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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
5. 若葉ガールと新たな出会い
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59.「リーダー事情あれこれ」

 白団を、もう一度作り直す。

 そう堅い決心を誓った次の日。早速わたしたちは、放課後に被服室で話し合うことにした。ただ、機会を設けたところで劇的に話が進むかといわれればそういうわけでもなく。

「ただ、どうするべきかなんだよな……」

 頬杖を突く団長(リーダー)を尻目に、さっそく昨日のうちに作っておいた資料をテーブルに広げた。

「まずは、うちらでの認識のすり合わせかな」

 団長、とはいえこういうのはあまり得意でなさそうな芦原。そんな彼を説得するためにも、まずはどういう順番で物事を決めていくか説明する。

 はじめにやることは、わたしたちの間での意見のすり合わせだ。白団の応援はどのようなモチーフが良いか。そういう基本的な方針は、最初に決めておかないと後々認識の違いで対立することになりかねない。いわゆる、「音楽性の違い」ってのを未然に防ぐために重要なステップなのである。

「……そっか、応援って一言で言ってもまずモチーフとかイメージを決めないといけなかったのか」

「うん。わたしは、昔ながらの応援団っていうのかな。そう言うのをイメージしてたから」

 だから、大太鼓を持ってきて旗を振ってという古典的なものを案として持ってきたのである。

 もちろんこれは、あくまで参考意見のつもりでわたしも本採用にしようとは思っていなかった。確かにイメージを共有する事は重要だけど、そもそもイメージというものはかなり抽象的な話だと思ったからだ。

 そういう意味で、わたしの案を踏み台に新しい良い応援案が出ることをわたしは想定したんだけど……。

「ただ……ねぇ」

 溜め息をつきながら、資料をめくる。

 実際はどうだったのか。昨日の会議を見る限り、わたしの思惑は完全に外れてしまった。わたし自身が提示した応援案がちょっと分かりづらかったのもあるし、その一方でメンバーの非協力的な態度で全く話が前進しないというのもあるかもしれない。

 誰に責任があるか、と問われればそれは上手く言えないし問い詰めようという気も無い。しかしそれでも、白団の現状は……控えめに言ってもまずいという状態だった。

「そろそろ形にしないと、まずいよね」

 芦原に習って頬杖を突いて独り言つ。責任はともかく、現時点である程度形を作らないと本番には間に合わなくなってしまう。やっつけ仕事でいいなら、衣装とか音源とかパフォーマンスあたりなら何とかできるだろうけど。

「でもまだ本番は1ヶ月くらい先だろ?」

「あぁ、そう考えちゃうか……」

 だけども芦原には、いまいち危機感というものが無いらしい。

 確かに本番は1ヶ月も先の話。一見すれば、まだだいぶゆとりがあると感じるものなのかもしれない。さっきも言った通り、外部と関わらない作業であれば我々の作業パフォーマンスで何とかできるから。ただ……。

「わたしたちだけで完結するなら良いんだよ。問題は、外の人と何かしらのお願いをするときだよ」

「外にお願いって何さ」

「公民館の大太鼓を借りるときとか」

「ポンって借りて来れるだろそれくらい」

「……はぁ」

 思わずため息をついてしまう。もちろん、大太鼓に限らずこういうものはポンポンと簡単に借りれるわけが無い。

「そんなわけ無いでしょ」

 彼は何かを勘違いしているけど……相手は友達ではないし、物だってそんなコンビニでパッと買えるような代物でもないのだ。大人相手に、どういう目的で借りるのかを彼らに納得いくように説明をして、丁寧にお願いをしてやっと借りられるのだ。

 それは、何も大太鼓の話に限ったことじゃない。他にも学ランの制服、旗とかを借りてくることも考えられるし、大太鼓を演奏する以上は近所の方々に事前にお詫びの一つでも入れておくものだ。

 現時点でぱっと思いつくだけでもこんなにやるべきことはあるのだ。実際に作業に掛かれば、もっと外部の方々にお願いする機会はあるだろうし、そもそも外部に出る前に学校内での許可も必要だ。

