彼の偉業は目に見えない。
日付というものは面白いもので、寝て起きるといつの間にか変わっている。
それを当然のように受け入れて、何事もないかのようにいつも通りという名の毎日を送る世間一般が、妙によってはどれだけ滑稽かを考えるとなんともいえない気持ちになる。
そして、そんなくだらないことでいちいち感情を動かしている自分にはなんとなく残念な気持ちになる。
誰一人、自分の生きている毎日を滑稽だなどと思っている人間はいないだろう。
一人一人、それなりに一生懸命に生きているのだ、文字通り。
それを例に挙げてみて、バカバカしいだなどと思う自分の品性のなさを嘆くこともなく、俺はただ、「どうもおかしいよなぁ」などと世間の自分への認識の過剰さに首を傾げていたりする。
定期テストが終わり、WAEが目の前に迫る10月下旬。
正確には、10月28日月曜日。
昨日1日連れ回されて、買い物させられて、家に帰ってからも開封式で、寝たのは夜の2時を回る頃だった。由利亜先輩はほぼ寝てる状態で、それでもテンションだけは爆上げで、それを煽るように先輩がノリノリだった。
お陰で、俺は完全に寝不足だった。
いや、当の二人も絶対に寝不足であろうはずだ。しかし、2年生はどういう理由でか本日休みで、この睡魔に耐えながら学校に赴いているのは俺一人なのだったりして。
とぼとぼと、毎日の、というほど周りに比べて登校していないけれど、それでもあえて、毎日の、通学路を歩く。
普段かしましく囃し立ててくれる二人はおらず、駅を過ぎると同じ制服を着た学友たちと通学路を共にする。
たぶん学校がなければ閑静な住宅街だっただろう街の路地をそれなりの人数で突き進む光景は、なかなかにシュールだろう。
しかも割とな人数がほとんど足だけをみて前に進んでいく。
話し合うような、そんな空気感では全くない。
普段は、この静けさの中にあの二人、いや、里奈さんとかが加わると3人だったり4人だったりするけれど、その人数でのおしゃべりが響くわけだ。
改めてあの人たちの胆力に驚かされるな。
「おはよう、山野くん」
こんな空気で口なんて開けませんよね〜
なんて思っていたら、肩を叩かれ挨拶をされた。
振り返るまでもなく、さらっと横に並んで歩く弓削さんに「あ、ぁあうん」とコミュ障全開で喉を詰まらせると、右手側に里奈さんが現れる。
「おはよ〜」
「おはよ、二人とも今日なんか早くない?」
俺の言葉にポカンとする二人。
はぁ…とため息を吐くと、里奈さんがスマホを見せてくる。
「ふむふむ」
そこに映し出されたメールの文面はこうだった。
「桜の森高等学校一学年各位
明日はWAEを行います。
9時から21時までの試験時間内の使い方は自由ですが、8時半前には学校にいるようにお願いいたします。
必要なものは学校側が用意しますので持ち物は不要ですが、スマホ、タブレット、その他ネットに繋がる機器の持ち込みも可能となっています。ご確認の上持参してください。
2年、3年休校という形となり、1日おきに試験を行なっていきます。
以上。
頑張ってください。」
「あ、間近だとは思ってたけど、今日だったのか」
「里奈ちゃん、やっぱこの人やめといたほうがいいんじゃないかな……?」
「土曜に私の番協見てくれた時に私教えたのに……」
ガクと項垂れる里奈さん。
たかがテストの日程忘れただけで、こんなに落ち込まれる日が来るとわ。
呆れを通り越して蔑む目で見てくる弓削さんに、俺はいう言葉がなかった。
なかったから話を進めることにした。
「それで、二人はテスト勉強してきたの?」
テスト、と一括りにしていいのかわからないけれど、と心の中で訂正を入れる。
「何するのか全く分からないから私は全く」
と里奈さん。
「私も、普段通りの勉強はしてるけどそれ以上のことは全く」
と弓削さん。
里奈さんの「全く」が本当に心配で、弓削さんの「全く」が安心感あるのは、やっぱ俺の偏見なのだろうか。
「まあそうだよねぇ」
かくいう俺も、昨日は遊びに連れ回されていた。
あの先輩二人も、今日も大して何もしないだろうからWARに関しては基本勉強せずに挑むことになるものなのだろう。
その年ごとに試験の内容も、行われ方も変わるというから、対策のしようなどありはしないのだ。
「まあ全員、それなりに頑張ろうね」
「うん。太一君は本気で受けるの?」
……?
「俺はいつでも全力全開、100%、だぜ?」
「そういうのいいから」
もう本当に、日を追うごとに俺のあしらい方が雑になっていく弓削さんに、俺は口を閉ざすしかなかった。
そして結果から話すと、俺のWAEの結果は、なんと驚き。
未出席扱い
白紙、0点だった。




