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【完結】帳簿令嬢の答え合わせ ~その不正、すべて帳簿が覚えています~  作者: Lihito


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61話:幕間 味方の値段

帝国トレヴィーゾ、通商院。


ベッカーが報告書を持って入ってきた。一礼して、机の上に置いた。


「王都の状況です」


カールは書類から目を上げなかった。


「言え」


「融資の回収は順調です。新規四件、既存の返済遅延が二件。遅延分はペナルティが加算され、予定通り膨張しています」


「問題は」


「一つ。あの令嬢が王都に入っています。監査院の職員と接触し、主要商会を集めた会合を二度開いています」


カールのペンが止まった。


「内容は」


「一度目は融資規制の提案。アーレン領で導入した四条項を王国法にしたいと。反発が出て、一度退いています」


「退いた?」


「代替案がなかった。『帝国の融資を止めたら代わりはどこから来るのか』と詰められて、持ち帰っています」


カールはペンを置いた。椅子の背にもたれた。


「二度目は」


「共同の基金を作る提案です。各商会が少額ずつ出し合って、融資の代替にすると」


「……信用組合か」


ベッカーの目が僅かに動いた。聞き慣れない言葉だったのだろう。当然だ。この世界にはまだない概念だ。


前の世界にはあった。相互扶助の金融。潰す側からすれば厄介な仕組みだ。個々の商会は弱くても、束になると融資を代替できる規模になる。依存先が分散するから、一箇所を潰しても崩れない。


「反応は」


「大半は様子見です。ただ——」


ベッカーが間を置いた。この男が間を置くのは珍しい。


「一社、接触しています。会合の後に残って、令嬢と個別に話をしていた商会があります」


「名は」


「ノイマン商会。織物を扱う中堅です。帝国系の融資を受けていますが、返済に不安を感じ始めているようです」


カールは天井を見た。


一社。たった一社。だが一社が動けば二社目が出る。二社が出れば十社になる。信用組合が形になる前に潰す必要はない。形になりそうだと思わせなければいい。


「そのノイマン商会の融資条件を確認しろ。契約に一括請求の条項が入っているはずだ」


「入っています。遅延が一度でも発生した場合、貸し手の判断で残額の一括返済を——」


「遅延は」


「先月、三日の遅延が一度」


「十分だ。一括請求を出せ」


ベッカーが一瞬黙った。


「……見せしめですか」


「あの令嬢の話を聞いたらどうなるか。一つ例があれば、二社目は出ない」


ベッカーが頷いた。


「手配します。それと——もう一件」


「何だ」


「王都に配置しているヘルマンから、別件で報告が入っています。対面での報告を希望しています」


「通せ」


***


ヘルマンは背の低い男だった。目が鋭い。王都で融資の現場を回している実務担当。


【ヘルマン】

価値:1,350

知力:200


知力200は自分が乗せた分だ。元は1,150の男に、判断力を少し足してやった。現場で使うには十分だった。


「報告しろ」


「令嬢の会合に、こちらの融資先が複数参加していました。会合の内容は把握済みですが——」


「だから見せしめを出す。それは終わった話だ。別件とは何だ」


ヘルマンの目が泳いだ。


「……実は、ノイマン商会への融資条件について、弊院の対応にも問題が」


「問題」


「ノイマンの返済遅延。三日の遅れは、こちらの振替手続きの不備が原因です。先方に落ち度はありません」


カールは黙った。


「それを言いに来たのか」


「はい。一括請求の根拠に使うのは、公正さの観点から——」


「公正さ」


カールが繰り返した。低い声だった。


ヘルマンの口が閉じた。


カールは椅子から立ち上がった。ゆっくりと机を回った。


「お前に公正さの判断は求めていない。求めたのは現場の管理だ。振替の不備は手続きの問題で、お前の責任だ。それを見せしめの根拠にするなと進言しに来たのか」


「……長官」


「報告は受け取った」


カールがヘルマンの肩に手を置いた。


軽い手だった。何でもない仕草だった。同僚を労うような。上司が部下をねぎらうような。


ヘルマンの顔が変わった。


血の気が引いた、というのとは違う。もっと奥の何かが抜けた。目が——さっきまでの鋭さが消えていた。口を開いたが声が出なかった。膝が折れかけて、机の角を掴んだ。


【ヘルマン】

価値:300


数字が変わっていた。1,350から300。知力の表示も消えている。


1,350もあってこの程度か。数字が高ければ使えるというわけではない。何の価値が高かったのかは分からないが、使えない駒に置いておく理由はない。


カールは手を離した。


「——体調が悪そうだな。休め」


ヘルマンが何か言おうとした。言えなかった。一礼して、壁に手をつきながら出ていった。入ってきた時の鰐さは、もうどこにもなかった。


扉が閉まった。


カールはベッカーを呼んだ。


「ヘルマンの後任を手配しろ。王都の現場は別の人間に切り替える」


「ヘルマンは」


「好きにしろ」


ベッカーが一礼して出ていった。


机に戻った。王都の欄に一行書き足した。


「ノイマン商会 一括請求。見せしめ」


ペンを置いて、窓の外を見た。


信用組合。あの概念が、この世界で出てきた。


優秀な人間が独力でたどり着いた。そう説明できなくはない。四条項も、構造を理解していれば導ける答えだ。だが——。


小さな引っかかりが、頭の隣に残った。


味方を作らせなければ、一人では何もできない。それは最初から変わっていない。

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