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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
3. 若葉ガールは苦悩する
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41.「夏の終わりの雨の音(前編)」

「お前らの気持ちを知ったうえで……おそらく、断る」

 その言葉に、僕は立ちすくんだ。だってそれは、彼が結衣への好意を持っていると僕たちに知らせておきながら、その計画を根本から否定する言葉だったから。いや、計画が破たんすることよりも宮川自身が自らの気持ちに嘘をついてまで結衣の気持ちを否定したということのほうが僕にとっては衝撃的だった。

「……どうしてなの? 何がそこまで、あなたが結衣のことを否定させる理由になるのッ!?」

 分からなかった。だって二人は、お互いのことが大好きで大好きで仕方がないのに。両想いなのに。それなのにどうして宮川はそんな残酷なことを言えるのか。

 だって恋愛ドラマとか恋愛ソングだったら、この展開は間違いなくハッピーエンドにつながるはずなのに。

「言ったろ? 俺がそばに居ると、あいつから未来を奪ってしまうからだって」

 だけれども彼は、そうとしか語らなかった。

「それは……そうかもしれない」

 結衣の未来を奪ってしまう。それは、あながち嘘でも無い。

 現に宮川は、今も不良としてあの街で生きている。不良である以上は、彼を取り囲む人間だってそういう人が多くなってしまうのは当然だ。しかし結衣は成績優秀なうえに教師からの信望も厚い。それにその気になれば頭の良い高校や大学に進むことだって不可能ではない。

 そんな彼女が、不良たちと関わり合いを持ってその才能を咲かせられなかったとしたら……。だとしたら、彼の言い分はもっともなことだろう。

 でも、それを踏まえてどうしたいかは……あくまで結衣が決めることだ。そもそも結衣ならば、その可能性くらい十分に考えているはずだ。それでも宮川のことが好きだから、ここまで行動を起こしたんじゃないだろうか。そしてそれを知ってるからこそ僕は、結衣の恋を応援したくてここまでやったんだ。

「だけどもそれは、あなたが心配することじゃない。結衣が考えることじゃないかな?」

 宮川の心配も正論だ。だけどもそこに結衣の気持ちをあるのかと問いかける。

「だったら、部外者であるお前だって同じことは言えないだろ?」

 だけども、彼が突きつけた「部外者」という言葉の重みが、僕の言葉を止めさせた。

「良いか? 今だから言わせてもらうが、俺は誰よりも結衣のことを知っているつもりだ。うぬぼれかもしれないが、あいつの考えてることなんて言葉にされずとも全部お見通しなんだよ」

 彼の言葉を、僕は黙って聞くことしか出来ない。

 うぬぼれかもしれない? ――いや、それはうぬぼれでもなんでもない。幼馴染みだからこそ。生まれてからずっとそばで支え合った者同士だからこそそれは言える言葉であり、だからこそその言葉には説得力があった。

 女の子になって初めて彼女と関わりを持った僕が、その中に割って入ることなんてできない。いや、僕には何も出来ないということを、僕は受け止めるしか出来なかった。

「もちろん、本音を言えば辛いさ」

 それは、普段は絶対に見せない宮川の弱音のようなものだったのだろう。

「だけどな、あいつの可能性を。あいつの未来を、俺は潰したくないんだ」

 そして同時に、それは宮川なりの最大の優しさだと僕は感じた。

 確かに、言葉の表面だけとればそれは結衣の気持ちを拒絶する残酷な言葉にしかならない。だけども彼はわざと悪役になってまで、結衣の目線を未来へ向けさせたんだ。

 でもだったら、せめて言い方があると思う。その事実を伝えてあげることも優しさでは無いのだろうか。

「だから、例えあいつが何と言おうが関係ない。それが、俺の決めたことだ」

 だけども、そんなことはこの男には出来ない。というよりも、彼が男だからこそ出来ないんだろう。だって宮川は、どんなに辛い時だってそんな弱音を見せることは無いし、そんなところを見せるくらいならわざと悪役にだってなってしまう……そんな不器用な人なのだから。

