60.「でこぼこフレンドシップ(前編)」
「それにしても、どういう風の吹き回し?」
二人で歩く帰り道、不意に会長さんに尋ねられた。
夜道なのではっきりと表情は見ることができない。けれども、見えない彼女にはきっと「戸惑い」の感情が刻まれているのだろう。
言わんとすることの意図は何となく分かる。わたしの性格を知っている会長さんにからすれば、わたしの行動は不可解に映ってしまったのだろう。
「それが……」
回答に窮して、言葉に詰まる。
「わたしにも分からなくて」
困惑しているというのは、実はわたし自身も同じだった。
「そっか」
そう頷き、彼女は黙り込む。別に無理に聞くことでも無い、そう判断したからなのだろう。
けど、改めて考えてみれば随分と奇妙な話だとは思う。そもそもわたしと会長さんを繋ぐ関係が無い。学年も違ければ、クラスだって違う。所属する組織も生徒会と料理部で全然違うし、二人を繋ぐ共通の友人だっていない。
だから今だって、同じ場所に向かっているはずなのに二人には距離がある。物理的にも心理的にも。
だけども、なぜか彼女を他人として扱える気がしなかった。きっとそれは、わたしの秘密を共有している数少ない人々のうちの一人だからというのもあるけど、その一方で人が知らない会長さんの一面を知っているからなのかもしれない。
……そうか、何となく分かってきた。
「前言撤回です」
そう言って、後ろについて来ている会長さんへと向きなおして続けた。
「どうしたのよ急に?」
急に声を上げた、というのもあるのか街灯に照らされている会長さんの表情は、驚きに満ちていた。だけどもわたしは、それで言葉を止めることもなく。
「たぶんあなたと、過去のわたしが重なったから。なんだと思います」
言い始めた言葉は、よどむことなく続く。
「同じ気持ちになって欲しくないんです! ……わたしと」
変なことを言っているだろう。ふて腐れて自身の殻に籠っていたわたしと違って、明朗で人当たりも良く慕う生徒や教職員が多い彼女と同じ気持ちになるわけが無い、と。
しかしわたしが思うに、たぶん会長さんとわたしは本質的に似ているのだと思う。友達が居るとか居ないとか、そういう次元の話では無い。わたしと会長さんは、本質的に人との関わりを拒絶しているのだ。もっとも彼女はかなり器用な人だから、そういう面が表に出ること自体が無いのだと思うけど。
「……なぜ心配されているかよく分からないけど、あなたに心配されるほどでもないのよ? それなりに今の生活を楽しんでいるつもりだし」
少しの間を開けて、ゆっくりと。だけども力強く断言する彼女。その様子だけみれば、それこそわたしが余計なお世話を働いただけのように見えるけど――だがその表情にはちょっとだけ嘘が混じっていた。だって、いつもはわたしの瞳を射抜くはずの眼光が、今回ばかりはどこか反れた方向に向かっていたのだから。
「だったらどうして、やる必要も無い仕事をわざわざ夜遅くまでしていたんですか?」
その言葉に、彼女の目線がいよいよ泳ぎ出す。でも、落ち着いて考えてもみればおかしな話じゃないか。
前提として、会長さんは元々能力の高い人だ。生徒会の仕事を詳しく知っているわけじゃないけど、今まで全部一人で片づけられる仕事量だったらとしたら、今回だって夜遅くまで残って仕事をする必要性は無くなってしまう。
それが出来ない時だって、生徒会の他の人に頼ればいいだけの話。というか、そのための組織じゃないか。
「会長さんの力なら、すぐ終えられますしそれでも辛いのをバックアップするために生徒会の他の役員がいるんじゃないですか?」
「……」
「それなのに他の役員には頼りもしないで全部一人で片づけてしまう。それは……わざとなんじゃないですか?」
家でやることもなく、話し相手も居ないと聞く。一人でいることが寂しくて……だからそれを誤魔化すためにわざと仕事に打ち込んで誤魔化していたのではないか。
言っていて、わたしのほうが切なくなってきた。方向は違えど、やっていることは過去のわたしと重なってしまうから。
だけども、わたしの言葉は自分自身よりも会長さんのほうに深く刺さってしまった。というより、会長さんを傷つけてしまったようで。
「……だったら何だっていうの」
そう言いつつ、二つ結びを下ろした彼女からはどこかもの悲しい雰囲気がこぼれていた。電灯の灯りが映す足元には、ポタポタと地面を濡らし、そしてすぐ乾く。
「それでうまくことが回るなら、良いじゃない!」
