娼年
32話
思い出したくもないオリエンテーションから数日、未だに敗北の傷は消えないが、あのチェスから得たものもあって、とりわけ、人間関係は固まりつつ、良好だ。
特待生四人の中でも己とピットはかなり、一般生徒との関係が良好。アーサーは立場が立場なので親しくするという行為そのものに問がある。
メヌは……、早くも学園生活が終わった。自己紹介で事故ったなんてもんじゃない。同学年の誰もが彼女を避け、目も合わせない。レクリエーションの金組にいた一部からはカリスマ性を見出されているらしいが、そいつらこそ、心底からメヌにびびっているので声を掛けに行くことは無いだろう。
「正直、ここで絡んでも意味ないんだけどなあ」
学食の隅の席、4人掛けのテーブルに三人、ノア、メヌ、オズ。彼らは私物をテーブルに預け、昼食を購入するところだった。
「悲しいこと言わないでよ。こっちは友達いないんだから」
「凄いよな。会釈する知り合いすら出来ないって」
友達いないとは言いつつも、次の授業どことすら聞ける学友くらいは普通いるものだ。己たちが居なければ、確実にボッチ飯になるだろう。
「悪目立ちしすぎだよ。当時思い出して、寒気してきた」
そう身震いするオズも当時の学園生活ではメヌエットと同じような境遇だった。彼女のように畏怖という一種のカリスマではなく、単純に嫌われていたからで、理由は違えど、孤立という意味で未熟過ぎた十代を想起させてしまう。
「万能の魔女だっけ?」
「やめろ。二つ名で師匠をいじるな」
万能の魔女とは序列七位だったときに当時の星詠みに付けられた勇名。はっきり言ってぶっちぎりの最下位を独走していたので、自分が望んだ二つ名とは言え、物凄く恥ずかしい。名に追い付いていない。今のノアのように万能の魔女(笑)みたいなニュアンスで陰口を叩かれていたのを強く思い出す。
「今だと睨戦士だとか、泥の科学者とか。未だに香ばしい」
「今のツートップだっけ? オズから見てどうなの?」
「私達の代も飛びぬけて優秀だとは言われてたけど、今の二人でも間違いなく当時のトップ3には入るね」
オズ達の代というのはおよそ百年ほど前、魔族との戦争の佳境も佳境という魔境で選び抜かれた7人。その他の代に比べて飛びぬけて優秀なのは当たり前と言えば当たり前。
それと比べてもトップ3に入るということは、つまり、白眉よりも優秀であるということ。当時の白眉と比べてということだから、魔眼は持っていない剣技も十全に確立していない時期の彼とという意味ではあるが。
「特に第二位の泥の科学者の方は凄まじい。制限を絡めた能力の底上げが半端じゃない。太刀打ち出来るのは学園長くらいだろうね」
学園長、アダマス・ウィリアムズ。最強の好々爺、古今東西、少なくとも現世では彼より強い人物はいないと言われている。
「ノアにも浅からぬ縁があるよ。ノアの母方、つまりファイドのグレイス家の当主とかだったはず」
オズはそのように説明する中で違和感に気づいた。ノアの母というファイドの説明、いつの間にか、彼の家系に関する認識の中。短くない期間、旅をした二人ではなくて、ノアを主軸としてあの家を見ている自分に気が付いた。
「だから、泥か」
「そうだね。すぐ会いに来るんじゃないかな」
グレイス家について積る話もあるだろうしとオズは少し顔を暗くした。
「お三方、注文は?」
久しぶりの邂逅ということで、積る話に夢中になっていると、あんなに長かった行列も注文できる段階まで進んでしまっていた。
「僕はトンテキ定食で」
好物のオムライスと悩んだが、ここ最近は狂ったように和食を食べている。白米とお味噌汁がついていない料理は選択肢から外すほどだ。ここの味噌汁は分かっている。味の染みたおふが入ってる。わかめはな、当たり外れがあるから、入れない派だ。
「私はリブロースステーキの350gで」
すげえ。己、無理だわ。ちゃっかり、ご飯大盛だし。
「私はサバの味噌煮定食で」
サバの味噌煮もいいな。こいつ以上に白米に合うおかず存在するか、いやしない。
「あんたらそういや、今年の特待じゃない。せっかくなら、もっと高いの頼みなさい」
