多面チェス その2
試合開始は一時間後、それまでにルールを整理し、駒の振り分け、戦略を組み込む時間を設けられた。
元居た教室に戻って、早々訊かないといけないことがあるだろう。
「この中でチェス得意だって子はいる?」
通常のチェス、本来と大分ゲームフローは異なるが、それでも経験者というだけで有利な点ではあるだろう。
流石に誰一人として手は上がらない。
この訊き方では余程チェスが上手でないと中々手は挙げられない。訊き方が悪いのは認めたうえで、これで手が上がるなら滅茶苦茶話が早いし、次の質問に対する挙手のハードルが下がる。
「じゃあ、ルールくらいは知っているよって子」
みな、育ちが良いだけはある。およそ、半数の生徒が手を挙げた。
ここでその中でも自信がある子や、指揮を執ってもいいって子はいるなんて問い方では先の質問と変わらない。貴重な時間をドブに捨てることになる。
「リタ、基本指揮を任せてもいいか? 当然、僕たちもサポートする」
運営側は一番、チェスが上手い子を見つけろなんて意味で一時間という短い時間を与えてはいないと思う。ある程度、絞れたら名指しで任命して時間短縮というのが、一番うまい方法なはず。
ある程度、腕の立つものを見繕った上で戦略、特にジョーカーという特殊役の配置をどう決定するかなどその戦略が良しかれ、悪しかれ、議論の纏める速さを己たちに見出したいのだと思う。
「私? 良いよ。慧眼だね」
そんな風ににかっと笑って軽口を叩きながら、引き受けてくれたリタにそっと胸を撫でおろす。最初の一人に拒否られたら、拒否るハードルが下がって、振られまくりになる可能性があったからな。
また、リタという人選については心配もない。本気のメヌと殺り合って合格しているからな、キレる方であるのは間違いないだろう。元々、目をつけていた。
これで己含めて、二人。
総当たりというゲーム性な以上、打ち手は三人必要だ。早指しで目まぐるしく変わる棋譜を3つ同時進行で打つのはプロでないと厳しいだろう。
「あとミスターもよろしくね」
「まあ、もう一人必要だよな! 引き受けるけどさあ」
この子に関してはチェスのルールを知っているという条件をクリアした時点で頼むつもりだった。唯一、まともに関わりがあって、頼みやすい。
ジョーカー以外の配置については教室端から1~15まで数えさせて、適当に配置させた。本来であれば、クイーンなどの重要な駒は己にとって御しやすい人物を選べ、そういう三日間の準備期間であったのだろうが、そこまでは手が回らない。それにあまり、指図しすぎると己らの間に不和が生まれる。
「それでジョーカーはどうする?」
傍らのリタが己に問いかける。
まあ、そこが鬼門だよな。普通に考えると。
「無難にクイーンにする?」
「まあ、一番強い駒にするのは無難だけど。狙われるよ、確実に」
「そうだよな」
クイーンは将棋で言うところの角と飛車を両取りした最強の駒、派手に動き回ることになるし、相手も多少の犠牲は承知の上で取りに来るだろう。取ったクイーンがジョーカーなら、ため込んだ金を取り返し、最大戦力を削ぎ、同時に持ち時間も奪える。一石三鳥。クイーンを狙うことには確実な期待値が存在する。
「どうせ、三個作らないといけないし、ここはバラけるか」
「それが良いと思う。ここは奇をてらわずにルークにしよっか」
「ルークだよな。めっちゃ読まれやすいけど」
ルークは後方に配置されることが多く、序盤はほとんど攻撃されない。早指しという下手しいキングを取るクラスが現れないぐらいの泥試合になる可能性も十分にあるので、試合がそもそも終盤相当まで行かないことを考えるとルークは最善手と言えるかもしれない。
「ポーンは流石に無い?」
「どの列でも無いかな」
「じゃあ、ジョーカーはルーク2のクイーン1で行こう」
一時間という短い準備時間、それにしてはノアの議論回し、立案能力は十二分に高いとい言えるだろう。だが、得てして勝負とは始まる前に終わっているもの。役職がどうだとか盤上で戦う発想しかなかったノアは思い知ることになる。




