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然るべきもの。然るべき場所。


 謝るというおこないは自身の非を認め、相手の考えや主張を認める行為だ。

「その節は誠に申し訳なく。はい。おっしゃる通りで。はい」

 そんな文言で相手を諌め、怒りを鎮めてもらうのはある種の防衛本能だろう。

 謝罪、それは素晴らしい文化だ。

 自らを律し、認めることができる人間の身に許された尊き行い。

 だが、こと今現在俺が置かれている状況においては、非を認め、謝罪することこそが愚策。

 地に伏し額を土に汚しながら、それでもしかし、俺が吐き出す言葉には相手の思考を肯定する言葉など一言もなかった。

 当然だ。

 今俺が言葉にしていることこそが真実。

 絶対に間違ってはならない。

 正しさとはそれすなわち絶対。

 正義とは、我にあるものなのだ。



「由利亜先輩!!!! まじメインヒロインですから!!!!」



 俺はアメリカにまできて、いったい何をしているんだろう。



;*;*;*;



「もうわかったってば、太一くん私がどれだけ根に持つと思ってるの?」

 はあと一息吐いて呆れを表現してみせると、由利亜先輩は椅子から降りてしゃがみ込み、俺の肩に手を置いた。

「いいからほら、顔あげて? おでこケガしちゃうよ」

 もう、と俺の顔を無理やり上げさせると、覗き込むように俺を見て。

「反省、してないでしょ」

 ゾッとするほど低い声で呟いた。

 俺はついていた手で後ろに飛び、由利亜先輩から距離をとると、その勢いのまま再び頭を下げた。

「料理のできるサブヒロインは由利亜先輩のことじゃないんです!!! 誤解なんです!!!!」

 前述の通り、謝罪は絶対NGだ。

 謝ったが最後、由利亜先輩からの猛攻が始まる。

 だから俺は持久戦に耐えるしかない。

 できる、俺ならできる。

 自分を信じろ。

「俺の知ってる鷲崎由利亜先輩は!!! メインヒロイン以外はやれない!!!」

「私別にそんなことが聞きたくて怒ってたワケじゃないってば」

 さっきのドス黒い声はどこへやらと言わんばかりに、ふわっと柔らかい声が前から聞こえる。

 騙されるな!!!!

 俺は自分を鼓舞して額に力を込める。

 ハンバーガー屋の店舗内で、一人土下座する俺。

 先輩はそそくさとどこかに行って帰ってこず。とうとう十分ほどの間土下座の姿勢は続いていた。

 当然のように、10分もの間土下座をしていれば、傍は食事を終えるわけで。

「食べ終わったから帰るよ?」

 まあ、ご飯屋に来て食べ終わればそりゃ帰るのだが。

 頭を下げっぱなしだった俺に飯を食う時間なてあるわけもなく、当たり前だが俺は半分ほどのバーガーが皿の上に鎮座したままだ。

 そして、「食事のお残しは許しません」と顔に書かれた抵抗できない相手。

 しかし、このまま一人で帰ってもらうわけにはいかない。

 きっと遅れて帰った時何かしらのシコリを感じながら過ごすことになる。

 つまり、俺はこの場での最善の選択は由利亜先輩と共に帰ること。

 そのためには、皿の上のバーガー。

 これを、一瞬で……。

 覚悟を決めて起き上がると、さらに飛びつく。

 勢いよく手に持ってかぶりつこうとしたその時。

 あ、あれ?

「何してるの? 早くいくよ?」

「あ、あれ?」

 俺の席にあったはずのハンバーガー。

 なんだったらポテトも盛り上がって乗っていたはずのそれが全てなくなっていた。

 綺麗さっぱりだ。

「ああ、太一くんのお皿の上のものなら長谷川さんが食べてたよ?」

「ま、まじか……」

 すごい食いっぷりだな。

「で、今ほら」

 由利亜先輩の差した方向に、若干具合悪そうな先輩がいた。

「気持ち悪い……」

「食べ過ぎ」

 つまり、先輩はどっかじゃなくてトイレに行っていて、由利亜先輩は戻ってくる先輩が見えたからたち上がっただけらしかった。

「太一くんさっきお金もらってたよね? 支払いお願いしていい?」

「あ、はい。えっと……」

 由利亜先輩に頼まれ、慣れない手つきで財布をだす。

「どこで払えばいいんですかね?」

「君、買い物とかしないの?」

「するときは大体私が払ってるの」

「めっちゃヒモじゃん」

 先輩の言葉に返す言葉もなく、俺はほぼ初めての支払いをして店を出る。

 ちっちゃい先輩が店の外で一つのびをして、「んー」と声を漏らし、

「サブヒロインのお仕事だもんね、支払いって」

 まだまだ鉾を納めてくれないロリっ子に、俺はひたすら頭を下げるほかなかった。

「もう本当に許してください!!!!!」




*:*:*



 見つけたと、そう思った。

 何か特別なものじゃなく。

 きっとたいていどこにでもあって、ありふれたもの。

 それはただ、流行りを知らないだけだったのかもしれないけれど。

 俺にはひたすら無垢に見えた。

 俺はただ、俺だけを見てくれる人間というのが、目新しかった。



 

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