 何をするにも時間が掛ってしまうことを考えれば、ゆとりは出来る限り作りたいというのが本音なのである。

「もしかして。いや、もしかしなくとも想像以上にやばい状況じゃねえか?」

「今さらなのね……」

 やっとこさ事の重大性を理解した団長様(・・・)。だけども白団に降りかかる問題は、何も時間が足りないということだけではない。

「……たださ、何は無くともわたしとあんただけで何をどうするっていうの?」

「ゔっ……」

 止めを刺すようなわたしの言葉に苦い顔をする彼。昨日の会議が交渉決裂となって、1年生は全員応援団を辞めてしまったという事実は……やっぱりわたしたちには相当な痛手だった。さらに3年生も、1年生の態度に怒りその場から出て行ってしまった。

 残されたのは二人だけ。この状況でどうやって白団を動かせばいいのか。

「俺が太鼓やるからさ。安藤ちゃんは旗を振ってよ」

「何言ってるのさ……」

 片方太鼓に片方旗振り。二人だけの応援って、どう考えても惨めで――だったらやらない方がずっとマシだ。

「現実的には、みんなを戻すしかないよね」

 そう言いながらノートをたたむ。時間的に最終下校時刻だ。これ以上は残れない。だけども……。

「戻すって、どうやってだよ?」

 その一言は、どこかわたし優位で進んでた話し合いに釘を刺すかのような問いかけだった。

 今日はもうこれで帰るしか無いから、仕方ないで片づけられる。でもその後はどうする。最悪な形での分裂だったのに、今さらどうしてみんな応援団に戻ってくれようか。

 かといって、今から新しい人を呼ぶだけの時間はあるのか。計画もまともに確定していない状態で人探しだなんて、あまりにもわたしたちに負担が重たすぎる。

「どうすれば……いいんだろうね」

 つい、そんな言葉で誤魔化す。というよりも、その一言しか言葉が出せなかったのだ。

「結局どれだけ俺らが話し合いをしても、根本的に人が来なかったら話は進まないんじゃないのか?」

 それなのに、ここぞとばかりに芦原は正論を叩きつけてくる。策も無いクセに、「あるべき論」ばっかり出してくる。その姿勢に、カッとなってしまい。

「だったら、どうやって離れた1年生たちを戻すのさ!」

 つい、怒鳴ってしまったのだった。

 1年生が離れたのは、わたしたちが上手くまとめられなかった。いわば二人(わたしたち)の責任だというのに。

「そんなの……俺だって分からねえよ」

 人はいない。プランも決まらない。

 正直言えば、八方塞がりの状態だった。今から人を集めようにも、そもそも人気が無い。うちのクラスを見れば、そんなの一目瞭然だ。おまけに、わたしたちを導いてくれるはずの3年生は否定ばかりの1年生に愛想をつかして出て行ってしまった。一番の火種だった1年生も、わたしの存在が目の上のコブだとしたら――。

「お前ら、最終下校時刻だ。さっさと帰れ」

 止まりかけていた思考を再び動かさせたのは、宿直の先生の言葉だった。

「あっ。はい……」

 こうして、わたしたちは被服室を追い出される。大した対案も出せないまま。


 ◇


 芦原を先に帰して、被服室の鍵を返しに職員室へと向かう。

 時間はすでに夜の6時半を過ぎていた。いつもは先生や生徒でにぎやかな職員室も、この時間となれば大多数の先生がすでに帰っちゃったようでかなり広く静かに感じられた。

「……誰も居ないんだ」

 普段はこんな時間まで残ることは無いし、だからこそ誰も居ない空間に気味の悪さを感じる。言い換えれば、それだけ遅い時間まで残っていたということ。なのに、いいアイデアが出せなかった自分自身に何だかモヤモヤしてしまう。

 そういえば芦原も、新人戦の前だというのに部活を休んで時間を割いてくれたんだっけ。さっきはつい感情的になって、彼に八つ当たりをしてしまったけど……考えれば大変なのは彼も一緒なのに。

