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240回 あっ。



 一人で飯を食う時、前はどうしてたかなとふと思う。

 少し考えてみて、いや、うん、思い出せん、となって自分がもう半年近く誰かと食べる食事ばかりをしているし、一人で食べるものでさえ作り置かれたものを食べていることに気づく。

 気づくというか、事実確認というか。

 どれだけ考えても、由利亜先輩の作ってくれたものを食べていない日が数えられるくらいしかない、という、そういう事実が頭の中に浮かび上がる。

 そして、そういう食事を当然のことのように俺は一人で食べていないわけで。

 考えられたバランスと、俺の好みに完璧に合わせられた味付け。無類の技術力によって仕込まれた料理は、絶品、以外の言葉では言い表せないもので。

『ふふ、いいでしょ? 太一くんに喜んでもらうためだけに頑張ってるんだから』

 前に料理どうやって覚えたんですかと聞いた時には、そんな言葉ではぐらかされた。

 毎日、献立と食材の買い出しをするだけでも面倒だ。

 それをやってのけて、なおかつ栄養や味にまでこだわっている女子高生。

 なんだったら俺は、頭は上がらず、足も向けられず、平身低頭。

 常に土下座で生きるような心持ちで、生きなければならないのかもしれないけれど、

『好きでやってるんだから、笑顔が見れるだけで十分だよ』

 そんな言葉を魔に受けて、圧倒的な笑顔で圧殺されて、俺はでかい顔して美少女のつくる飯を喰らっているわけで。

 だから三人でどこかに何かを食べに行くという行為が新鮮だった。

 ご飯屋に三人揃っていくのは振り返ってみても思い当たるのは多分、ゴールデンウィークまで遡れる記憶だ。

 夏休みあたりにもどっかに行った気がするが、多分その時はほぼ貸切みたいなところで、だだっ広い場所に三人という逆に酔いそうな状況だったような。

「半分あってるけど半分間違ってる」

「太一くんの記憶ってあえて改ざんしてるの?」

「記憶をあえて改ざんする理由も、意図的に捏造できる人間の存在も俺は全く存じ上げませんね」

「そういう返しで私達に、無理やり捻じ曲げておきたい本当のワケっていうのが君にはある、って自白してるんだけどね」

 先輩はフォークをうまく使って皿の上に乗ったミニトマトにさす。転がることなく刺さったトマトを口に運ぶと、俺の視線に対して首を傾げる。

「食べたかった?」

 俺は首を一回横に振り、

「むしろこっち食べますか?」

 そういって皿の上に乗ったでっかいハンバーガーの半分を指す。

「もうお腹いいの?」

「なんというか、ちょっと甘いなあと」

「味付けに文句つけるとは、太一君もなかなか通ぶるようになってきたな?」

 通ぶるって、と反論したいのも山々だったが、まあ先輩の言うことも理解できるので反論はせず。

「じゃあ食べるからいいです」

「ああ! まあまあ、半分ならもらってあげてもいいからさ」

「いいです。お腹が苦しいワケじゃないので」

「すねたー!!!」

「うるせえ!!」

 俺と先輩のやりとりを見ていた由利亜先輩は、もむもむ口を動かして口の中のものを飲み込むと、

「確かにこの味は太一くんには合わないね」

 そう呟いた。

 フォークとナイフで綺麗に食べる姿に見惚れながら、俺は俺の口に完璧に合わせて料理を作っていると自称するロリっ子にその言葉の真意を聞く。

「それってどう言うことですか?」

 もむもむ咀嚼しながら送ってくる「ちょっと待ってね」の念を感じ取り、俺の一口分口に入れる。

「この味のことだよね? 太一くんはね、甘いよりしょっぱい系が好きだよね。醤油じゃなくて出汁。でも塩辛さよりトマトみたいな酸味がある方がいい日の方が多い。でもお肉は少し甘みがある方がよくて───」

「こうやって君は常にこの子に監視されてるわけだ」

「なんてこと言うんですか」

 だんだん遠い目になる由利亜先輩の言葉を切るように先輩が吐き出した言葉に、俺は呆れるように苦笑うしかない。

 実際、常に研究していると言うようなことは言っていた。

 公言されているし、と別段気にしていなかったけれど、まさかここまでとは。

 イノシン酸とかグルタミン酸とか言い出した時点で話がわからなくなってきたので申し訳ないけど謝って、由利亜先輩には現実に帰って来てもらった。

「太一くんの一番好きな味は私がわかるから大丈夫。うちに帰ったら作ってあげる、太一くんが私に惚れ直しちゃうハンバーガー」

「惚れられてる前提なの自意識過剰って言うんだよ」

「長谷川さんも少しくらいは作れるようにならないと、太一くんに呆れられるよ」

「私は太一君に作ってもらうからいい」

 たかだかハンバーガーで口喧嘩できる先輩二人。

 仲良いなあと思いつつ、添えられたポテトを口にほおる。

 モサモサしていてそれでいて塩辛い。

 バーガーのソースをすくいとるようにつけて、もう一つほおる。

 こっちの方が食べやすいな、なんて一人でやっていると、先輩たちの視線が俺を見ていた。

「太一くん、料理のできる女の子とできない女の子、どっちが好き?」

「なんですか、その二択。どっちかというと、できた方がいいんじゃないですか? 自活は人間の基礎ですし」

 俺の答えにいやいや、と先輩。

「でも一緒に暮らし始めたばっかりの女の子が料理できなくて悪戦苦闘するのってお約束じゃない?」

「わかる。一緒に料理を覚えていく過程があれば、一緒に家事をするきっかけにもなりますね」

 わかるなーと唸る俺。由利亜先輩にはそれがお気に召さなかったらしい。

「ちょっと、長谷川さんの甘言に騙されないでよ」

「甘言というか、お約束ってやつですよ。よの物語に登場する料理できる系のヒロインは基本的にサブです」

「………………」

「あっ」

 余計なことを言った。

 そう確信した時には、

「遅い」

 先輩の言葉が、俺の心の声と重なった。



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