奇術師
14話
ノア達がこの街に滞在するのは三日、同行させてもらっている行商の予定のためだ。そのために宿は個別でとる必要がある。長風呂のメヌエットを回収して宿を取ろうと銭湯に向かった。
「さっぱりしたな」
案外早めにメヌは見つかった。風呂上がりのために黒の髪をぺしゃんと垂れている。頬も赤く、近づくと温かく良い香りがする。
「風呂上がりのコーヒー牛乳ってなんであんな美味しいんだろう?」
メヌエットはきょとんと純粋な疑問を口にする。風呂上がりにコーヒー牛乳の黄金コンボ、初旅の疲れを存分に癒すいいご身分だ。ノアもひとりで海鮮丼を楽しんでいたので人のことは言えない。
「フルーツ牛乳とかあった?」
「あったよ」
メヌは存分に温泉を満喫したらしい。若干興奮気味であった。
さすが、ホームシックの日本人が助力しただけのことはある。完璧だ。この街に定住したいと思わせてくる。
「それでそこの人は」
メヌは傍らの青年を指さす、その青年とは当然、ピットのことだ。
「さっき仲良くなった友人候補ってとこだ」
「どうも~、ピットと申します。家のノアがお世話になっているようで~」
家のって、さっき会ったばかりだろうに何目線だ。
「こちらこそ、家のノアと仲良くしてもらってありがとうございます」
己はどっちの家の子でもないはずなのだが、メヌもピットのくだらない冗談に対抗心を燃やすな。
「そんなことより宿取りに行くぞ」
「まだ宿を取っていなかったのかい? ならボクの泊まっている宿に話をつけておくよ。ボクが付添人という体であったらいろいろ話が早いんじゃないか?」
願ってもない申し出だ。子供二人の長旅など信じる人は多くない。まだ旅をして少しだが、家出と見まがわれることがほとんどだ。そこで宿を取ろうとしても保護者はと必ず聞かれるだろう。年の離れた兄妹ならその心配もない。
「ありがたいけど、いいのか? 僕たちはまだ行商に同行を頼んですらいないのに」
「いいよ。助け合いだろ?」
当たりの良い笑顔だが、どうにも信頼に欠ける人物であると感じるのは捻くれた感性なのか、意外に本質を掴んでいるのか。
「メヌ飯は食ったか?」
「まだだけど」
空いた腹をさすりながら首を振る。
「食べ歩きに行こう」
「さっき食べたばっかりなのに?」
ピットが呆れるように突っ込みをいれる。
オズに似て健啖家になったのだ。それに本当に久々の日本食だ。食べたら食べただけおなかが減る。食べ歩きとかテンション上がる。
人込みでごった返しの喧噪の中、屋台の品物を吟味する。焼き鳥にビール、餃子なんてものもある。
「きゅうりの浅漬けまであるのかよ」
己の大好物の一品だ。祭りに行ったらこれとベビーカステラ。遊びで言ったらスマートボールとかも外せないよな。あと牛櫛、いつか家族でカニ祭りに行ったときに気まぐれに買った牛櫛が美味すぎてカニそっちのけで1000円以上する牛櫛ばっかり食べた気がする。
「ほっふ、ほっふ」
傍らのメヌは小籠包の熱々の肉汁で死にかけてる。おもろ。
「こんなの一口でいけるわけないじゃん! 騙された!」
己とピットは笑いを堪えられなかった。
意地悪で小籠包は一口で食べるもんだと教えたのだ。ピットもノリノリだった。
こちらへ転生してきて一番の不安は食と衛生だったのだが、十分すぎる。特にこの街は食に関して顕著だ。永住したい。
「選べないな。全部食べたい」
己の呟きに反応するものが一名。
「おにーさんたち、ここは初めて?」
おにーさんというが己と同年代、むしろ年上に見える。話しかけているのはピット一行ということだろう。
「ボクは初めてではないけど、この子たちは初めてなんだ」
「このあたりだと、安く果物も売っているよ。あそこのスイカは新鮮でおいしいよ」
あまり身なりの良いといは言えない少女が指さす方向には確かにおいしそうな果物が売られていた。売り子かな?
