死臭の教皇
29話
「まず、ここにいる皆、王都ミッドガルド学院への入学おめでとう。10倍は下らない倍率を潜り抜けたここにいる者は皆が皆、絶え間ない努力と才能を有していることを証明して見せた。次は儂たちがその教育能力を示す手番だと思っている」
壇上に立つ学園長、オズの時代から講師という立場にいる彼は人族でありながら、オズやフラテルよりも年上、百を上回っているだろう。
その割には外見年齢60強というのは、学園にずっといる。つまり、不殺の証明の影響をずっと享受しているからだろう。
「さて、次は……」
学園長のあくびの出るような話を右から左に流しながら、この場に召集されている英傑の幾人かに考えを巡らせる。
まず、学園側から一人目は当然、学園長。遠目で見て肉体はさほど鍛えられていない。運動能力は皆無という見立てであるが、彼はその魔法能力で百年以上に渡って最強と謳われている。体術無しの純粋な魔術のみで、白眉を簡単に卸せる強さを有しているらしい。
見ただけで、彼が強いというのは分かるが、それほどとは全く信じられない。
「昨年度から引き続き、魔法全般の講師を務めさせていただく、オズ・カンザスです」
教員で目ぼしいのは、わが師オズ。
白眉にピットに、傾国と死ぬ思いと引き換えに目が肥えた己からすれば、若干オズを軽く見ている節はあるが、第一位階魔法を使えるのは驚異的だ。歯が立たないというほどではないだろうが、まだまだ勝てはしないだろう。
「占星魔術の講師を務めているアストレウスです。前年は受講人数が十人ちょっとという給料泥棒なので、受講を切に願います」
先に案内を受けたアストレウス、この国トップの星詠み。軽い態度だが、その御身の価値はステリアを除く王族となんら変わらない。
教員として目ぼしいのはこれくらいだろう。後は生徒、今代の七人の冠位がどれほどかによるだろう。
貴賓席からは三名、一人目は赤髪のギルド長、50過ぎのおじさんだが、その肉体は限界を超えて引き締められている。赤雷という二つ名は誰もが聞いたことがある冒険者界隈ではアルスと並ぶ超有名人だ。
二人目は先代アーサー、ステリアの父だ。彼に関しては白眉の件で会ったことがある。当時は包帯のようなものを眼にまいていたが、ステリアに魔眼が移って今では目隠しを取っている。
三人目は教皇、年齢は五、六十歳ほど。若白髪を黒染めにしているのがよくわかる。彼に関しては正直、よい噂を聞かない。
特に両親の戦友、アルスとの関係がどうなっているのか、滅茶苦茶気になるが、流石に聞けやしないか。
あくびの出るような退屈な話を噛みしめる中で少々興味のそそられる話が出てくる。
入学歓迎レクリエーション大会。
複数のチームに分かれて競うゲームのようなもので、一次試験であったような苛烈な戦闘行為は一切ないし、評定にも関係しないという。
ただそれでも、毎年多くの学生が入学試験同様にガチになって競い合う理由というのが、勝敗に応じて平均3万円ほどのお年玉が貰えるらしい。
お金自体にはさして食指が動かないが、説明の中で特別乗り気になる理由が出来た。
「レクリエーション大会は入学試験のように過激なものではないぞ。前年は影鬼じゃったかの。それも魔法、法陣等の能力使用の一切が禁止じゃし、一般生徒はただ遊ぶだけで良いわ。ただ、今年の優待生四名はそれで優待の階級を決めるから、そこそこ頑張っておけ」
レクリエーションにおける能力の使用は禁止、この大会の主題はおそらく己たち四名の素の統率力を図るための物なのだろう。この学院に入学できる時点で、その他も雑兵ではない。彼ら有能を更に律する有用を図ろうとしている。であるなら、おそらく己たちの勝利条件は……。
なんて、入学式が終わって他の人より少し遅い足取りで物思いに耽っていると。
「っと、すいません」
足元を見て考え事に耽っていて前からの歩行者に気づいていなかった。というか、前から歩いてきたことを気取らせない足音の静けさがあった。
「いや、いいんだ。避けなかったのはわざとだからね」
顔を見上げ、ぶつかった人物を仰ぎ見る。
「教皇ドミニク・ドレイヴン……様」
嫌な人物に因縁かけてしまったものだ。
よくよく見てみると周囲の雑多は当然のように道をはけている。そりゃそうだ、教皇相手なら誰でも道を譲る。ぶつかったくらいで何か罰するような狭量でもなければ、己自身が罰せられてしまえるような格位でもないが、面倒くさいことになったかもしれない。
「来賓席からよくよく見ていたよ。美形の子がいるなって」
己は前世と同じ顔のまま、姉とよく似た顔立ちで美形だったとまあ言えてしまえるが、こと平均顔面偏差値の高くなった異世界基準じゃ、別に言うほどかという感じだし、顔だけで言えばメヌエットの方がずっと美しい。
「言うほどだと思いますけど……」
「初恋の人とよく似ているんだよ」
己くらいの年齢ならば、童顔故、性別の区別もつきづらく、声も体格も大差ないが、十そこらの子供に……、幼児趣味か?
「もしかしてその髪、私と同じで……」
そうやって己の髪へと伸びてくる教皇の腕を逆手で掴み取り、彼の腕の方向が逆になるまでへし折った。
「触れるな」
教皇に投げかけているとは思えない強い言葉と過剰な防衛。反射だった。多少の死線を潜った者にならすぐ理解させられる。彼が己に触れようとしたときに嗅ぐわせたつんざくような死の匂い。特に彼の手は血に濡れすぎている。
「絶対に手を出すな! ってもう聞いちゃいないか」
彼の一歩後ろに控えていたボディーガード二人は泡を吹いて地に倒れている。
彼が何かしたのか?
正直、自分でもヤバいことをやらかしたのはひしひしと理解している。から、外野は騒ぐな。分かっとるわ。
「やっぱり君は……」
真反対までにへし折られた自身の腕を満足そうに見つめる教皇。
「穢れた手で君に触れようとしたんだ。これくらいの罰はあって当然。気にしなくていい」
折れた右腕を己から隠して、左手で構わないとジェスチャーをする教皇。
「も……」
「謝らなくていい! いや、謝るな。君に謝られると死にたくなる。この手がいけないんだ。分不相応に……、用を足して洗ってなかったかな。うん、折られて当然だよ」
それは汚い。
「ま、私はぼんくら二人を回収してさっさと帰ることにするよ。全く、主人が両脇に抱えてやるなんて」
彼の上背が見えなくなるまで見送ってからぱたんと膝を畳んだ。こっちから暴力を振るっておいて何だが、本当に息苦しかった。
異様に静かな足音、本能から感じた血生臭さ。野蛮な悪評は丸っきり嘘っぱちではないと理解させられた。
世界は広いな。
自身の未熟さを叩きつけられるような毎日だ。




