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帰ってきて。

「Gryaaaaaaaaaa!!」


『黒キ獣』から触手のようなモノが飛び出し、セルティスに向かって飛んでいく。

何本もの触手が逃げ場の無いように乱打を繰り返すが、彼女が纏う光の帯によって全て弾かれていった。


飛び道具では効かないと思った獣は腕を変形させて接近戦に持ち込むが、少女が放った蹴りの一発で壁まで吹き飛ばされる。


「すごい……。」


(私が……ましてや公爵家の兵ですら為す術が無かったのに……!)


「馬鹿な……っ」


今視えている現状に男はひどく動揺していた。

なぜならあの目障りな少女を始末し、勝利の美酒に酔い痴れながらニフィーリアを抱くことが出来ると思ったからだ。

このバケモノさえ使えば、彼女を含めた女どもを思い思いに犯し、気に入らない者を痛めつけ、従わせることだって可能だったはず。


だが現実は、死んだと思っていた少女が生き返り、重症を負わされた筈のその身体で相手を圧倒している。

ロウグ子爵にとって『黒キ獣』こそが自身の力であり、このバケモノが負けることは万に一つもないと高を括っていたからこそ、今のこの現実は到底受け入れられるものでは無かった。


「やれ! 殺せっ! ぬぅ……っ! そんな小娘一人に何を手こずっている!?」


「分からないのかな。」


「な、何をだ……!?」


「本来の『黒キ獣』はより禍々しく、存在するだけで周囲の生物を死に追いやるほどの毒素をまき散らすモノなんだ。 アレとこの子達では比べ物にならない。 それにーー」


「『黒キ獣』は人類全体に憎しみを持って産まれた呪いそのものなんだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


セルティスは獣の突進を躱しながら問いの答えを述べる。


「それに、この子達は惑星(ほし)の嘆きから産まれた呪いじゃない。 人間なんだ。この世に二つと無い生を受けた、人間なんだよ……。」


(あ……。)