「……そう。それが、あんたにとっての優しさなんだ」

「もちろん、酷いことを言ってるとは分かってるさ」

 そう言い、彼は一瞬だけ笑う。だけどもその笑みは、内側に悲しみを含めたものにしか僕には見えなかった。

「だから、お前が。お前と三春が、結衣を支えてやるんだ」

 そう言い、彼は踵を返した。そんな彼のことを、僕は止めることができない。

 だってそれは、もうどれだけあがいたって――結果が分かり切っていることだったから。


 ◇


 そしてデートも終盤となる夕方。ついに、その時は来た。

「そうだ、ちと結衣と話したいことがあるからお前らはそこで待っていてくれ」

 そう言い、彼は結衣を屋上のテラスへと連れ出した。

「わたしたちも、様子を見ましょ」

「あぁ」

 まるでそこに溜まった重たいものを吐き出すかのように眞子の言葉に応える。

 分かっている。今回の計画を実行しようと、そう提案したのは僕なんだ。だから僕には最後まで見届ける責任がある。

 だけれども、これから待っているのは絶望しかないのにどうしてそんな辛い状況を見届けないといけないのか。二人を見守るために、二人に勘付かれないように後を付ける。だがその足取りは、今までのどんな状況よりも重たい。

 そして……。

「ここなら、誰も来ないだろう」

 二人がたどり着いた場所は、グラン・マルシェの屋上テラスだった。夕方ということもあってか、周囲には複数のカップルが夕日の沈む街並みを眺めている。だが二人は、そんな街並みには目もくれずテラスの中心部にある生け垣に囲われたベンチに腰を下ろした。

「はぁ、にしても今日は三春と安藤に振り回された一日だったな」

 ため息をつくように彼はそう言う。だけども結衣は、いつもと違って何も言葉を返さない。きっとそれは、彼女自身が緊張もあって言葉が出なかったからだろう。そんな彼女を見かねたのか、宮川は静かに話しだした。

「まあこうやってデートをすることになるとは思わなかったが、お前はどうだった。このデート」

「私? ……どうなんだろ」

 意外なことに、普段はあまり話さない宮川がここぞとばかりに話していた。それは、結衣の緊張をほぐすということもあるのだろうけど……。

「俺は、楽しかったな。なんかこう、久しぶりに昔を思い出した気がしてさ」

 いや、それは自分自身の緊張をほぐすためでもあるのだろう。その証拠に、宮川の顔は不自然に赤くなっていたからだ。普段はこの街で一番の不良で素っ気ない振る舞いが多くとも、中身はやっぱり僕たちと同じ普通の男の子なんだ。これから言い出すことを思えば、本当は苦しくて辛いに違いない。

「それは、私だってそうかな。久しぶりに正ちゃんと遊べて、最初はそんなつもりは無かったんだけど……楽しかった」

 結衣もまた、言葉遣いがたどたどしかった。やはり結衣だって緊張をしているのだろう。僕は経験が無いから上手く言えないけど、やっぱりこういうことを伝えるのは恥ずかしいことなのだろうから。

 だけども、これから彼女に待っているのは絶望しか無いことを知っている僕からすればそれは見ていられない光景なわけで……。

「……ごめんな、二人とも」

 今さら謝ったところでどうにもならない。だがそれでも、二人の中で3年前の夏祭りから止まっていた時間は確実に動き出していて……。

「結衣さ、実は俺。好きな人が居るんだ」

 もはやそれは、止められなくなっていた。

「そいつは俺の幼馴染みで、生まれたときから隣に居てまあ俺の姉であり妹のようなそんな奴だったんだ」

 そう言い、宮川は彼が好きだった女の子の特徴を並べた。

 学年で一番頭が良くて、クラス委員長を務めていて。責任感は人一倍でご飯を作らせたらとても美味しくて。でも苦手なことも多くて、不器用なうえに運動神経も全然無いけれども。

「だけども笑った時の顔はとっても可愛くてさ――そんなところが好きだったんだ」

 誰のことかは、もはや疑うべくも無い。それが分かったからこそ、結衣は拗ねたような顔で続けた。

「だったら告白しちゃいなよ。正ちゃん、顔は良いんだからきっと付き合ってくれるんじゃない?」

 そうさ。それで宮川が告白すれば、ハッピーエンドで終わるはずなんだ。現に隣で眞子がそわそわしている。まさに待ちわびた――苦労が報われる時がくると彼女は確信しているからなのだろう。

 だけども二人の待っているのはバッドエンドでしかなく。

「……でもな、たぶん上手くいかねえよ」

 その言葉に、結衣は明らかに動揺していた。

「どうして?」

 苦しい心中を抑えながら尋ねる結衣。いや、苦しいのは宮川も同じなのだろう。

「だってそいつは、俺と住む世界が違うから。俺はこの街のてっぺんをとった。だけどそいつは俺たちの街では収まらない才能があるんだ。俺なんかの為に引き留めておけないんだよ」