 ――ひどいことをしちゃったな。

 今度は心の中で呟く。だけども、それを伝える相手も今は目の前に居ないわけで。そんなことを悔やむよりも、対案を見つけるしかない。チームマネジメント? とか言うのだろうか。宿題もあるし、そういうことも調べないといけない。

 悩む時間がもったいない。走らないように気を付けつつ昇降口へと向かっているまさにその時だった。

「……あっ、生徒会室」

 暗い廊下に漏れる照明の光。光源は、生徒会室のようだった。ということは、生徒会長が仕事中なのか。

 もう既に最終下校時刻を過ぎているにもかかわらずこの調子――まさかとは思うけど仕事に夢中で時間を忘れたとか? 不思議に思ってちょっと覗いたら、案の定会長さんはパソコンで何か作業をしているようだった。しかも戸に耳を当てれば、コピー機がけたたましく音を立てて紙を吐き出している。完全に仕事で時間を忘れているよ。

「……会長さん?」

 ほんの親切心というか、お節介というか。ホントにそんな軽い気持ちだった。

「ん? あぁ、安藤さんか」

 よっぽど仕事に夢中だったらしい。部屋に入っても気づかなくて、わたしが声を掛けてやっと気づいたという有様だった。

「こんな時間まで大丈夫なんですか? そろそろ最終下校時刻みたいですけど……」

 そろそろというか、もう既に過ぎているわけなんだけど。だけども会長さんは、それを聞いても何も反応を返さずきょとん顔。

「鍵とか返しに行ったほうが……」

 まさかとは思うけど、この人校則を忘れている? 仮にも校則を守らせる人がこんな調子で大丈夫なのだろうか。

「鍵? 生徒会は最終下校時刻とは関係ないんだけど……」

「えっ?」

「ああそっか! 一般生徒は知らないわよね。教えてくれてありがとう」

 生徒会はどうやら例外だったようです。知らないでこんなことを言ってしまったものだから、なんか無知をさらしたみたいでちょっと恥ずかしい。というか考えてみれば、この生徒会長がそういうの忘れるわけが無いか。

「すみません。余計なお世話でしたね」

 なんかバツが悪くて、頬をかいて苦笑い。誤魔化したつもりだけど、これで誤魔化せるようにも思えず。

「いや、気を遣ってくれたんだよね? ありがとね」

 そうやって彼女は、頭をぽんぽんと撫でる。最初は子ども扱いされて嫌な気持ちになったものだけど、最近は何だかそう嫌な気もしなくなってきたみたい。人間とは不思議なものだ。

「まだ仕事残ってるんですか?」

「そうね。まあ急ぎじゃないけど、早めに片づけたいところだしね」

 そう言って彼女は再びデスクに座る。コピー機は一旦動作を止めたものの、印刷された紙の枚数を見る限りまだ仕事は残っていそうだ。気になって、会長さんの背中越しにパソコンを眺めるといくつかのワープロファイルや表計算ファイルが立ち上がっていた。パソコンの右手には、ハンコを押すであろう決裁書類も残っている。

「こらこら、勝手に見ないの」

「あっ、すみません」

「……まぁ見られても困るわけではないけどね。学校内の資料なわけだし」

 会長さんに注意される。確かに気になったとはいえ、こういうのは良くないのだろう。もしかしたら、会長さんしか見れない書類だったのかもしれないし。

 しかしそれはそれとしても、この仕事量。さすがの会長さんでも、今日中に終えらせられるようには思えなかった。

「それは……。でもこれ全部やったら、相当夜遅くなっちゃいますよ?」

「それはそうだけど。でもまあ、家に帰っても寝る以外やることも無いから……良いのよ」

「良くないですよ!」

 例えば、家族でご飯食べるとか趣味の時間に費やすとか。もちろん、学生として宿題もやらないといけないだろうけど。でもわたしだって、一日に何か楽しい時間が無いとおかしくなっちゃう。会長さんは根が真面目な人だから、そういうのをやらないでも大丈夫なのかもだけど。

