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ほんの些細な約束も。



「昨日は熱くなってしまってすまなかった。落ち着いて話がしたいと思っていたところなんだ」

「お時間いただいてありがとうございます。まあ、可愛いお孫さんのことですから、気持ちはわかりませんが熱くなるのは仕方ないかと」

「君はなんというか、大人だな」

 言い方に迷いを感じる言葉に、俺は笑えない。

「そんなことありません。バリバリの子供です」

 由利亜先輩のお祖父さんはふっと鼻で笑い、お祖母さんはニコリともしない。

 電話をかけたら呼び出され、やってきたのはつい数日前に正造氏に連れてこられ、コソコソと盗み聞きをした中華料理屋。

 中華料亭、という方がしっくりくるかもしれない。

「山野太一くんと言ったね、太一君と呼ばせてもらうがいいかね」

「お好きなように読んでください。苗字だと兄と被りますから」

「はは、ありがとう。太一君はこういうお店にはよくくるのかな?」

「いえ、最近はもっぱら由利亜先輩の料理で腹を満たしてます。知ってます? 由利亜先輩の料理、プロに見劣りしませんよ」

 俺は由利亜先輩の料理と比べながら、個々の料理を食べることになる。そして、家に帰りたくなる。

 そんな悲しみを抱えながら、飯屋に行く理由がわからない。いや、たまにすごいジャンキーなもの食べたくなるけど、それも作ってくれちゃうからなぁ。

「そんなにか? ぜひ食べてみたいな」

「今度お願いしてみることですね」

 絶賛不仲の祖父母と孫、なかなかできないことだろうというのは承知の発言。

「そうだな。そうしてみよう」

 『失礼致します』

 扉の外からの声に、お祖父さんが答え、戸が開く。

 注文していた料理が届き、それぞれの前に並べられ店員が出ていくと、各々箸を取った。

「さあ、好きなだけ食べてくれ。足りなければ追加してもいいからね」

 机に置かれた料理を見て、どれほど育ち盛りの高校一年生といえど、「まだ食えるな」となることはなく。

 これ全部食って追加注文するやつは、相撲取りか3日飯を我慢してたやつくらいだろうと確信する。

「いただきます」

 手を合わせて料理に箸をつける。

 他愛もない話をしながら食べすすめ、食事が終わるとお祖父さんは居住まいを正した。

 それまで、お祖母さんが言葉を発することは、一度たりともなかった。




*:*:*


 ここ最近、オカルト話ばかりで疲れていた。

 先輩の病気から始まり、本能寺で死ねなかった信長とかいう謎のぞんざいとも遭遇し、当たり前のように疲労はマックスを超えていた。

 体はもちろん脳も疲弊し切っていて、寝ても寝足りないなんて当たり前。

 それでもなんとか生きていられるのは、由利亜先輩の作ってくれる料理が理由だろう。

 美味しく、かつ栄養まで考慮され、テストが近いにもかかわらず、今日も台所に立っていた。

 前日の夜。

 一悶着あって、一息ついて。

 寝たのは一時を目前にした時間だった。

 奇跡的なレベルで起きていた由利亜先輩は、朝もはようから学力試験に向かっていった。

 そういえば先輩が帰ってきていなかったけれど、まあ、あの人はちょくちょくいないので気にするだけ無駄かもしれない。とはいえ、もう普通の人なので、少しは気にかけた方がいいのも事実で、でも今先輩のことを気にしている余裕はなかったり。

 俺も俺で、色々と大変なのだった。

「テストどうでした?」

「んー、どうだったんだろう?」

 菜箸を華麗に操りながら、由利亜先輩は唸る。

「大問三つを1日かけて解くなんて、初めての形式だったからちょっとどうなんだろうって、自分でも出来がわからないや」

 そんなもんかと聞き流し、

「明日はどうしますか? 俺はちょっと行くところができたんですが」

「行くところ?」

 火を止めて、こちらを向く。

 菜箸を掲げられ、「?」と小首をかしげる。

「今日はお祖父さん方に話を聞きましたので、明日はお母様にお話を伺おうと思って。もう今日のうちにアポも取ったので」

「そうだったんだ。なんかごめんね、私のせいで」

「いやいや、由利亜先輩はなにも悪くないですから。悪いのはむしろ、うちの兄ですね。全体で関わっておきながら手をこまねいていたあいつが諸悪の根源と言ってもいいでしょう」

「人の家の問題に、あえて首を突っ込まなかっただけだと思うよ」

「ここまでこじれる前に、ひと声かけるくらいはできたはずです。それでも過干渉というなら、今回の仲介役は引き受けないでしょう」

 嬉々として司会進行を引き受けていたあの男だ。

 割とマジで悪ふざけ程度に思っている可能性さえある。

 フライパンに向き直り、火をつけると、

「ところで、約束、忘れてない?」

「約束?」

「そう。ついこの前、二人きりの時にした、約束」

 ん? と首を捻り。

 何かあったかなと考える。

『これから二人きりの時は、私のこと、呼び捨てにして』

 あー、あったなあ……。

「もちろん、お、覚えてますよ」

「じゃあ、さっき呼んだ分、言い直して」

「い、言い直し?」

 背を向けている由利亜先輩の表情を伺うことはできないけれど、どうも笑ってはいなさそうだ。

「約束、守ってくれるよね?」

「え、あ、も、もちろん」

「じゃあ、ほら、ね?」

 言いにくいなぁ……。

 こうまで詰め寄られると、ただ名前呼ぶだけなのに。

「えーと、ゆ、ゆr───」

 俺の一抹の覚悟の末の一言を、発するそのちょうど刹那。

 ばっちり噛み合うそのタイミング。

 ガチャリとあいた扉から入ってきたのは、

「ただいま〜」

 なんか、大荷物を抱えた先輩だった。

「今日から本格的に、お世話になるね。太一君」

 ニコッとできたエクボに吸い込まれる視線を無理やり外し、

「本格的に……?」

 どういうことだってばよ?

 首を傾げて、

「どういうことだってばよ?」

 思ったことをいうほかなかった。



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