盃
28話
「いいのか? 一国の主が護衛もつけずにこんな市街に出て」
金髪碧眼、女王と言えど一剣士、髪を伸ばさずに、肩に少し触れる程に抑えている。
対面してよくよく見ると、流石に顔は整っている。10歳という幼齢で王になるだけはあって、その顔つきは同年代に比べると、可愛さが抜けていて、綺麗が勝っている。
「市街と言っても、学園の管轄内だよ。不殺の証明の効果範囲内には入ってる。それに、護衛なんて基本足手纏いさ」
「実際、負けたから何の文句もないな」
少々、傲慢な発言だが、生えてきた右腕を擦りながら、その通りだと認める。
転生者特権の意識半分大人状態で、よき才能とよき師、よき努力をしてきた己は同年代の中では流石に負けんだろうと思っていたが、普通にタコ負けたからな。
元第六位は無理でも、先生なら勝ててしまうかもしれない。
「それで、例の話考えてくれた? 別に主従の関係を望んでるわけじゃない。私側にいてくれるだけで構わない」
第一次試験での話か。己が欲しいとか何とかの。数時間前であれば、飲んでいた話かもしれないが、こいつ話を聞いてなかったのか?
「いや、僕はお前とは距離を置こうと思ってる。お前も気づいてないのか?」
「勿論、気づいてるよ? だからこそさ」
先の占星であり、先生の話。己たちは予言の内容がクッソ相性が悪い。
「その剣、妖刀ムラクモ。本来は私の剣だ。急に宝庫から姿を消した問題児、この子の双子剣だ」
二振りの剣、まあまず間違いなく、一つはこのムラクモのことだろう。そして、ムラクモは実質、己を指す言葉。であるならば、もう二つ目は王剣・エクスカリバーを指す可能性が高いだろう。そして、王剣・エクスカリバーが指す人物は同年代のステリアの可能性が高い。
「つまり、僕の予言から読み取れる内容はノアはステリアにぶっ殺されるということ」
「それを裏付けるように私の予言にも右腕という文言が出ている。言葉通りに受け取れば、ただ片腕になるだけで大したことは無いけれど。これが比喩だったら?」
「アーサーの従順な配下、右腕とも言えるノア君が死んでしまうという内容。マジで僕は死ぬしか無いのかもしれない」
たかだか、予言。直接的な死の実感はないが、先から事故現場にでもいるかのような不健全な冷や汗が止まらない。
「死なせない。そんな予言、私が全部、ぶっ壊してあげる。だって、君は私の弟だから」
「……弟?」
「そう、弟」
アーサーはそういって、懐から小瓶と杯を2杯取り出した。
「酒か?」
「ヤクザやギャングがよくやるやつだよ。こうやって、お酒を並々入れて、互いに腕を組んで呑ませあう」
「悪くない。姉弟の誓いか。ちなみに僕が兄じゃないのか?」
「……、誕生日いつ?」
「6月21日」
「私は5月10日。私の方が年上♪」
誤差だろと思いながら、赤い杯を酌み交わす。
これは……。
「んく。これで私たちは姉弟だ。互いに、互いのことは決して見捨てない。って、どうした?」
姉弟の誓いを済ませたところで、ノアの様子が少しおかしい。
「そんなに見つめられたら、逸らしたくなる」
ノアは無言でじっとアーサーを見つめる。
まるで、これから告白でもするかのような真剣な表情に、生まれて初めてアーサーの心の鐘が早鳴りする。
この世でたった一人かもしれない。同年代で彼女と同じ身の丈で生を謳歌している人物は。そういえば、彼は生まれも良いし、目下最大の伴侶候補だったなと再確認する。彼相手なら、臣下の誰一人として反対するものはいない。王族に生まれた者として、子を成すことは絶対条件。であるなら、そりゃあ、好きな人となんて考えが彼女の脳内を巡りめぐ。
そんな風に珍しく頬を染めるアーサーも2秒後には打ち砕かれる。
「……うぷ」
「うぷ?」
「ごめん。吐きそう」
「おげげ吐きそうなのね!」
妙に視線も外さず、微動だにしないなと思っていたら、喉奥で吐しゃ物をせき止めていたのか。
「これ、何パーだよ?」
「40だけど」
「んな、劇薬飲ませんな! やば、ツッコんだら出かけた」
40%なんて、現代で言うところの泡盛だ。ノアは前世でも、元々下戸だったのに、今は子供の体で、40なんて吞めるはずがない。
「誰かーー! いらない紙袋とか持ってませんか! ノア、ちょっと我慢しててね。こんな往来で吐かれたら、迷惑すぎる。最悪、私の手で受け止めてあげるから」
手のかかる弟だと、アーサーは嘆息する。
だが、彼女はノアにばかり気を取られていて、気づいていなかった。アーサー含めて、あの場にいた四人はみながみな、ノアと比肩する、いやそれ以上の才媛の持ち主の集まりであった。そして、その少女が一部始終をつけていて、歯嚙みをしていることに。