その言葉と共に、彼女は下ろした髪で顔を覆った。生徒の代表であるという、優しくも凛々しい普段の彼女からは、想像もつかないような弱々しい姿に、さすがに言い過ぎたと感じた。言い過ぎたのは事実だ。でもそれで……。
「会長さんが本当にしたいことを我慢をしてまで……」
いくら生徒会長だからって、生徒代表だからって――そこまでストイックになる必要なんて。
「誰かが我慢して成り立つなんて、それはそのやり方のほうが間違っている!」
少なくとも、わたしはそう思う。もう身近な人で、苦しんでいる姿を見るのは嫌なんだ。だってわたし自身がそうだったんだから。だけども、そう願ったところで必ずしも上手く行くとは限らない。
「分かったようなことを言わないでよ!」
会長さんの、突然の話しかたの。言葉遣いの変化に驚いてしまう。だけどもさらに続く言葉に、わたしは完全に言葉を失ってしまった。
「私だって、本当は人並みに楽しいこと、したいよっ! だけども……」
――許されないんだよ。
思いもしなかった。
一人で何でもそつなくこなせる。勉強も仕事も優秀で、周りの人間からは完璧超人扱い。周囲からはカリスマのように思われてもおかしくはない。そんな彼女が……本当は脆くて崩れやすい普通の女の子だったということに。
◇
それから起こった出来事は、正直なところ彼女のイメージを崩すに十分過ぎることだった。だけども、そのことはわたしの胸に閉じ込めておくことにした。彼女が口止めをしたというわけではないけど、あえて誰かに言うことでも無いし、そういうことを言われるのもいい気分がしないだろうから。
そんなわけで、彼女が落ち着くのを待ってから家へと戻る。家に着いた頃には、とっくに19時を過ぎていたのだった。
「ここが、ウチです」
そう言いつつ、ドアを開ける。
「ただいま」
「おかえりなさーい」
すぐに、リビングから返事が聞こえた。台所から玄関まで開けっぱなしのようで、帰るなりすぐに台所での作業の様子が耳に入ってきた。靴を脱いで、鞄を下ろす。何だかんだ言いつつも、やっぱり我が家は落ち着くものだ。
「おじゃまします……」
そんなことを考えていると、続けて後ろから会長さんが入ってきた。いつもは堂々としていても、今日ばっかりはちょっと弱気。さっきのことが、まだ彼女の中で引っかかっているのだろうか。
「そんな遠慮しないでも大丈夫ですよ?」
「しかし……」
一度弱気モードに入っちゃうと、なかなか立ち直れないタイプなのだろうか。あるいは、根が大人しくて遠慮がちの人なのか。立場が立場だから、人前では感情をコントロールしているってことは、あるかもしれない。
「大丈夫。どんな会長さんだとしても、わたしも秋奈も気にしませんから」
「そ、そうかしら。しかし……」
やっぱり落ち着かないのだろうか。実際、いつもの威厳が嘘のように今の彼女はわたしの後ろに隠れて周囲をうかがっている。そうか、わたしにとっては見慣れた我が家でも会長さんにとっては初めての場所。緊張して当然だ。
もしもさっきの遠慮がちというほうが彼女の実際の姿だとしたら、そんな気は無くとも無意識のうちに追い詰めてしまうことだってあるかもしれない。そう考えると、酷いことをしたと今さらになって反省し始めるが時すでに遅し。
そうこうしている間にも、秋奈が玄関へと出てきてしまったのだった。
「おかえり、ハル姉。会長さんもようこそ」
「いえ、こちらこそ忙しいときに……」
いつもなら絶対に言わないであろう丁寧な言葉。それこそが、会長さんが今の状況にいかに混乱しているかを表すものだった。だけども……。
「あぁ、全然気にしないで! それに、ご飯はみんなで食べたほうがおいしいですから!」
秋奈の一言が、わたし自身忘れていた大切なことを思い出させる。
「……そうだ、忘れていた」
どうして会長さんを招こうと思ったのか。それは、秋奈の言葉に集約されていた。
「こいつの言う通りで、会長さんとご飯を食べたら美味しいってそう思ったから誘ったんです」
独りぼっちとか人との関わりとか難しいことばっかり考えていて、大切なことが抜けていた。
みんなでご飯を食べるのはおいしい。親が忙しくて、姉妹二人きりだったからこそ身に染みた言葉だった。
どんなに美味しいご飯でも、一人だったら味気ない。言い換えれば、ご飯を食べるときは人数が多いほうがいい。確かに独りぼっちとかそういうことを多少考えたのは否定できないけど、それを差し引いても会長さんと一緒にご飯が食べたいと思ったんだ。
