みるみる見えてくる。
二人きりで話がしたい。
そんなこと言われても、俺には与えられた家しか居場所がない。
だから、またしても高速タクシーを呼びつけて、
「なんか、いい感じに話ができそうなところとかあります?」
雑とかそういうレベルではない行き先指定だったが、
「おすすめがありますぜ」
とのことだったので、車に乗り込み出発した。
*:*:*
到着したのは日本ではお目にかかれないデカさの日本でも大人気のハンバーガーショップだった。
個室とか、喫茶店とか、そういうのを期待していたのだが、あまりのデカさに呆気に取られて去りゆくタクシーに咎める言葉を吐くこともできなかった。
「照り焼きがおすすめです」
運ちゃんはそう言っていた。
聞いた話によると、アメリカでは照り焼きは和食の代名詞なのだとか。
いや知らんし。
カリフォルニアロールしかしらん。
あれはあれで美味しそうだし。
「行きますか?」
神末さんもどうやら初めてのようで、恐る恐る店内へと足を向けた。
ファストフード店でこんなにでかい必要ってなんだろうとか、そういう余計なことを考えている間も無く、メニュー表へと辿り着く。
メニュー表、というか、これ、
「タッチパネル式の注文システムですね」
ほえー、アメリカのってこんなになってんだ。
俺が一人感心していると、五台ほど並んだタッチパネルを見比べて、神末さんは「何食べましょうかね」とちょっと楽しそうだ。
英語で書かれたメニューはぶっちゃけ「?」って感じだが、今までまともにメニューなんて読んでいない。
写真で見て、うまそうなのを注文している。
だから今回も別に困りはしなかった。
そう、注文自体に苦労はなかった。
ただ、出てきたものが、予想の斜め上の大きさだったことを除けば。
「カウンターにトレーが置かれて、その上に乗っていくものを見ながら、あれじゃないなと思っていた自分がいました」
品物を受け取って端の席に座ると、二人してちょっと呆然としていると、神末さんがため息まじりにいう。
口に出していないだけで、俺も似たような感想だった。
日本の三倍の大きさのバーガー、ポテト、見たことない大きさのドリンク。
なぜさっきハンバーガーを食べに行ったばかりなのにセットメニューを頼んでしまったのか。
普段通りの量なら小腹くらいでいけると思ってしまったのだ。
それが、運命の分かれ道というやつだった。
「まあこれくらいなら、ちょっと無理すればいけますよ」
俺の言葉に神末さんはギョッとした顔で、
「さっきご飯食べてきたんじゃないんですか?」
もっともな質問だった。
「半分は先輩に食べられたので、むしろちょっと食べ足りなかったくらいです」
「そ、そうですか」
俺の方は、まあいけそう。
が、神末さんはどうやらかなり厳しいようだった。
「俺、さっき結構しっかり食べちゃって」
「なんでセットにしたんですか?」
「いつも通りなら、いけるかなって」
どうやら思考はお互い様だったらしい。
「半分ずつもらうんで、俺の方に乗っけてください」
まあ、残すの勿体無いしな……。
こうして、大事な話とやらは、話の腰が見える前から消えていった。
*:*:*
たち消えになった。というか、多分神末さんも話しづらい内容なのだろう。
大方の予想はつく。
こんなところまで来るような話だ。
結局のところ、ここがどこなのかという話。
地理的な、場所的な意味ではなく、空間的な、存在としての。
着いた時から一貫して、アメリカ、という認識を崩すことのない俺たちだが、細かくいうのであれば、ここはアメリカではない。
もちろん日本でもなく。
だからここは『天才の国』。
比喩でも表現でもなく、天才が集められる不思議な国。
御伽の国の、中つ国。
踏み込みたいというだけで来られるような場所ではない。
只人が踏み入っていいような場所ではないのだ。
ではなぜ俺が、俺たちがいるのか。
それは実験のため。
植物状態の人間を覚醒させる、人体実験。
その手伝いをするという理由で、俺はこんな人のいないところに来てしまったのだった。
「俺が来たのは、金の欲目で人の心を失った人でなしの、命令ってところです」
神末さんは力なく笑う。
だから予想はつくのだ。
由利亜先輩を説得して、許嫁の地位を確立してこいと、そんなことを言われたのだろう。
そして、そう仕向けたのは多分、川上だ。
あのゴシップ野郎は今回、俺を動かすためだけにあらゆることを仕込んできたのだろう。
その程度のことで俺が動かないということを織り込み済みで、それでも端から全部やってみれば、一つくらいは思うところがあるかもしれない、程度の感覚で、あいつは俺の身の回りの人間全てに唾をつけて回ったのだろう。
その結果が、先輩二人の今で、神末さんの今で。
でも多分、あいつの今は、今にないのだろう。
俺には見えない何かを、あいつは見ている。




