重なって、積み重なって、見えなくなって。
「ちょっと先輩!!」
後ろから聞こえてくる幻聴を聞き流しながら、俺は里奈さん宅への道をひたすらに歩いていた。
里奈さんはその幻聴の元に目を向けて、そらして、と俺に手を引かれながらそんなことを繰り返している。
道が本当にこっちであっているのか、若干怪しい。
「今の先輩の彼女はその人なんですか?」
幻聴に反応する人間は当然、やばいやつ扱いを受ける。
だから俺はただその耳に入ってきているような気がする物音を何事もなかったように受け流しているのだが、当たり前のように食いつく人間もこの場にはいたりして───
「たいち君彼女いたの?!」
そしてその反応を受けてほくそ笑む、中学の時の後輩にして、中学の時の俺の最大の黒歴史を振り返った。
そして、
「はぁあああああ」
でっっっっっっっかくため息を吐いて唾を吐き捨てて。
やはり無視して里奈さん宅を目指した。
「先輩!!!!」
その声もやはり、幻聴だったと思う。
「たいち君の彼女ってどんな人だったの?!!」
この人本当にすごいな。
*:*:*
「ところで先輩」
当たり前のように横に並んだ埜菊の呼びかけに、俺はなおも答えない。
が、ここまできてそんなことを気にするような奴ではない。
「本当に私の研究手伝ってくれないんですか?」
研究? と首を傾げる里奈さんを横目に見て、俺は鼻で笑ってみせた。
「この際、どうして山野先輩が私の研究のことを知ってるのかとか、そんなことは聞きませんけど、手伝ってくれない理由は聞いても良いでしょ?」
俺がこいつの研究のことを知っているのは、もちろん先輩に聞いたからだ。
それより以前に、兄からちらっと聞いたような気もしなくもないが、そっちは残念なことに記憶になかったのでノーカン。
そして、手伝わない理由。
そんなものはとても簡単なものだ。
「だって、お前の研究所、アメリカじゃん」
こうして俺はようやく埜菊相手に口を開いた。
できる限り無視していようと思ったが、里奈さんの手前家に帰って締め出して寝るという秘技も使えそうにない。
それに、家に連れて帰って明日試験を受ける先輩たちに迷惑をかけるのも忍びない。し、余計なこと吹き込まれたらたまったものではない。
だからこの辺で話を終わらせて、さっさと帰ってもらおう。そういうことにしたのだった。
「じゃ、じゃあ日本から通話だけの参加でもいいので!」
「やだよ、面倒くさいし」
「理由の9割が絶対にそっちじゃん!!」
「おい、先輩への口の聞き方がなってないな?」
「ひッ!! ごめんなさいごめんなさい!! 三周回って全裸で謝りますから!!」
「それはお前が脱ぎたいだけだろ、変態が!!!」
そんなやりとりはかなりな音量で行われ、里奈さんは当然のようにドン引きだった。
「たいち君……女の子のこと脱がしたりしたらだめだよ……」
「大いなる勘違いが生まれてるな!?」
そしてその誤解を解くのに時間を使っている間に里奈さん宅にたどり着いた。
辿り着いたはいいものの、誤解は全く解けず、重ねられていく、
「先輩は中学の時校内の女子全員を全裸にしてます」
「実は図書館の本全部燃やしてました」
「体育館の裏とかぶっ壊してましたね」
などなど。
ないことないこと吹き込んだこと。
「自分のやったことをなかったことにしようなんて何考えてるんですか?」
「いや明らかに嘘混じってるだろ」
埜菊は笑ってこういった。
「ふふふ。まあまあ」
頭の中身、空っぽだろこいつ。
ていうか俺たちは人様の家の前で何やってるんだ。
「何はともあれ、里奈さん、じゃあまた」
話を打ち切りそんな感じで別れようとすると、訝しがるように里奈さんが睨んでくる。
うん。
わかる。
俺の隣のやつ、いつまでいるんだろうっていう疑問はすごくわかるけど、それは俺にはわからないことだからね?
というような感情を込めて首を傾げて、
「じゃ、じゃあ、ね?」
猫の手見たいに中途半端な手をあげて、再度いう。
今度は渋顔を作り、睨んでくる里奈さん。
どないせえっちゅうねん。
まあいいや。このまま突っ立っててもしょうがない。
振り返って、来た道を帰ろうと、「また学校で」と一歩を踏み出すその時に。
「おかえり〜 あれ何男の子? 彼氏? あがってって上がってって!!!」
ガチャリと開いた玄関から出て来たのは、
「お母さんうるさい! もう夜なんだよ!!」
娘とためを張るくらいにはモテそうな美貌の、
「三好紗奈です! 初めまして、山野太一くん!」
俺の母親とためを張るくらい面倒くさそうな、
「もううるさいってば!」
専業主婦のお母さんだった。




