクリアするための準備が整ったからに他ならない。君ならできる。どんなときも、それを忘れないでいて欲しい。
私はね、先代の精霊の愛し子の護り石だったんだ。
少しすみれに似てるかな。とても可愛い子だったよ。
あの子のことを私はとても愛していたし、あの子も私のことを愛してくれたと思う。私たちは、お互いに唯一無二の存在だった。
あの子を失ったときに、私は自分の半身を失ったんだ。
それくらい私の喪失感は大きかった。
四百年以上の月日を経て、再びめぐり合った新しい愛し子に、初めて私の名前を呼ばれたとき、ついにそのときがきたのかと私の心は震えた。
すみれの魂を検分して、先代の愛し子と同じ刻印を見つけたときは喜びで気がふれてしまうかと思ったよ。
でもね、魂は同じでも、やっぱり君はあの子じゃない。
私の心に開いた大きな穴を、君で埋めることはできない。そんなことは間違っている。
頭では分かっているのに、愛し子である君から目を離すことができない。
つくづく私は情けない精霊だよ。
すまない、すみれ。
本当は、こんな話をすみれにするつもりはなかったんだがな。
護り石でもない私が、今回の愛し子の人生に関わってはいけないと思っていたからね。
影ながらすみれの今生の課題を手伝いたいとは思っていたが、積極的に表舞台に立ってすみれと関わるつもりは私にはなかった。
私は過去に囚われた精霊だから。
これが、すみれが会いたいと連絡をしてきたときに返事をしなかった理由だよ。
もう、すみれと会うつもりはなかったんだ。
私の加護を与えたことで、すみれに何かあった場合は私にも分かるようになっていたし、それで十分だと思っていた。後は時々、すみれの様子を教えてもらえればそれで満足できると。
甘かったね。今更こんなことを言っても、言い訳にもならないが。
しかし、まさかオオタカの背中に乗って押しかけると私を脅迫するとはな。
魂は同じでも、君は前の世代の愛し子とは、大分違っているようだ。
頼もしいよ。嬉しい。
さて、質問は私がどうしてこのドームに宿っているか、だったね。
答えは、そうだな。
私が愚か者だから、でどうだろう。
……あの子を失ったときに、私の当時の宿り石は割れてしまった。
石から解放された精霊は無力だ。
護りのための精霊なのに、ただ目の前の状況を見ているだけ。それが私には耐え難かった。
その後の四百年の間を、私は狂ったようにただ力を得るためだけに費やした。
来るべき日のために、自分が重要な現場で今度は蚊帳の外にならないように。
笑える話しだろう?
気が付いたら私はアメジストの精霊王の地位にまで登り詰めていた。
確かに魔力量は膨大だ。使える魔法の種類にも、ほぼ制限がない。
だが、ドームという縛りを背負い、自由に身動きがとれない状態で得た力に何の意味がある?
結局、どうあがいても私は蚊帳の外でしかないのだ。
いつの世代もな。
それが現実だ。
*****
アメちゃんは小さく自嘲の笑みを浮かべると、私の頭にポンポンと軽く手を置いた。
具体的な内容について触れてはくれないが、多分話しの内容から察するに、先代の愛し子が体験した耐え難い苦難とやらが私にも降りかかる可能性があるということなのだろう。
それが私に課せられる課題?
どうやら、私に与えられた加護や防護結界は、課題クリアの助けになろうと事情を知っている精霊たちが気を利かせた結果のようだった。
「私がクリアしなきゃいけない課題について、アメちゃんは何か知ってるの?」
アメちゃんの心の傷にできるだけ触れないように、恐る恐る尋ねた私に、アメちゃんはかぶりを振った。
「今回の課題について、具体的な内容は全く分からない。
ただ、先代の愛し子が置かれた状況から推察して、人をみる目の確かさを問われるのは、まず間違いないだろう。誰を信じるか。誰を側に置くか。
どんな状況下になったとしても、課題のメインはそこだと思う。」
「……なるほどね。」
アメちゃんの言葉に、私の頭はフル回転だ。
つまり、単純な話、今生の課題って、精霊の愛し子である私を騙して利用しようとする人と関わらないようにすればなんとかなるんじゃないの?
先代とシチュエーションを変えて試されるんだったら、アメちゃんに辛い思いをさせてまで先代の愛し子の苦難を語ってもらう必要はない。っていうか、むしろ変な先入観を持ってしまいそうだし、聞かない方がよくない?
私としては、せっかく生まれてきたんだから、この世界を満喫したい。
美味しい物も食べたいし、もっと魔法の勉強もしたい。
できれば精霊だけじゃなくて人間の友達も作りたいし、いい人がいれば恋だってしたい。
いいじゃない。夢いっぱいな感じ?
「諦めるな、すみれ。」
幼馴染みの声が私の背中を押す。
はいはい、分かったよ。
じゃあ、頑張ってやってみましょうか。
一度覚悟を決めてしまえば、それだけで気持ちが随分楽になった。
まずは……アメちゃんだな。
私はできるだけ思いやりに満ちた笑顔を浮かべて、アメちゃんの顔を覗き込んだ。
「ありがとうね、言いたくないことまでいろいろ話してくれて。
アメちゃんの事情は何となく分かったよ。
ただね、これっきり私と会わないってのだけはダメ、そこは譲れない。
私はこれからもアメちゃんに会いたいし、アメちゃんだって本当はそうでしょ?
私がアメちゃんを好きだから会いたい。それだけじゃダメかな。
私の人生に積極的に関わってよ。全然こっちは気にしてないから。
引きこもりになんて、させないよ。
私は先代の愛し子の代わりにはなれないかも知れない。
でも、友達にはなれる。違うかな?
友達がダメなら、孫を可愛いがるおじいちゃんでもいいや。
先代から見ると、孫って感じもあながち間違いじゃないでしょ。」
いきなりのおじいちゃん呼びに
「おじいちゃん……」
とアメちゃんが苦笑いを浮かべた。
いいね。苦笑いだろうがなんだろうが、とりあえず私たちは笑って行こう。
「すみれ、これから君はどうする気だい?」
アメちゃんの問いかけに、私は出来るだけ元気良く答えてみせた。
「知ってる? 情報を制するものは、世界を制すってね。」
この世界で私が平穏に生きるために出来ること。
全部やってみよう。
暑い、暑いです。毎日デロデロです。