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可愛いに、浮気は存在しませんよ?


 新しくできたばかりのショッピングモールには、平日の昼間とは思えない人の群れがあった。

 日差しを浴びても暑く感じることのない季節とは言え、これだけ人が密集するとそれなりに暑く、湿気と人口密度の関係は疑いの余地もない。

 微かに滲み出る汗を感じ、手に持ったペットボトルに口をつけると一息ついた。

「たいち君人混み苦手?」

 となりで覗き込むように聞いてくる里奈さん。

 その表情には心配してくれてはいるものの、新しいショッピングモールを楽しむ女子の笑顔が見て取れた。

「苦手ってほどじゃないけどね、そもそも人の多い所行かないからなぁ」

「ユリア先輩とか長谷川先輩とはこういうところに遊びには来ないの?」

「あの二人と一緒にこういうところに来ると、大体喧嘩するから……」

 新しくできたばかりのショッピングモールを出禁になるのは嫌なので、一昨日は普段行き慣れたショッピングセンターへ行っていたし。と、真実で事実を上書きする。

 あの疲労感とはさよならしたい。

 今日くらい、楽しんだって、いいじゃないか。

「あー……」

 あの二人の争いを思い浮かべているであろう里奈さん。

 喧嘩の理由は置いておいても、喧嘩の仕方が醜いのだった。

「相手の長所を短所に変える逆張り暴言の数々ときたら、それはもう、耳に届いてしまった人たちが胸を押さえて蹲るほどで……」

「あの美人2人がお互いをブスと貶しあっていたあの喧嘩から、もう半年なんだね……」

 里奈さんには一番最初の喧嘩を見られている。

 だから、どんな内容なのかはよくわかるだろう。

 しかもあの人たち学校でも頻繁に言い争うしな。

「何かやっていると野次馬に来た人たちが、心に傷を負う姿を俺はもう見たくない」

「いや、あの2人と出かけない理由は、どっちと出かけてもどっちかに角が立つからでしょ?」

 目を逸らしてその指摘を聞き流すと、

「でも本当に人混みが苦手ってことはないよ。苦手になる程来てないから」

「それは、苦手なのかわからないだけじゃないかな?」

 人混みに揉まれながらも目的(里奈さん推薦)の服屋に到着。

 薄暗い照明のおかげで騒がしいということはないが、それでもかなりの人が商品を吟味していた。

 とはいえ、ここまできて人が多いから「帰るか」と、言えるほど美少女とのデートを大事に出来ない男ではない。

 俺はこの穏やかなやりとりを待ち望んでいたのだ。

 そりゃあ、なんか告白されてマゴマゴしちゃって有耶無耶にしちゃったけど?

 俺だってお年頃な男の子ですよ。

 かわいい女友達に好きだって言われて、一緒に買い物に来たりとかしたいわけじゃん?

 なんかいっつもS級美女先輩が家にいて、性格がすごく残念だから盲目的になっていたけど、そうだよ。

 高校生ってこういう風に遊ぶんだよな!!

 俺が1人でテンションアゲアゲな脳天気バカ丸出しの思考をしていても、里奈さんは結構真剣に服を選んでくれていて、

「これとかどう? あ、でもこの色もいいなぁ…… とりあえず試着してみて?」

 カゴいっぱいに詰め込まれた服を俺に渡し、カゴをもう一つ用意する。

「ちょっと待って」

 そうだ、この人もこの人で結構癖強めなんだよね。

 でも許されるよね、うん、だっていい子だし、可愛いし、面倒見いいし可愛いし。

 だから今まで暴走しても止めてもらえなかったのかな?

「試着、3着までだから。落ち着こう」

「あ、うん。ごめん」

 しょぼんとする里奈さんもまた可愛い。

 うん、もう可愛いから許そう。

 俺は可愛いの奴隷だ。

「じゃ、じゃあこれとこれ、試着してみて?」

 そういってカゴの中を漁ると、ズボンとパーカーを一種類ずつ取り出して渡してくれる。

「わかった。ありがとう」

「えへへ、どういたしまして」

 ちょっと照れ臭そうにするその顔が、また、一段と可愛い。

 こんな子に告白されたんだなぁ、受けときゃよかったかなぁ……。

 過去の栄光に縋るヘタレこと俺は、若干背中を丸めながら試着室に向かったのだった。

 里奈さんは他の服を片付け始めて、他のものを選び始めた。

 どんだけ買わせる気なのだろうか?



