秘密を一つ、明かしましょう。
「由利亜のことなんて小学生の時から見てないの。そんな人間に言えることがあると思う?」
ダメな大人が恐ろしいほど上からだった。
「そもそも、あの場に呼ばれた理由もよくわかってなくて、ずっと手持ち無沙汰だったわ」
ダメの次元はもうとっくに超えて、過ぎ去っていたらしい
「でも、聴きたいことはなんとなくわかる。『旅行』でしょ」
俺はうなづくこともなく、ただ見つめていた。
別段話を促すという意図もなく。
だからこれはただ垂れ流されるラジオのような感覚だった。
会話というよりは報告に近い。
「そう、確かにあれは旅行だった。正造さんの仕事がもっと忙しくなる、そういう話があってね」
それまでの正造氏の仕事量も、相当だったという。
社長や取締役などという会社の一番上の人間に、休みなどというものは存在しないのだろう。
常に仕事。
なにをやるにしても仕事が第一。
それは個人事業主だった兄を見ていればなんとなくわかる。
まああの兄が忙しかったのは、あの兄だったからだったとも思うが。
忙しくしようと思えばどれだけでも忙しくできる。
それが社長というポジションなのだろう。
「事業拡大、吸収合併、交渉とか会議とか、そういうあれこれがあって正造さんはどんどん仕事にのめり込んでた」
そんな時突然、『旅行』の話が持ち上がった。
*:*:*
お金持ち、というのは、意外とオカルトにハマる傾向があるのだという。
国のトップに立つ人間も、会社の社長さんも、なぜか占い師という存在に行き着くのだとか。
もちろんみんながみんなそうということはないだろう。
だが、どうもどうやら、そういうことだったのだそうだ。
「年内の今の時期はなにをしても危ない。少し休みを入れて、そうですね、国内旅行なんかに行くといい風が吹きますよ」
どこの誰ということもなく、そんなことがあったらしい。
「その日帰ってきた正造さんは、明後日から一週間ほど家族旅行に行こうとか言ってた」
九州の、どこだったかな……。
口籠ると、思案して、
「記憶がぼやけてて」
忘れた言い訳にしては言葉が曖昧だった。
俺にとって、言った場所自体に大きな価値はない。
そこでなにがあったのか、そこが重要だったから、気にしないことにした。
「とにかく、九州の方に三人で行った。そこで、たしか、黒いレースのベールで顔を隠してる怪しい女にあった」
怪しい……。
「あったというか、正造さんが紹介された占い師だったらしいんだけど」
言い方悪すぎるだろ。
占い師ならその風貌にも納得だと、俺は思う。
「その占い師にあってから、由利亜がなんとなく、変わったのよ」
そして、報告は突然急転直下する。
「占い師の女が由利亜を見て、『少し、危ないね』って。それから由利亜が違くて、なんだかわからないけど、別物になった」
それはあまりにも模糊としていて、到底聞き流すことはできなかった。
だが。
「帰ってからも由利亜はずっと違うままで、今も、あの時のまま」
俺は、この言葉たちから得たものを、言葉にして返すことができなかった。
はっきりと、言えることは確かにある。
だけれど、それは今この場で声にしても意味のないもので、そして、これがどうにもならない言葉であることはよく理解できた。
「ねえ、わかる? 昔のあの子を知らないあなたに、今のあの子がどう違うのか、わかる?」
そんな問いに、返せる言葉は持ち合わせている訳もなく。
「それに言われたの。『高校卒業できるといいね』小学校に通い始めてすぐの子供にそんなこというのおかしいでしょ? だから、病院で調べてもらって、でもなにもなくて、でも不安で……」
その不安から、逃げた。
やり場のない思い、というやつかもしれない。
そうして、そのやり場のない思いを抱えて、両親が不和を起こす。
負の循環。
でも、やっぱり。
心の中で呟き、席を立つ。
「もう、いいの?」
「はい。ありがとうございました。それじゃあ」
それだけいって立ち去ろうとする俺を、
「ちょっと、何かないの?」
呼び止めた。
何も無い。そう返すのは容易かった。
しかしそれは嘘で、言いたいことはいくらでもあった。
「御牧さんとはお付き合いされてるんですか?」
でも、そのどれもが言ったところでなににもならないことで、だから、俺は別に思ってもいないことを口走る。
「そんなわけないでしょ」
帰ってきた言葉を背に、「それじゃあ」と、今度こそその場を後にした。
我ながら呼び出しておいて、失礼極まりない態度だった。
でも口を開いたら最後、言いたいことを全部言ってしまいそうだったから、苦渋の決断だった。
あー、口が重い。




