シリアスな人生に縁のない主人公。
まただ。
今日も誤魔化された。
どこに行くんだろう。
気になる。
付いてっちゃえ!!
冗談のつもりだったのだがショックは相当に大きかったようで、あれから一時間が経過していた。
何があろうと今日中に事故理由に関するすべてを先生に納得してもらうために、今日だけはとことんまで付き合って貰うつもりでいるので、まあ一時間や二時間ならフリーズされても問題ないと思っていたのだが、驚きのあまりポンコツになってしまった花街先生の姿がそこにはあった。というか、復旧したと思ったらバグっていた。
「わ…私の過去なんて掘り下げても…お、面白くなんてないわよ…だ…だから、忘れてよぉぉ……お願いします…お願いです…」
これを繰り返す。
そんな感じに壊れていた。
ポンコツである。
というわけで話が前に進むどころか先生が後ろを向いて歩きだしてしまった。精神的に。
どうしよう、これ。
現状、俺には困り果てる以外にできることがなかった。
今日の夕飯何かなぁ、そんな風に現実を目から背けていると、扉が開かれ人が入ってきた。
「あれ?! 山野くん! と、花街先生!!? え、どういうこと!? 私なんかままずいときにきた!? ちょ、それなら扉に張り紙でもしといてよ!! お! お邪魔しまし…!」
「よく来たわね、三好さん。部室に御用なの?」
「あれ? え?」
激しいアクションを起こす同級生、それを軽やかにあしらう教師の姿を見て、俺は声を漏らす。
入ってくるなりフルスロットルな、いつも通りの三好さん。
人気のない校舎で部屋に二人、勘違いされてもおかしくないよな、高校生のあっち方面の想像力は人格すらも変えるほどだ。
しかし、一番驚いたのはなぜ三好さんが部室に来たのかよりも、花街先生が、
「さあ、座って、今お茶入れてあげるね」
元に戻っていることだった。
生徒の前では強い教師でいなければいけないという自己暗示的なものでもあるのだろうか、もしくは、強がりか?
どちらにしたところで、今回は三好さんに感謝だった。
「へ~ そんなことがあったんだ、これ食べていいの? やった!」
ことのあらましを話すことは出来ないので、なぜここに俺と花街先生が二人きりでいるのかという事実だけを懇切丁寧に伝えた。魔王城に四人で乗り込んだところまで話は進み、三好さんはそろそろ話に飽きてきていた。話の内容を疑っているわけではなさそうだ。
一体、俺のどこが裁判官なのだろう。
虚偽の証言で法廷を侮辱するにも限度がありそうだ。
しかも四人て、誰と誰が今いないんだよ、魔王城で見殺しにしてんじゃねーかよ…
「大変だったんだねぇ…まさかこの世界にそんな裏の世界があるなんて…この話は、誰にも言っちゃダメなんだよね…?」
「もちろん、三好さんは信頼しているからこうして話しているけど、基本的には黙秘しなきゃいけない。裏のことは裏で解決するのが規律なんだ」
うわあ、今俺すごい中二病だ。
「わかった、とにかく続きを聞かせて、魔王城にたどり着いて、それからどうなったの?」
そして俺はまた三十分、即興で裏の世界線の足跡をたどる。うわ、中二っぽ……
どうにかこうにか、現状とのギャップと話の収集をつけ、落ちをつけることに成功し、時計を見ると四時の少し前だった。途中から何に感情移入したのか号泣しながら俺の話に聞き入り、今では泣き疲れて寝てしまった三好さんはいったん部室において、俺の話に横から口を挟むことなく「この子は恐ろしい詐欺師になるわ」という顔で俺を見ていた花街先生をつれて、本来の目的を果たすべく事故現場へと再度訪れていた。
「後でちゃんと全部嘘だって言わなきゃだめよ?」
歩いてる途中で花街先生が静かさに耐えられなかったのか切り出す。
「あんな話を鵜呑みにする高校生がいるわけありませんよ。頭のいい人ですから、多分察して何も聞かずにいてくれたんでしょう。自分が邪魔だと察したからこそ今こうして部室で寝たふりなんてしてくれてるんでしょうし」