 あえて笑って言ってのける宮川。だけどもそこには、さっきと同じような悲しそうな表情が目元に残っているようだった。

「じゃあ、あんたは?」

「……まあ、俺もそいつに釣り合うくらいまで立派になったら。告白くらいなら出来るかもしれないな」

 そう言い、彼は肝心なところは濁した。それが優しさだと、きっと思ったからなのだろうか。

 だけども彼が提示したものは、おそらく絶対に不可能な条件だ。それだけの覚悟があったから、きっと彼はそう言ったのかもしれない。

「そう。じゃあ、私からも話すことあるから」

 それなのに結衣は、あえてそんな言葉を紡いだ。賢いな彼女だ。きっと宮川の真意に気づいているのだろうに。だけれども彼女はきっと、白黒はっきりさせようとしている。だからこそ……。

「正ちゃん。今から言うことは、おふざけじゃないからね」

 本当は傷つくことだって、分かっているだろうに。

「私、中村結衣は……」

 分かっていながらその言葉を……。

「あなたのことが好きです」

 紡いだのだろう。きっと。

「だから、恋人になってください」

 その言葉に、動き出した二人の時間は一時的に止まる。それは僕たちだって同じ。たとえ結果が分かっていたとしても、それだけ彼女の言葉には重みがあったのだ。

「……そうか。お前にそう言ってくれて、俺は嬉しいよ」

 1分くらいの沈黙の後、宮川は静かにそう言った。きっとそれは宮川の本心でもあるのだろう。

「だけどな、それは出来ない約束だ」

 彼は重々しくそう呟いた。分かっていた結末だ。だけどその言葉が、僕の心さえも痛める。本当なら、一番つらいのは結衣のほうだというのに。

「……そうだよね。だってあなたには、憧れの人が居るんだもんね」

「あぁ」

「しょうがないよ。きっとその人は、正ちゃんが見込んだその人は……きっと私よりもずっと。ずっと素敵な女性なんだから」

 それなのに結衣は、わざと笑って話を続けた。便乗するかのように、宮川も結衣の頭を撫でながら言葉を続けた。

「何を言ってるんだよ。お前も十分素敵だろ?」

「こういうときばっかり……ずるいよ」

「そうだな。だけど……お前に俺のような卑怯者は似合わないだろう?」

「うん。私が好きなのは、優しくて、嘘が嫌い、お人好しで、誰よりもかっこいい正ちゃんだったわけなのだから」

 それは、二人がお互いを納得させるためについた嘘だ。だって宮川は本当に優しくて嘘が苦手でお人好しだというのに。結衣だって、宮川から見れば誰よりも素敵で大切な女の子だというのに――。

「こんなのあんまりだ」

 眞子は拳を震わせていた。だけども、今にも宮川のもとへ行こうとする眞子を僕は静かに止めることしか出来ない。

 やがて、宮川は小声で何か言うとその場から立ち上がった。そして、一瞬だけ彼女のことを抱きしめるとそのまま静かに踵を返して去って行った。

 そして同じタイミングで、ウッドデッキに雫が落ちる。最初は結衣の足元の二か所に。そしてその雫がまだ一つ一つと増えていく。空に雷鳴がとどろき、やがてウッドデッキが雫で満たされる。周囲から人が消えて、引き換えに雨つぶが大量に降り注いだ。

『結衣!』

 見ていられなくて、遂に僕たちは結衣のもとへと駆け寄った。眞子はハンカチを差し出して、僕は結衣のことを抱きしめる。その瞬間だった。

「……ふられちゃった」

 彼女は静かにそう呟いた。僕たちは、ただ静かに結衣の気持ちを受け止めるしか出来ない。

「正ちゃん、好きな人が居るんだって」

「うん」

「その人は正ちゃんの幼馴染みで、まるで姉や妹のような人でね。……運動は苦手で無器用みたいなんだけど、料理が得意で笑顔が素敵らしくてね」

「それって……」

「きっとそういうことだよね。なのにどうして……」

 そう言い、彼女は堰を切ったかのように泣き始めた。後ろでは雷鳴が鳴り響く。まるで結衣の今までの気持ちがあふれだすかのように。 

「風邪引いちゃうよ」

 そうやって、屋内に入るよううながすが彼女は動かない。

 どうして、こんな結果になったのか。もしもこうなることが分かっていたら、こうなる未来を回避していたのだろうか。いや、自問自答したところでそれはどうにもならないことだ。

 だから僕たちは、今は結衣のそばで寄り添うことしかできなくて――。

 雨は降り続ける。僕たちはただ、冷たい雨に打たれることしかできなかった。

読んでいただきありがとうございました。

長くなってしまいましたが、このお話でこの章は折り返し地点です。傷心の友だちを前に春奈はどうするのか。次回に続きます。

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