45回 学校の隠し事、先生の秘め事。
前科もちである。
叙述トリックなど使おうはずもないのだが、事件なんてものは起きなかった。
起きたのはせいぜい事故の事後処理(花街先生からの依頼)をしているところに、上級生から花街先生と仲良くしてるんじゃねえとお言葉をもらったことくらいだ。
別に好きで行動しているわけでは全くないので、「じゃあ階段から落ちた生徒のために東奔西走してください」なんて言った日には、わけわかんねーこといってんじゃねーぞとどつかれた。わけわかんねーのが俺の言ってることなのか、東奔西走の意味なのか、その時の俺にはわからなかったが、後々思い起こしてみればあの会話自体わけわかんねーものだったので、はっきり言ってあの上級生は自ら絡んできた割に、なんの意味もないことを言って、意味もなく去っていったことになる。
うわあ、わけわかんねー
なんだかんだ花街先生と学校で密会し、家では巨乳美少女にご飯を作ってもらい、腕枕して寝る。そんな生活を三日続けた。はたから見れば幸せなんじゃなかろうか。そう思わなくもない。
しかし夏休みの大事な三日間を何に使っているんだと、俺はかくも思ったことは初めてであった。
夏休みといえば、夜更かしして、昼に起きて、友達とプールとか海とか祭りとか行って、気づかないうちに終わっているものではないのか。中学に上がってからはそんな夏休みとも縁遠い俺だったが、こんなに巻き込まれ感のあるイベントで消費するのはあまりにも初めてだった。
そんな無駄を絵にかいたような日々に幕を引くため、俺は四日目の密会に向かった。
由利亜先輩に言い訳を作って逃げるのもそろそろ限界で、今日中に終わらせないと本当に危機だ。
終わらせるしかないのだ、ロリ巨乳に圧殺される未来は絶対に嫌なのだ。
俺はいつも通りに部室に行くと、いつもとは違い花街先生がいつもと同じ席ですでに待機していた。
昨日の帰り際に少しばかり意味深に真相を隠したのが効いたのだろうか。
俺にとってこれは事故だ。しかし先生には事件であった。
自分の経験した中でも一番のモノ。それと重なってしまったが故の現状の犯人探しだ。
パズルの組み立ては、その犯人。その人物が架空であるというところの証明から入る必要があった。つまりは花街先生の思い込みのもとを断つ、それが今回の俺の任務、というか俺個人に与えられた依頼の解決方法だ。
ただこれは事件ではなく事故なのだと説明するだけなら、正直一日目で終わってよかったような依頼だ。今日で四日目、こんなにも時間をかけなければ見つけられなかったのは事故である証明のための事実ではなく、花街先生がこの事故に事件性を見出す理由だった。
俺は先生とこの三日で多くのことを話した。
俺のことはプロフィールに関してはすべて向こうに筒抜けなので、こちらが聞く側に回る必要があった。しかし花街先生は若いのに聞き上手で、あまり自分のことを大っぴらに話すタイプではなかった。それが災いしての三日間。
俺は上級生にどつかれるようなキャッキャウフフをしていたわけではない。若くて美人な新任教師とエロエロな夏休みは過ごしていない。お昼の時の食べさせあいっこだったり、隣り合って歩くときに少しばかり手が触れあってしまったり、オセロをしているときに少し顔が近かったりしたけれど、基本的にはそんなうらやましい課外活動は実施されていなかったのだ。こちらとしてはむしろどつかれるようなことをしたかったくらいですよええ。
「おはようございます、今日は早いんですね?」
俺もいつもの席に座りつつ、読書に集中している花街先生に声をかける。
「あ、山野君、おはよう。教師は基本夏休み中も学校にいるものなのよ?」
「いつもより来るのが早いですねという皮肉です」
「もうっ」
ぷりぷり怒る花街先生もかわいい。
「それ、何読んでるんですか?」
文庫本にしては少々厚めな装丁の花街先生の手に持たれた小説を指さして聞くと、
「ドフトエフスキーの『罪と罰』って本。知ってるかな?」