「へぇ… でも、あんな話をし始めたときは私も驚いたよ。山野君作家の才能あるんじゃない?」
一人目が突き落とされたと証言した階段に腰を掛け、二人で雑談中。
「先生知らないんですか?」
俺は本題への切り口を見つけられずにいる。
「ん? もう著作があるとか?」
「違いますよ、作家になるのに才能よりも必要なものをです」
「才能より大事なもの…? 想像力とか?」
「全然違います」
「人生経験とか?」
「何を根拠に」
「恋愛経験とか」
真剣に答えてくれてはいるのだろうが、どれも俺のほしい回答ではなかった。
「書くことですよ。作家っていうのは書かなきゃなれません。書いたものが評価され、出版される弱肉強食の実力社会です」
花街先生は納得したようにうなづいて、
「そりゃそうか、でも問題的にはひっかけっぽいよね」
「根本の問題ですからね。あの世界はどんなに書いて、どんなに作品を作っても、評価されなければ全く無意味です。どんな作品も、何人もが見れば三人は評価してくれるといわれる世の中ですが、世に広まることがなければそんな風になることすらない」
「なんだかつらい世界ね…」
「そうですね、さっき先生が読んでいた本だって、ドフトエフスキーの人生という時間の一部をむしり取る形で書かれていますが、あれが売れたのだってほとんど運のようなものでしょう。たまたま作者にかかれ、たまたま評価する人がいて、たまたま売られて、たまたま売れた。何が欠けてもこんなにも読み継がれることがあったかはわかりません。だから実力主義の仕事には最後は運が絡む。『運も実力のうち』、そう考えるとこの言葉ほど怖いものもないですよね」
「運、か…」
「そもそも、小説家って書くの大変だし、さらに評価されるものを書かなきゃいけなくて大変だし、収入も不安定で大変だしって、苦行に苦行を重ねる職で俺はあんまりなりたいとは思えないんですよねえ。しかも読んだ人間に褒めてもらえるとは限らないんですよ? つまらないとかそういう心象ならまだしも、「もっとこう書けば面白い」だの「なんでこんな文体なんだ」だの、書きもしない偉そうなやつらに批判されるとかちょっと…」
「なんでそんなに具体的に嫌ってるの…」
花街先生は愚痴る俺を見てげんなりという。
「昔、兄さんの書いた小説を読んだんです」
「兄さん」という言葉ではっと顔色を変え、俺の話を聞く態勢に入る花街先生。どんな調教、じゃなかった、教育をしたらこんな風になるんだ…
「なんていうか、書店に売られている本と遜色はなかったんですけど、全然心躍らなかったんです。新人賞に応募したらしいんですけど当選もしなかったらしくて、その時に兄さんが俺にそんな感じで愚痴ってきまして… 俺もこの男にできないなら俺にも無理だと確信してます」
「先生…小説とか書いてたんだ…読んでみたいなぁ…」
いつも通りに憧憬の眼差しで、遠くを見つめながらそんな風につぶやく。
あんなにも多くのことを聞き、先生のパーソナルデータを収集したはずなのに、気づけばなぜこんなにも花街先生があの兄を慕っているのかに限っては聞くに至らなかった。
まあ、いい。
今重要なのは先生の恋慕の事情ではなく、直近の俺の未来なのだ。
「それじゃあ、先生、本題に入りましょうか」
結局、紆余曲折しすぎてこんな風になってしまった。どうしても見つけられなかった口火を切る。
「何が本題なの?」
階段の踊り場から入る夕日。その日の光の逆光で、下から見上げてくる人影は黒々としていて誰なのか判然としない。
体格に特徴のない何者かなら、きっと本当にわからなかっただろう。だが、今そこにいる人間には思い当たるものがあった。
「由利亜先輩?」
小柄な体躯、髪型と声、間違えるはずがない。
「太一くん、本題って何?」
返事はそんな感じの問い詰めだった。
上ってきた少女は、予想通りの人物で、はっきりと見えるようになった表情は、汗ばみ疲れがにじんでいて、何より怒りを湛えていた。
「先生、生徒に手を出すのは犯罪ですよ」
あ、あれ? いつになったら本題に入れるの?




