表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
242/280

自分にしか、できないことって何ですか?


「ところで、ここになにしにきたんですか?」

 ホテル、というか、コテージというか、でっかい一軒家に車で送り届けてもらうと、荷物を下ろしてひと段落という段になって俺は由利亜先輩に聞いてみた。

 ここまできて今更聞くことではなさすぎて、飛行機の中でも聞くことができずにいた大いなる疑問だった。

 11月。

 学校の後期前半が終わり、これから生徒会長選挙という噂が俺の耳にも入ってきた頃。

 二人の先輩にアメリカ旅行を提案された。

 長期の休みでもないこの時期に旅行。

 俺も鈍感ではないので何かあるんだろうなとは思いながらも、由利亜先輩の「本場のアメリカのハンバーガーとか食べたら、これからのメニューに加えられるかも」というお誘いにホイホイと乗っかって、そのまま飛行機にも乗っかって、こんなところまで来たのだけれど。

 さっきあったこの町の長とかいう人がいう、「天才の活きる街」というのは嵌められたなあと思わずにはいられない表現のそれだった。

 いや、さっきも言った通り、分かってついてきている。

 先輩たちに俺の過去を話した誰かが、俺をここに連れてくるように誘導したのだろうと、半ば諦めを持って俺は家を出た。

 だから、ここまできてあえて、わざわざ聞いてみた。

「こんなところに、なにをしに?」と。

 アメリカンサイズのあれやこれやは明らかにアパートのものとは違い、由利亜先輩はキッチンの水回りをチェックしながらちょっと背伸びしたりしてみて高さが足りなさそうだなと悩みながら、俺の言葉を片耳だけで受け止める。

 先輩は「あれ、スマホ圏外だ」とかなんとか。

 この人はアメリカでも日本のキャリアでスマホが使えると思っていたらしい。

「んー。川上くんと連絡してるんだし分かってるんじゃないの?」

 戸棚に手を伸ばし、背伸びをしても届かない。そんな姿勢で由利亜先輩は言う。

 伸びる体が猫のようにしなやかで、ででっと乗った大きなそれは服をハチ切らんばかりに主張する。

 なんかまた、でかくなった……?

 わざわざ口になんて絶対に出さないその余計な心配を、あくびのように押し殺して、

「あえてわからないようにしてるんで、現実を突きつけてもらえると助かるなって」

 おどけるように返す。

 飛行機の手配からなにまで、川上が全てやっているのだから俺が気づかないはずがない。

 あいつらの企みなど、短くない付き合いなのだから分かってしまう。

 それでも俺は先輩たち二人との旅行としてここにきた。

 だから、最後のところはこの二人にケジメとしてしっかりとネタバラシをしてもらいたい。

 どうして連れてきたのか。

 なにをさせるために連れてきたのか。

 そして、先輩たちはなにを得るのか。

 俺に気兼ねすることなく、はっきりと言ってほしい。

 川上にしてみれば、この二人をこの二人が望む環境に移すことなど容易だろう。

 情報通で謎のツテの多いやつだ。

 先輩たちに俺の部屋を出ていけるだけの条件でも提示したか?

 由利亜先輩は出て行こうと思えばいつでも出て行けるし、先輩はそもそも独り身だ。条件といえどそう簡単な者ではない気もするが、それができるからこそあいつはこんなところにまで人脈を広げられているのだろう。

 少なくとも俺には、先輩たちが出て行く方向にことを進めるために思いつくアイディアなどなかった。

 居候などという立場を脱却させるための手立てを思いつくことはできなかった。

 いや、俺から提案することで暗に「出て行け」と言っているように取られるのを避けたかったというヘタレ根性成分がなかなかに比率として多いのだが、それでも、俺には住み続けることで発生する明らかなデメリットを提示できなかった。

 それをあいつは簡単に見つけて、そしてしれっと提示して見せたのかもしれない。

 あいつが見つけたのではない可能性もかなり高いが、それは別に問題ではない。

 川上恭吾の言葉で、先輩たちは動いた。

 俺に俺の過去と、トラウマと対峙させる方向で。

「太一君が思ってる通りだと思うよ」

 やはり。

 そう思った俺の思考は由利亜先輩の「違う」と言う一言で打ち砕かれる。

「ちょっと、そう言う言い方は絶対しちゃダメだって言ったじゃん」

 ソファでだらける先輩に近づき、先輩の言葉を由利亜先輩が咎める。

「でもどうせ太一君はろくな風に考えてないよ」

「だからだってば。太一くんはいっつも勘違いしてる。だから私たちだけでも勘違いされないように、しっかり真正面からぶつからなきゃいけないんだよ」

 由利亜先輩にじっと見つめられ、先輩は観念したように居住まいを正すと「太一君」と俺を呼ぶ。

 俺は何となく居心地悪く、目を逸らしがちに先輩の方を向く。

 すると、やっぱり聞きたくないようなことを言われた。

「私は一年も前のことでウジウジしている後輩に、さっさと立ち直って前を見てほしいだけ。だから、ここに一緒にきた。太一君のしなきゃいけないこと、それだけやったら一緒に帰ろ?」

 俺のしなきゃいけないこと。

 分かってる。

 俺がしなきゃいけないことなんて。

「太一くん、私がここに太一くんを連れてきた理由はね、一緒にハンバーガーを食べるためだよ。それ以外はどうでもいいの。だから、何かすることあるならさっさと終わらせてきて?」

「何だそりゃ」

 勘違いの余地なんて、確かにどこにもない。

 飛行機に乗る前に言われたこととなにも違わない。

 でも、俺にはわからなかった。

 俺がしなければいけないこと。

 俺はどうすれば、あいつを救えるのかと言うことが。

「そういえばさ、こっちにいる太一君の中学の時の知り合いって人たちに会ってみたいんだけど」

「え」

 この状況なら、そう言う話になってもおかしくない。

 というか当然の流れだ。

 だが、それはあまり気乗りしない。過去の汚点を見せるに等しいから。

 頭を抱えていると、先輩がポケットから紙切れを取り出して言う。

「と言うことで、川上君から招待状をいただきました」

 は?

「どう言うこと?」

「この家の近くにいるんだってさ」

「そう言う話になってるんだ」

「どう言う話しになってるんだ!!!?」

 勘違いなど余地もなく、俺は先輩二人に弄ばれている。

 そうだ。

 今の俺は、中学の時とは違うのだ。

 昔の方が、強かったかもしれない……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