「題名を知ってる程度ですかね、有名ですし」
前科もちは罪を重ねる。
「私もね、大学生の時に読んだから内容はうろ覚えだったんだけど、思い出した。いいお話だよ、山野君も読んでみる?」
差し出された本は、どうやら図書館のものではないらしくラベルもバーコードもない。
「先生の持ち物なんですか?」
本を受け取ると表紙には「下」と書かれていた。
『罪と罰』。中学の時に、読んだのは間違いだったと読後に率直に思った。主人公があんなにも残酷な仕打ちに合うお話はそうそうないんじゃないかと思わされたものだが、当時の小説ははっきり言ってそういうものばかりだった。時代が生んだ文学といえば聞こえはいいが、文豪と呼ばれた人々も、時代には抗えないのかと嘆息したものだった。
だからこそ『海底二万マイル』を読んだ時の興奮は、今でも忘れられない。こんな想像力の化け物みたいな人間が昔はいたのだと驚かされた。『ドラえもん』を見た時も同じくらい驚いた。
今は俺のことはどうでもいいのだった。
手に持った本の題名、それを見て俺は息を吐く。
「初めに言っておきます」
前置きを告げると花街先生は俺の目を見る。俺の濁った眼は、花街先生の罪を見逃したりはしてくれなかった。
「今回のことは、花街先生が高校時代にやったようなことの延長線ではありません。徹頭徹尾、事故の塊です」
さて語ろう。
人のプライバシーなど度外視で、自分の考えを押し付ける、完全否定型の推論を。三日間を共に過ごし、これまで多くを助けてくれた心優しい美人教師を殺すような、さながら斧でたたき殺すような推理を。
依頼の完遂のため、俺は罪を咎め、罰を与える裁判官となろう。
俺には全く理解できないが、高校生や中学生の時というのは友人や自分の周りの環境というものに敏感になるきらいがある。
それは花街先生に至っても同じだった。
高校生時代の花街先生。美人教師のJK時代など、妄想するに足るものではあるのだが、今回はそんな風にふざけていられる状況ではなかった。
とにかく、高校生時代のJK花街も、友人関係などに悩む一般的な女子高生だった。(この発言で俺自身が一般的ではないといいたいわけではない。)
一人っ子だったことが災いし、母からの期待は大きく、大学進学率の高い私立の高校に進学したまではよかったのだが、その後授業についていけなくなり落ちこぼれた。容姿端麗なことでカースト上位のグループに所属していたことが更なる不幸を呼び、成績の悪さでハイカーストの元友人たちからのいじめの標的となった。
ここまで聞き出すのに俺がどれだけ苦労したのかは察してほしいのだが、そんな経験もあり、一人で過ごし続けている俺のことを気にかけてくれていたらしい。しかし俺が聞き出せたのはここまで。
標的としての期間はそう長くなかったのだが、成績のことに悩んでいた時期での信頼していた人間からのいじめは、多感な少女の精神を殺すのには十分だった。
それでも母からの期待は裏切りたくない。そんな思春期の複雑な心が彼女を絞め殺していくことに気付いたものは、誰一人としていなかった。JK花街はだんだんと壊れた精神を喰らっていき、ついには壊れていることに慣れてしまう。
そうして事件を起こした。
ついこの間まで楽しく遊んで喋っていたはずの友人たちが、次に誰をいじめるかの相談をしていた。それは相談なんてものじゃなくて誰をからかって遊ぶかの、程度の低いおふざけの会話だったのだが、壊れ切り、荒みきった心でそれを聞いたJK花街はこう思ったそうだ。
「止めなければ、あんな恐ろしいことをさせてはいけない」と。
誰もがいじめになどあいたくないと考え、いじめる側に迎合し、いじめられている側のことを無視するクラスという世界で、JK花街は一人立ち上がり、ハイカーストに位置する友人たちを階段から突き落とし病院送りにしていった。誰にも気づかれないように、さながら、一人で勝手にこけたように見せかけながら。
くしくも、JK花街が階段から突き落とした人数は十二人。