その延長でもしかしたら、会長さんと仲良くなれるかもしれないし。
「だから緊張なんかしないで良いし、気楽に過ごしてくれればそれで大丈夫!」
「そ、そうか……」
それでもピンと来ない彼女。分かっている、いきなりこう言われてもやっぱり戸惑ってしまうことは無理のないことに。
だけども秋奈は、会長さんが無意識のうちに作っていたであろう壁を易々と乗り越えてしまう。
「ほら、座る座る」
そう言い、会長さんの手を引いて無理やり秋奈の隣の席に座らせたのだ。
戸惑う会長さんを尻目にさらに彼女の前にポンポンとご飯やおかずを並べていく。
「ご飯の量は?」
「普通で……」
「苦手な野菜とかは?」
「セロリとかで無ければ」
「和食だから大丈夫ですね。ハル姉も手伝う!」
「あ、はい……」
いつになく妹が積極的だ。というか、逆らうに逆らえない……。
そんなわけで彼女の指示のもとあっという間に食卓が整った。会長さんの鞄はリビングのソファーに片づけてさっそくご飯を食べ始める。
『いただきます』
その掛け声とともにさっそくご飯を食べ始める。うちら姉妹はいつもの通りご飯を食べ始めるが、やっぱりまだ緊張しているみたいで、周囲を見ながら警戒している様子で恐る恐るご飯を食べ始めた。
「お口に合いますか?」
会長さんの様子を気にして、途中で秋奈が訊ねる。
そういえば、ここ最近は来客が多くて忘れていたけど実はうちの料理を食べたお客さんはそう多くは無い。いつメンの眞子はともかくとしても、結衣のように整った料理を出すわけではないうちの味付けに彼女は馴染むだろうか?
緊張した表情で煮物を口に含んでから一言。
「これは、安藤さんの妹さんが作ったの?」
「はい」
「そっか……美味しい」
その言葉と共に、今まで見せていたこわばっていた顔が緩んだ。いや、ただ緩んだだけじゃない。
「会長さん……今笑った! すっごい可愛い笑顔で笑った!」
「えっ、そんなこと……」
驚いて、言葉が出なかった。けど、秋奈の言う通り今一瞬だけ見せた笑顔は、今まで決して見せることのなかった穏やかで優しい――そんな笑顔だったのだ。
とはいえ秋奈の言葉に照れたのか、すぐにそっぽを向いてしまう会長さん。何だかちょっとだけもったいない気がして、わたしのほうからも追撃した。
「隠さないでもいいじゃないですか。だいたい会長さん、美人さんだし……」
「ちょっと、止めてよ……」
そう言い、顔を手で隠すけど……顔全体が赤く染まっていて照れているのを隠せていなかった。その様子は、人々が噂をするような鬼会長なんか程遠くて。
「なんか意外です! みんなは、『完璧だけど冷徹な鬼会長』って言うけど、全然そんなことは無い。先輩、とっても可愛いじゃないですか!」
秋奈の言う通り、それこそ通り過ぎる人々全員が見返すような可愛い女性だと思った。というか正直、元男だったわたしは今の会長さんに異性としてときめいてしまいそうだ。
「そう……かな?」
そう言いながら、恐る恐る手を避けて顔を見せる彼女。その仕草がまた、わずかに残る男心に刺さる。彼女の素顔は本当に可愛らしくて、優しいものだったのだ。
「そうですよ。だからもっと、自信を持ってください」
「うん……ありがと」
そういってご飯をついばむ会長さん。
もちろん最初は、優しくも厳しい会長さんとは違うキャラクターに驚いてしまった。けど蓋を開ければ、今まで知らなかった意外な一面を知れて、さらに言えば普段は見せないであろう優しい表情まで見れた。
「……やっぱり誘って良かった」
独り言に、会長さんは不思議そうな表情で見つめてくる。
「どうして?」
どうして、はこっちのセリフだよ。何であなたは、何でも知っているくせに自分のことになるとまるで鈍感になっちゃうんですか。
秋奈だってはもう既にわたしの意図を汲んでいるというのに。
「どうして分からないんですか……」
そうため息をついて、一言だけ。
「あなたの優しい笑顔を見れたから、ですよ」
2週間ぶりの更新です。お待たせしました。
正直なところ、前回の引きが引きだったのでかなりの難産回に仕上がってしまいました。しかも応援団編なのに横道にそれるような形になったのも(もちろん必要な回なので入れてます)ますます話をややこしくしたなというのが作者としての正直な感想だったり。
次回も引き続き会長と春奈の話ですが、この話が後々響いてくることに……なるかもしれません。