あんたらと恰幅の良い女将が言うが、対象はおそらくメヌエット一人だ。己の特待の階級は4階級。学費免除のみの恩恵だが、メヌエットは学費は当然、勉学に付随する教科書代や制服の支給、更には月一で学園内のみであるが、4万ほどの小遣いが貰える。
「それもそうですね。じゃあ、鰻重の上で」
鰻だと……。
並、上、特上とある中で上を選ぶのは彼女なりに控えているのだろうが、それでも鰻重の上は2700円、己のトンテ定食、750円に比べると3倍以上。
タレのしみ込んだ白米に、贅沢に一尾まるまる使った鰻はハラがふっくらとしていて、黄金に輝いて見える。全生徒の憧れ、鰻重。白米に合うおかず選手権、サバの味噌煮涙目の敗走だ。
「じゃあ、これで」
メヌエットは自身の学生証を用いて、決済を行う。学籍番号101637。
「僕も、これで」
己も同じように学生証をかざして決済を行う。学籍番号165140。この王都に来てから特に感じていることだが、便利すぎる。学生証を用いたクレジットカード決済って現代とほとんど変わらない。故郷のド田舎は流石に不便だったが、王都に近づくにつれ、食も充実して、現代と変わらない充足感に満ちている。
「えへへ、いいでしょ」
物欲しそうに鰻重を見つめる己の視線に気づいたメヌは小首をかしげて、はにかむ。一見、鰻重を自慢しているように見えるが、そうではない。実質タダで鰻重を食べられる立場、つまり先のオリエンテーションの結果を飽きることなく、見せつけているのだ。
「鰻を前にすると、羨ましくないなんて強がりは吐けないな」
ノア自体に金は無いのかと言われれば、金はある。三百万程度なら、自由に動かせる。それは霧の村で手に入れた貴金属の中でも簡単に価値がつくものを売ればそれくらいはよう立てられるが、三百万程度の貯金で豪遊してられない。
それに己が頂戴した宝物の五割が値のつくもの。三割が文化的側面が強く、値の判別が難しい。残り二割はリアに献上した。
白眉の収集の肝、友であった元第四位の遺品、ナンバーズ。時に法外な値段で裏取引を、それが難しい場合は強奪と。彼はそのアイテムの価値や、実用性のためでなく、遺品という側面を重要視しており、金と労力に糸目はつけなかった。
その中でも最重要アイテムのムラクモを勝手に借りているのだから、それくらいの献上は当然。リアも別に己から貸借料をせしめようとは思っていなかっただろうが、モノがモノだけに、素直に受け取った。
「欲しい?」
「欲しい」
簡潔で素早いレスポンス。プライドは弱冠10歳で既にバキバキにへし折られている。
「ふ、いいね。あーん」
そういって箸に一口サイズの鰻と米を乗せる。
不安定な箸に乗せているため、ほろりと落としてしまいそうだ。
「わざわざ箸でそれをしなくても……」
「いらないの?」
「いります」
己もそう言って気が変わらない内に口を開けて、雛鳥のように彼女からの餌を待つ。
「見てらんない」
己とメヌのこっぱずかしいやり取りにオズは天を仰ぐ。彼女にまともな男性経験はないため、若齢の幼馴染の距離感に中々起こすことのない胃もたれが生じる。
顔もスタイルもかなり良い部類に入るのだが、なにせ、半世紀以上劣等感等に拗らせていて、性格が丸くなったのはここ最近の話。
「おかわり」
「はいはい」
ぱくぱくと出された鰻にかぶりつく。美味すぎて、全体の三分の一ほど平らげてしまった。
「トンテキいる?」
「食べさせてくれる?」
「はずいし、面倒だからやだ」
「じゃ、いらない」
ふふと愉快そうに笑うメヌエットは心底生を謳歌しているように見える。友達が一人も出来ない状況でよく笑えるものだ。
「オズのもちょっと貰っていい?」
「いいよ」
「ありがと」
ノアに快く許可を出したオズは疑問符を浮かべる。理由は彼が一向に自分のステーキに手を付けないからだ。
まさかね。
「オズは食べさせてくれないんだ」
そう言って切り分けられたステーキを箸で掬うノア。
オズは今までその近い距離感と倫理観のバグった戦術から、メヌエットを悪女、小悪魔と評していたが、こっちが彼女をそうさせた元凶かと嘆息した。