今回の事故と同じ人数だった。
これが花街先生の過去。
母からの期待に押しつぶされ、自己破綻した少女の結末。
成績がすべてだと思い込まされた現代教育の闇。
集団行動の忌むべき道筋と、それを嫌う、少女の闘争。
はっきり言って、いじめなんてものはどこにでもあるし、ない学校、会社などないだろう。いじめとはそういうものだし、だからこそなくなったりしない。いじめがなくなる時は、集団行動がなくなる時か、もしくは人が人の心を見られるようになった時か。そんなSFの世界の話だ。俺はそう思う。
だけれど今回の階段事故は、事件などではない。
「なんで、それを知ってるの…」
自ら起こしたことの延長線。
目を丸くし驚きをあらわにした表情で、花街先生は聞く。
「先生も知ってるでしょ、俺には優秀な兄がいるんですよ」
俺は、花街先生からいじめの復讐の話は聞いていなかった。突き落とした、それはそのまま事故でなく事件だ。しかし花街先生は捕まっていない。学校で、事故と判断し警察に届け出なかったのだろう。しかし突き落とした本人は、それが事件だと知っている。そして、階段から転げ落ちて死んだ生徒を、自分の手で殺したことも自覚している。
『十二人のうち今でもまともに動けてるのは三人だけだ。残りの九人は脳に損傷を負ってベットから動けないもの、脊髄を損傷し車いすのもの、まあ一番軽くて死んだのが二人。花街ちゃんはね大学時代はずっと暗かったよ誰ともしゃべらないし、誰にも心を開かなかった。単位もぎりぎりだったし、俺が教授陣に掛け合って教員免許も何とか取得させて、結構面倒見たぜ? だんだん明るくなっていくさまは、ペットになつかれたことに気付いた時くらいうれしかったね』
世界最高峰の頭脳を持つ男は、小動物に弱い。
そんな感じで会社の手伝いをした分の給料の代わりに、俺は情報を要求した。
「先生のおしゃべりは相変わらずなのか…」
俺のことを花街先生が知っている時点で、確かにあの兄はおしゃべりの部類だろう。
「まあそんなところです。何の見返りもなく何かを話すような兄ではありませんけどね」
「…山野君が先生に何か利益のあることをしたってこと?」
「この間、兄の任された会社の手伝いに行ったんです。その時の給料の代わりにって感じで」
「私の情報は、いくらだった…?」
疲れたような表情の花街先生は、震える瞳で聞いてくる。
「詳しいことは、知りませんが…」
兄曰く、俺の給料は一日分で社員五、六人分の年収を上回るレベルだったらしく、それくらいなら教えてやると泣いて喜んだ。なんであの会社は能力給がそんなに高いんだと疑問に思ったが、よく考えてみれば能力の低い社員を低い賃金で雇う、能力給を高く設定しても見合わないのでもらえない、会社はラッキー社員は絶望という図式なのに気づき青ざめた。
「…なので先生の給料を倍して、さらに五倍ってところですかね」
小首を傾げながら言うと、
「三千……ちょっと高く買いすぎじゃないかな…」
「三千万くらいですか? 意外と安いですね。」
ほぼ同時に真逆のことを言っていた。
人の秘密だ、金を積んで知れるなら、そんなに安いこともない。俺はそう思う。
「ま、そんな感じで、実は大学の時のことも事細かに聞いてます。先生の暗黒時代の彼氏のこととか、ね」
「そ、その話はまた後日改めて…もしくは忘れてほしかったり…」
「三千万の見返りを、俺の記憶だけに保存すると思いますか?」
その言葉に花街先生は青ざめる。
「まさか…何かのメディアに保存されて……」
「大正解です~ 由利亜先輩にスマホを借りて、兄の声を録音しました。そのデータをパソコンに移して、厳重にSDにもうつして、変換アプリで文字に起こして、コピーしてラミネート加工までばっちり」
「f;;@p「@」
花街先生の口から変な音が漏れ出る。
そんなわけで、本題に入る前に機能停止を起こした美人教師と二人、部室にて。
教師の過去を発掘する。俺は今日、初めて部活動にいそしんでいる。