「暇だし、案内してあげよっか?」
お願いしますと頭を下げる。
まずはさきの果物からということで数十メートルさきの露店まで人込みをかき分けながら進んでいく。
「ここらの露店の多くは週末に出ていて、いつもこのくらい繁盛しているんだよ」
少女の説明を聞きながらこのあたりについての知見を深めていく。
「おっと、失礼」
「いえこちらこそ」
己と同じくらいの背丈の少年と肩がぶつかる。少し歩くのでも困難なほどに市は活気にあふれている。
「おいくらですか?」
メヌが露店のおやじに尋ねる。
「300円(本当は円ではないが、価値的に)なんだが、お嬢ちゃんは別嬪さんだから200円に負けといてやる」
大きな切り身のスイカが200円というのは確かに安いし、本当においしそうだ。あまりスイカを好まない己でもそそられる。
己は財布を取り出そうとして……、あれ? 財布がない!
「お探し物はこれかな」
ピットはそういうと彼の懐から己の財布を取り出した。
「誤解しないでよ? ボクが盗んだじゃない。さっきぶつかった少年にスられていたんだよ」
「全然気づかなかった……。スリ返したのか?」
「手品師《同業》だからね。嫌でも目に付く。ひー、ふー、みー、よー。お、今日は大量だったようだ」
スリ返したのは己の財布だけでなく、それまでの戦利品までさきの一瞬でスったのか。
「強いだけじゃあ、やっていけないよ? それに強くなるにも広い観察眼が必要だ。例えばそこの少女の身なりはどうかな?」
サイズの合わない汚れた服装に擦り切れた靴、手入れの届いていない髪。
「陽動役……」
結論に至ったのはメヌの方が先であった。そうか陽動役! コンビなのか!
「相手を間違えたな。いくら金持ちの良さそうなボンボンの子供でも、ワシならこの兄ちゃんの連れに手を出そうとは思わん」
やっちまったなとため息交じりに呟くのは露店の店主、仲間ではないのだろうが、この子がスリを生業としているのを知っていたのだろう。
確かに、己は貴族の端くれ、魔法も使えるので、身なりは整っている。メヌに関してはお風呂上がりでお金に困っていないのが一目瞭然だ。
悔しそうに顔を歪めた少女はこの場から逃げ出そうとする。
「まあ、待ちなって。返すよ」
ピットはそういって、少女の手に己以外の財布を握らせる。
「……なんで?」
少女が心底不思議そうに問いかける。己も同じ心境だ。
「大人は子供のスリの一つや二つ見逃してやるもんだよ。プロが子供のをスリ返して鬼の首を取ったように喜ぶのはダサいしね」
「恩に着ます」
そういって立ち去ろうとする少女にまた一つ。
「これはボクの財布。大分入ってるからそれを路銀に孤児や浮浪者のいない聖都市、セラフィムに行くと良い」
投げられた財布の中身を確認した少女は比喩でもなく、目を丸くする。
泣きだしそうに潤んだ瞳でぺこりと頭を下げて駆けていった。
「あんさん、お人好しが過ぎないかい?」
露店の店主が呆れ半分、驚き半分で言った。
「かっけー」
「優しい」
己とメヌが賛辞を贈る。
「っぷ、そうだね。ボクってとびきり優しいよね」
何が可笑しいのかわからないが、心底面白そうに笑った。
その笑いは冷笑のようであり、さきの作り笑いとは違い、初めて、彼の心が見えたような気がした。
「今は無一文だから。とりあえず、ノア。奢って」
「もちろん、いいですよ」
落ちも愛嬌も忘れない。奇術師。