:*:*:



 屋上から人を突き落とした感触というのは、忘れようと思って忘れられるものではない。

 だからこれまで忘れようなどとは一度たりとも思ったことはなかった。

 忘れたいなんて、思ったこともなかった。

 でも、それでも俺はその記憶を奥深いところにしまって生活していた。

 そうしないと、頭の中で延々とその映像が流れ続けるから。

 彼女が地面に向かって進んでいく姿を、ただ眺めていた自分を俯瞰している、あの映像を。

 

 首筋にヒヤリとした感触を受けて我にかえる。

「お待たせ」

 里奈さんはニコッと笑って、手に持ったプラスチックカップを俺の方に差し出してくる。

 お手洗い、と言われてベンチに腰掛けて待っていた俺は、そのカップを受け取る。

「ありがと、いくら?」

「どういたしまして。お金はいいよ、飲みたいの迷っちゃって、一番小さいやつ2種類買ってきちゃっただけだから」

 たまにやっちゃうんだよね〜 とかなんとか、

「いやでもほら、せっかくバイトして稼いだお金でしょ? 俺も飲むから、半分出させて?」

 ここまで浮かれ飛ばしている俺だが、流石に自分が奢るより先に奢られるのは気が引けた。

 そして、奢るのも奢るでなんかデカイ顔してるみたいで気がひけるので、やっぱ割り勘は正義だと思う。

 そんなことを思いながら、

「ほらほら、これ、一番小さくても400円くらいはするでしょ? 400円を今俺から受とれば、まと今度もう一回飲めるよ」

「いやそれ結局プラマイゼロじゃんか! 私のことどれくらいの食いしん坊だと思ってる?!」

「んー、少なくとも、ここで二種類で我慢できる人じゃないとは思ってる」

 里奈さんの持っていたそのドリンク屋のパンフレットには、大きな『限定三種類』の文字が踊っていた。

「わかってるじゃん!!」

 俺はぷんぽこという効果音が似合いそうな里奈さんに500円を差し出した。

「そして次はこの一番気になってる味のやつを通常サイズで飲みたいと思ってる」

「わかってるじゃん!! じゃあもらっとこうかな!!」

 はしっと俺の手から小銭を取ると、照れ隠しか、ストローを勢いよく吸った。

「おいし」

 横顔に見惚れながら、俺は思う。

 こういう彼女、欲しいなぁ〜

「あの、たいち君、お金、ありがとう。あとね、そっちと交換、しよ?」

 小首を傾げるその動きに合わせて流れる髪の毛を目で追うことで平常心を保ち、可愛いの濁流からどうにか逃れると、俺の目は意識していなかった今日の里奈さんの服装に向く。

 この間のパンツスタイルとは違い、今日はスカート。

 透け感のある白のロングスカートと、花柄のトップスにオレンジのカーディガンという秋らしい色合い。

 なんとなく、里奈さんっぽくないなと感じた。

 いや、めっちゃ似合ってるし撃滅に可愛いから俺の主観とかクソほどどうでもいいんだが。

「たいち君?」

 そんな風に心頭滅却のために服装チェックしていると、不自然な間が。

「あ、うん交換ね。はいどうぞ」

 俺は慌ててまだ口をつけていない、受け取っていた方を里奈さんに渡して、里奈さんの飲んでいた方を受け取る。

 そしてそれをそのまま飲んだ。

 飲んでしまった。

 ちょっと焦っていたとか、変に意識してるのがバレないようにしててテンパったとか、そういう色々を込みでも、

「アッ!」

「あっ」

 もう少し、気にしてもよかったかもしれない。

「す、ストロー、交換しよう、と、思った、けど、いい……いっか……」

 耳まで真っ赤にした里奈さんを、横目に見る。

 湯気出して赤くなってる里奈さん(激レア)がそこにはいた。

 

 ふっ……グッジョブ、俺。


「お楽しみ中ですか? いっちゃん先輩?」

 世界最高峰に浮かれ飛ばしていた俺は、その声だけで、記憶の中の地獄へと落ちたのだった。


「お久しぶりです! 浮気は許しませよ??」 



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