セルティスが語る表情を見て、先程の出来事を思い出す。


彼女にとって唯一の友の死。

助けたはずの同族に裏切られ、その骸を弄ばれたと知った時。

もう二度と会えないと分かってしまって、どれほどの哀しみが、嘆きが、彼女を襲ったのだろうか。


「この子はどれだけ……。」


今も癒えない傷を抱えたまま苦しげに呻く様を見て、ニフィーリアは胸を締め付けられるような痛みを感じた。


「セルティス……。」


「黙れ黙れぇぇ!!」


「Grrrrrraaaaaaaa!!!」


彼女の訴えに耳を貸さない男が叫び、それに呼応するかのように獣が唸りをあげて、少女を丸呑みにしようと突撃する。


「セルティスっ……!」


だが少女は一歩も引かず、その突進を真正面から受け止める。


「Gryuuuuu!!」


「すまない。 もうその侵食度合ではきみを助けることは出来ないんだ。 だからせめて、安らかな最期を……。」


口元を抱き抱える少女の身体から光が流れ、獣の身体を覆っていく。


「Syuuuu……。」


光に包まれた獣はどこか身体を引き攣らせるような動きをとっていたが、やがて安らかに目を閉じていく。

光の粒子が消えると同時に、その黒いシルエットも空気の中へと融けていった。


その軌跡を見送った後、少女は男の方へと足を向ける。


「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」


「きみに聞きたいことは一つだけだ。 彼らをあんなふうにしろと指示したのはどこの誰だ、何の目的があってこんなことをしている?」


「し、知らない! 私は何も知らないっ!!」


「なら、知ってる人間のところへあんなーー」


「Guarrrrrrrrrr!!!」


「危ないっ!」


ニフィーリアがセルティスを押し倒し、間一髪のところで避ける事に成功する。

だがこの機会を待っていたかのように、残された一体の獣が男へ向けて飛びかかっていた。


「Groghaaaaaaァァァっ!!!」


「な、なぜ私の命令を聞かない!? や、やめろっ! 離せぇぇぇぇっ!!」


獣は男の制御術式を噛み千切り、その身体に傷をつけていく。


「あああああぁぁぁっっっ!!」


セルティスが光の帯を咄嗟に男の襟元に絡ませ、引っ張る。

喉元を噛みちぎろうと差し迫った牙を、彼女の助力により間一髪で避けた男はそのまま少女の足元にしがみついてきた。


「た、助けてくれっ! 金なら払う、あああのバケモノを殺してくれ!」


「なんですって……っ!? あんなに妹を苦しめておいて自分は命乞い!? ふざけんじゃないわよっ!」


あまりにも身勝手な男の態度にニフィーリアは憤慨し、詰め寄ろうとするが獣が次の獲物を見つけたかのように彼女の前に躍りでる。


「ミリー……!」


「syurouuuuu……。」


「ミリーっ! 私よ、ニフィーリアよ! あなたの……あなたのお姉ちゃんよっ!」


「Gaaaaaaah!」


長年会っていなかった妹に、家族として語りかける。

だが獣は意に介さず、彼女の元へ一直線に詰め寄る。


「がァ……っ!」


紙一重で避けたと思っていたが、突如獣の背から蔓が生え彼女の横腹を打った。

不意の攻撃に反応出来なかったニフィーリアは、広いフロアを横切るように吹っ飛ばされていく。


「……きみ、あの子に何をした?」


「な、何もしてないっ! 誓って汚すような真似はしていないっ!」


「そういうことが聞きたいんじゃない。 今まで会った彼らに比べて……何故彼女だけ術式を直接食い破るほどの力を得ている?」


「そ、それは……。」


「Graaaaaaaaaaa!!」


男の言葉を遮るように獣が咆える。 さらにバキバキと音をたてて獣の目や首元、体中の至る所から翼が触手が生えていく。


原形を留めてすらないその姿は、既に元人間とは呼べないモノと化していた。


「ミリー……っ。」


無数の触手がニフィーリアに向けて放たれ、壁や地面を打ち鳴らすとたちまち瓦礫の山を築いていった。


「ニフィーリアっ!」


「……来、ない……でっ!」


セルティスが駆け寄ろうとするが瓦礫の中から少女が制止する。


「けれど、きみはっ……!」


セルティスの心配を余所に少女は何とか瓦礫の山から這いずり出てくる。

だが左足が折れ、打たれた脇腹を含めた身体の至る所から多量の出血をしていた少女は、既に視界が霞んで見えなくなるほどの満身創痍だった。


「今は、こっちに来ないで……。」


それでも、ニフィーリアは重い足を引きずりながら歩いていく。


「あの子は私がーー。」



「ーー私が行かないと……駄目だからっ……!」



決意のこもった表情で、一歩、また一歩と近づいていく。


「Gryaaaaaaaa!!」


「ねぇミリー、覚えてるかな……。 私達二人で村のジェイおばさんのところに遊びに行ってお菓子を貰ったこと。」


「おばさんはお菓子を作るのが上手だったから、お母さんとお父さんに日々の感謝を伝えたくて、二人でお願いしてケーキの作り方を教えてもらったよね。 覚えてる? サプライズで渡したら二人共泣いて喜んじゃって……『食べるのが勿体ない。』なんて言ってくれたよね。」


「Gyuruuuuu……。」


「ラーシの実をイタズラであなたに食べさせた時、泣きながら『もうお姉ちゃんなんて大嫌い!』って怒ってたよね。 けれど、私が遠くにお使いを頼まれたとき、ミリーは私がいなくなるって勘違いして泣きながら引き止めてくれたよね。 あの時私、すっごく嬉しかったんだよ……?」


「Gruuゥuu……!」


徐々に距離を詰めてくる少女に、その腕を振りかぶろうとする。


だが何故か身体は動かない。


いや、もしかしたら分かっていたのかもしれない。


何故なら獣に成り果てた筈の少女の心には、少なからず迷いがあったから。



「私が誕生日にあげたイルの花飾り、大切に持っててくれてありがとう……。」



「今のやつは壊れちゃったから……また作ってあげる、だからーー。」



「だ、から……。」



「お、ねが……い。」



「ーー帰……てき、て……ミリー……!」



「ーーーーーーーーGuyraaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaっっっ!!!」



咆哮をあげ、迷いを断ち切らんとばかりに獣が牙を剥く。



それと同時に、少女は両手を広げた。



愛する家族の想いを受け入れるように。



今まで遠く離れていた妹を暖かく迎えるように。



大きく。



大きく両手を広げた。



その瞬間、グチャッと肉を裂く音が響き、床におびただしい血が流れ出る。

そんな致命傷の傷を受けても尚、目の前の存在を抱きしめる続けている少女が発したのはーー今まで会うことが叶わなかった相手への贖罪の言葉だった。



「ずっ、と……迎えに来……てあげられな……てごめ、んね……。」



「辛かっ……よね……寂し……た、よね……。」



「助け、てあげるこ……が出来な……て……。」



「傍にい、てあげるこ……とが、出来な……て……。」



「本、当にごめん、ね……!」



「ーーーーーーーー。」



少女の抱擁を受けて獣はーー。





ーー()()()()()





人間と何も変わらず。



その眼に、大粒の涙を溜めて。



ただただ。



涙を流していた。




    ◇




「何故だ……。 なぜ涙なんぞ流している……? アレに人の心が残っているとでも言うのかっ!?」


「まだ分からないのかい。」


少女が男の方に目もくれず言葉を述べる。


「姉妹がお互いを想う心が、『黒キ獣』の呪縛に勝ったんだ。 姉が妹を想い続けたように。 妹もまた、たった一人の姉を想い続けていたんだよ。」


「なにを馬鹿な……。」


「理解できないだろうね……。 戯れに殺し、人の心を踏みにじるきみには。」


「ぐゥ……っ! まま待ってくれっ!」


姉妹の元へ向かおうとするセルティスを男が呼び止める。


「私に雇われてみないかっ? 今ならたんまり報酬も払ってやるぞ!」


「……。」


「な、なんなら顔の良い男奴隷もつけてやるっ! どうだ? 私の元へ来たくなっただろう?」


「……つくづく救えないな、きみは。」


「な、なんだと!? 貴様ァ……っ!!」


セルティスにこれ以上無いまでの侮蔑の目線を向けられ、男は怒りを顕わにした。


「わたしがお前のような小娘を使ってやると言っているのにっ!」


後ろでに叫んでいる男を無視したまま、少女は姉妹の元へと歩を進める。


「クソ!……後悔させてやる、お前の周りの人間をバケモノに変えてやるぞっ! お前の家族もっ! そこの姉妹もーー。」


「あの出来損ないの『()()』と同じ様にな!」



『ーー()()。』



「ひっ! ……ンッ! ンンンンンッ!」


突如発せられた言霊が、行使力を持つ一種の呪となりロウグ子爵の口を締めつける。

男は悲鳴を上げそうになった。

なぜなら、少女の口から発せられた声音はおよそ五歳の少女が出せるものではなく、まるで悠久の時を生きてきた『龍』のように荘厳な雰囲気を纏っていたからである。



『今度その醜悪な聲でもって(おれ)の友を貶めてみろ……。 貴様の輪廻の帯を食い破り、二度と転生出来ないようにしてやる……!』



「ンンンンンンンンッッッーーーーーーーー!!!」



少女が放った龍の気に充てられ、ロウグ子爵は泡を吹いて気絶した。


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