目下、抱えた難題は3つ。
それはもう甚だに、嫌な予想はできた。
予想というか、なんというか。
だが、そうと考えてしまえば辻褄が全て合う。
これまでも、今の状況も、何もかも、全てだ。
信じたくないとか、あり得ないとか、そういうことは特になくて。
だから多分、頭のどこかでは理解していたのだ。
わかっていて、思考の隅に追いやって、いつも通りに無視していた。
考えたところでどうしようもないと、思っていたから。
だけれど、どうにかしなければいけない状況になってしまった。
放っておいてもいいのに、放置や先延ばしや目逸らしを許さない状況になってしまったのだ。
許さないのは状況じゃなくて、人、なのだけれど。
とはいえ、だからなにということはない。
というか、許さないからどうするということもできないのだ。
今、俺に詰め寄ってきている、人たちは、ただこう言っているのだ。
怖いから、隔離してしまおう。と。
自分の知らないものは怖い。わからないものには恐怖を感じる。
あの愛くるしい女子高生を捕まえて、『怖い』とは、恐れ知らずもいいところだと思うが。
まあ俺も常々、由利亜先輩の料理には恐怖してばかりだが、あれはうれしい悲鳴と言うやつだ。
逃げたくなったことなど、一度もない。
いや、一度もないは嘘だけど、親しくなってからこっち、俺は由利亜先輩に負の感情を抱いたことは一度もない。
少なくとも、俺が肉親であったなら、高校の後輩の家に居候しなければいけないほど追い込むことはなかったと断言できる。
そう。
由利亜先輩は追い込まれていたのだ。
小学生の頃から今の今まで。
物心ついてからの人生のほぼ半分を、肉親によって。
そうやって考えてみると、確かに恐ろしくはある。
両親に見放され、肉親に見捨てられ、由利亜先輩はそれなのにあれほどまでに真っ直ぐな人間に育っている。
そんな人間、正直怖い。
誰にも頼れず、支えがなく、ただ一人で立って、生きてきた。
小学校を乗り越えて、中学三年間。
正直、恐ろしい時間だったと思う。
家には帰れず、居候先の祖母の家からは一週間で追い出される生活。
友達の家に泊まりながら、誰とでも仲良くし、学力優秀。先生にも一目置かれて、自分というものをはっきりと持っている。
そんな人間、たとえ自分の子供でも怖かろう。
俺は今更それくらいで怖がってどうこうと言うことはないけれど、見ることをやめてしまった人たちには、知りようがないのだ。
あの人がどれほど正しく真っ直ぐで、どれほど脆く優しい人であるのか。
間違えながら、泣きながら、それでも諍って逃げないで立ち向かうことのできる人。
それを知っている俺は、あの日あの夜、由利亜先輩があの場にいられたことが全ての答えだと確信している。
だが気付けない。
誰よりもわかって上げられなければいけない人たちに、由利亜先輩のことは理解できない。
見ず。
聞かず。
語らず。
己のうちにしか目を向けぬものたちには気づくことさえ許されない。
ただ一人を除いては。
きっと、彼だけは俺と同じ場所にいる。
そしてそれに彼も気づいている。
だが、手を差し伸べるのを戸惑っているのだ。
その手がどれほどの罪を負っているのか、彼女にとってどれほどの苦しみが詰まっているか、『理解している』から。
*:*:*:
「少し出かけませんか」
3日間の試験期間が終わり、今度は定期考査に入る前日。
俺は学校に行く準備をしている先輩二人に向かってそう言った。
は? という疑問符を頭に浮かべる先輩と、ん? という不思議を浮かべる由利亜先輩に見つめられ、事情を話し始めた。
「由利亜先輩の体の異常を見つけるために、検査を受けていただきます。ついでに、先輩にも軽く」
「ついでに軽く検査を受けさせられるのはいいけど、なんで今日、しかもこんな朝にいうの」
俺の発言を軽く受けたうえで、当然の質問が飛んできた。
「おととい、兄にお願いしておいたことの結果が昨日来まして。ただお二方、寝てらっしゃったものですから」
あまりにも急なことをいっている自覚があるので、かしこまり過ぎて丁寧口調が暴走している。
その部分には触れず、
「でも、明日からテストだよ?」
「昨日までもテストでしたけどね」
「これからのテストの方が成績的には重要でしょ」
ふと、
「確か、WAEでいい点取ると、大学の学費タダだったりしませんでしたっけ」
「それは上位者特典だよ。私みたいな平凡な順位はそんなもの受けられません」
「同じく」
平凡って……と思ったが、いくら学内順位が高かろうと、上には上がいる。
あの兄でさえ確か100位圏内がせいぜいだった。
そんなものかと受け止める。
「ともかく。テストは明日からなので、今日はまだ大丈夫ということです。そのままの格好でいいので行きましょう。学校には俺が説明しておきますので」
正確には、兄が俺の代わりに今日は三人休む旨を伝えてあるのだが、細かくいう必要はないだろう。
「私たち太一くんみたいに勉強しなくても点数が取れるってわけじゃないんだけど?」
あと1日でも勉強しておかないと不安。
その気持ちはよくわかる。
ただ、そんな言葉は今の俺には響かない。なぜなら。
「俺だってここ最近学校行ってなくて全く授業について行けてないんで。もうそんなこと、自分のことも他人のことも考える気はありません」
「最悪じゃん」
先輩の冷たい目に若干目を逸らす。
「いやマジで時間ないんですって。一週間とか圧倒位うまなんですよ?」
テスト期間中なにもしなかったら残り時間が驚きの2日になってしまう。
今回ばかりは学校のテストのことは諦めてもらう。
それしか俺に手を尽くす方法はない。
現状でも頭を抱えているのに、2日でどうにかしろとか言われたら、もうアメリカ行ってアメリカでもなにもできなかったねという現状把握戦法にでるしかなくなるかもしれない。
そっちの方が楽っちゃ楽かもしれないが、諸々の手続きが諸々こちらに降って来る可能性がある。
まあその辺はあの男に丸投げすればいいのだが、それをやるとまたなにさせられるかわからない。
だから、というか、とにかく。
問題はさっさと解決するに限る。
限り過ぎて前しか見えない。
「ところで太一君」
「なんでしょう、先輩」
「私からもちょっと、話したいことがあるんだけど」
先輩は笑顔だった。
その笑顔がなにを意味しているのか、全く予想できなくて。
「来週でも、いいですか?」
先送り、しようとして、
「だーめっ!」
問題の上に、問題が積もる。
積もって積もって、そろそろ、逃げられなくなりそうだった。
「その話、私も聞いていいの?」
「んー、いいよ。すぐわかると思うし」
「ちょっとお二人、その話はとりあえず今日の夜にしてください」
そう言って俺は二人に私服に着替えてもらうよう部屋へ促して、自分も寝巻きから着替えようと部屋に入った。
『太一くん! 今日は何色がいいと思う?』
「好きなのでいいと思います」
なにの色かを聞くほど、俺の元気は朝っぱらから残ってなかった。




