犠牲の必要な夢の実現とは、幻のかつ虚像に似ている。
人ん家の居間で、なぜか俺個人への勧誘を受けている。
といっても、この勧誘自体弓削さんの手引きらしいので、俺個人にだけ否があるわけではないのだけれど。それでもさっきまで一緒に楽しく過ごしていた友達を除け者にしてまで、その友達の家でやるようなことではないように思えた。
といっても、ユウちゃんは俺のとなりで話を聞いているし、ミナちゃんは道場に行ってしまったので気にするようなこともないのかもしれないけれど。
「それで、どうかな。一緒に選挙、出てくれない?」
大豆島まち。彼女は学祭の時の宣言の通りに生徒会選挙に立候補していた。
しかし、基本的に生徒会選挙には2年生が立候補するのが不文律らしい。1年生から出るのは暗黙の了解としてNGなのだそうだ。
そんなわけで、1年生で立候補するにはそれなりの難易度の条件が課せられている。
『いわく、成績が優秀であること。いわく、学友に恵まれていること。いわく、一芸に秀でていること。いわく、あらゆるものに精通していること。』
あまりにも抽象的で、聞いている最中は目を細めていた。
聞き終わってこちらを見る視線に向けても、目を細めて見せた。
「まあ、来年でもいいんじゃない? 変な条件ないんでしょ?」
暗に嫌ですと主張すると、俺の向かいに座る大豆島さんの横で暁くんが顔を上げた。
「ほら、やっぱりムリだよ。孤高の人なんでしょ、無理に誘うのは失礼だ」
なんか孤高の人とかいうやんちゃな単語が耳に入ったが、それは聞き流した。
そんなことより、あら意外とすんなりいきそう。そう思ってしまうほど落ち着いたトーンに俺は期待した。
「山野君て学校にはなんの不満もない?」
「うん? うん、まあないね」
不満を持つほど学校にいないと言うのが本音だが。
ひとり心で呟く俺の目を見る大豆島さんにとって、俺の回答はただの合図のようなものだったらしい。
「私はね、結構あるんだ。この学校っていうか、学校教育全般に。だからこの学校からまず変えたいんだよね。そのためには来年からじゃ遅い。今からでさえ遅いくらい」
目には火が宿っていた。
この目を俺は知っている。
何かを成そうと身を焼く人間の目だ。
「不満があるから立候補する、いいんじゃない? 具体的には何が不満なの?」
横目に暁君を見ると、大豆島さんを見ていた。もう口を開く気はないようだった。
彼は彼女の目のなかの火に魅入られてしまったクチなのだろう。
「まず、テスト制度が気に入らない。なんで100点満点でテストを作るの?」
「そりゃまあ、比較しやすいからじゃない? 点数がたりないとかそういうこと?」
「じゃなくて、時間内無制限に問題を解く仕様にした方が比較しやすいと思わない? できる人間はどこまでも解き続けられるし、解けない人間は1問目で倒れるような、そんなテストの方がいい」
殺戮ゲームじゃないんだからさ。言いかけてやめた。そういえば最近そんな感じのテストを受けたばかりなのを思い出したから。
「他には?」
「部活動の強制参加は自主性に反すると思う」
「それはそう」
これに関しては即納得してしまった。
この規則さえなければこんなことになることもなかったのだから。
「学業面に関してだと、教科用タブレットの支給は必須だと思う。専用のものを作ろうとすると莫大なお金はかかるけど、教育って国の最も中枢だよね? そこにお金使わなくてどこに使うの?」
「そりゃまあ、福祉とか」
「財源なんか腐るほどあるでしょ? 献金されてる金全部よこせよ」
「過激派すぎるよ……。おっけ、わかったもういいお腹いっぱい」
俺は学校、ひいては世の中への不満を受け止めた。悪いのは誰だろう。
国民かも知れない。
「どう? 加わってくれる気になったかな?」
「いや全く」
ユウちゃんの入れてくれたお茶をひとくち。……ふぅ……落ち着く。
「じゃあ、なんで俺を勧誘してるのか、聞いても?」
「票がとれるから」
「ダウト」
クラスでの扱いを思い返してもわかる。俺が入ることで増える票などない。
「いやいや、山野君は人気だよ? 君の不人気は君の周りだけ」
「2年生からもだいぶ嫌われてると思うけど?」
由利亜先輩のクラスで引っ叩かれそうになったのだって遥か昔ではない。
「そこも、そのクラスだけだよ」
大豆島さんはあくまでも冷静に否定する。
弓削さんもなんとなく納得しているような視線の動きを見せてくる。暁君はどうやら俺に思うところがあるようだが、それは別に気にしなくてよさそうだ。
「じゃあ、弓削さんたちがどうして参加してるのかも、聞いておこうかな?」
「それはいえない」
スパッと切って捨てたのは弓削さんだった。
「なんかあるの?」
「それも言えない」
頑なな弓削さん。いつものことだけど、ユウちゃんの手前若干やりづらそうではある。
俺が視線を大豆島さんに向けると、
「言わない約束だよね、まちちゃん」
弓削さんはそう大豆島さんを牽制した。
暁くんも知っているのだろう、二人の視線の交錯に右往左往という感じだ。
なんだかわからんが、何かあるのだろう。
理由があるなら仕方ない。
「それじゃあ私が何か悪いことしてるみたいじゃない?」
「悪いかどうかは知らないけど、なにか裏のあることをしたのは確かだろう?」
まあそれはそうなんだけどさ、そう吐き捨てて、続けた。
「いま、山野君の入っている『発掘部』は、現在存続の危機にある」
「まちちゃん!」
このやりとりを見れば、察することはできた。
そして、理解した俺をみて、弓削さんもまた覚ってしまって、
「……あぁ……もう…っ!!」
バシ! と背中を叩かれた。
これは甘んじて受け入れるしかなさそうだった。
「お姉ちゃんが人に手をあげるなんて、初めて見ました」
ユウちゃんはオバケでも見たように驚いていた。