 だいたいご飯とかはどうするんだろうか。うちだと、こんな調子ではわたしか秋奈がくいっぱぐれになってしまう。

「ご飯とかどうするんですか? お母さんとかご家族が心配しちゃいますよ」

 考えもせずにそう言い放ってしまう。

 いや、そこに会長さんを責める気持ちは無かったのだ。本当に、それが当たり前の普通なことだと思ったからこその一言だった。だけどもそれが、思わぬ形で会長さんを傷つけてしまう。

「家族は……居ないわ。そもそも一人暮らしだし」

 キータッチの軽快な音が途絶えた。

「女の一人暮らしなんて、そんなもの。本当にやることが無いのよ」

 そんな消え入る声と共に、彼女は再び指を動かす。そういえば、会長さんの口から家族の話を聞いたことは無い。

「……ごめんなさい」

 意図しなかったこととはいえ、随分と酷いことを聞いてしまった。家族の居ない人にこんなことを聞くのは、知らなかったとはいえ軽率だ。

「いや、良いの。忘れて」

 そう言って、席を立つ彼女。すぐにコピー機が動いて、排紙トレイに印刷された紙が溜まっていく。

 気にしていない、と彼女は言って実際にそのように振る舞う。動きはエレガントだけど、本当に本心までそうなのか。

 話を聞く限り、会長さんは独りだ。堅物で遊びに行くこともあまり無さそう。そんな生活で、さびしくはないのだろうか。こっちのほうが、余計なお世話かもしれないけど。

「友達の家に遊びに行ったりとかは?」

「夜遅くに。まして明日も学校があるのにそれは、生徒会長としてはあまり許せたこととは言えないよね」

「たまにです! たまになら」

「たまになら、良いんじゃないかしら? 私は、そのような友人が居ないからもっぱら神社の仕事か勉強か。本当にやることが無ければ適当に昼寝でもするくらいだけど」

 何だか、複雑な気持ちだった。だってそんな生活、わたしに置き換えたら寂しいしおかしくなっちゃいそうな気がしたから。

「心配しないの。今こうやって安藤さんと雑談しているだけでも、結構楽しかったりするのよ?」

 わたしより何倍も頭のいい会長さん。そうやって、誤魔化そうとしたのだろう。私が余計な気を揉まないように。だけどもわたしは、気まぐれで余計なお世話を働きたくなったのだ。

「……会長さん、この仕事何時までやります?」

「まあ、8時頃までには終わるだろうけど」

「明日は?」

「放課後に資料が残ってなければ、そのまま帰るつもりね」

 だったら、今日の1時間仕事をしなくてもきっと回るはずだ。最悪この人の能力なら、それこそ一瞬で終えられる気もするし。ならばもう、やるしかない。大きなお世話だし、自身がやらないといけないことだって棚に上げているような気もするけど……。

 携帯を取って、すぐに秋奈へと電話を繋ぐ。

「ちょっとっ! 校内での携帯電話は校則違反よ?」

「ちょっと静かにしててください!」

 そう言っている間にも、呼び出し音がすぐに秋奈の声へと変わる。

「秋奈、今大丈夫? 今日の夕飯、もう一人友達を連れてきてもいいかな?」

 そして、ちょっとだけやりとりをして電話を切った。その上で。

「会長さん――」


「急ぎでないなら、今日うちに来てください」


 これまでいがみ合っていたはずの生徒会長を、はじめて我が家の夕飯へと招待したのだった。

ついに、60話を目の前に控えたお話です。

白団を再構築することを誓った二人のリーダーですが、なかなか思うようには上手く行かないみたいです。そして仕事に追いかけられているのは、生徒会のリーダーにも当てはまることのようで……。

ただ、3,4章であった圧倒的な絶望感と比べれば全然軽めの話かと思います。引き続き、リーダーたちが苦悩する回が続きますが応援していただければ嬉しいです。

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