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200回 一人、二人、三人……。



 死にたい人間は死ねば良いと思っている。

 そんなことを言えばずいぶんと過激な人間な様に見えるかもしれないけれど、実際は別にそこまで過激なことを思っているわけではなく。

「まあ、そんなに死にたいのならば死んでみても良いんじゃないですか?」

 くらいの軽いノリだったりする。

 何度も言うように、俺は一度たりとも死にたいと思ったことがないから、死にたいと思う、そこまで思い詰める人間の気持ちがわからないのだ。

 確かに俺もたまに、ごくまれに、具体的に言えば、家に帰ったら絶対由利亜先輩に怒られるだろうなと言うときには、「帰りたくない。この世からいなくなりたい」程度のことを思ったりはするけれど、しかしそんなことを思ったところで俺はちゃっかり家に帰って敬遠しているようなフリをしていた同居人のご飯を食べて、それはそれとして小言みたいな説教を一時間くらいされて、最後には「だから私にすれば良いってずっと言ってるのに」なんていう苦笑い必至のお言葉をもらって風呂場に退散する。

 そんなある意味ではここ最近の日常を、俺はだから抜け出したいと思ったことが一度もないのだ。

 でもしかし、俺のことは横に置いて。

 そこに一人、死にたいという人間がいた。

 その場にいた数人の大人たちは、その人物の目外をかなえようと必死だったようだった。

 だから当然俺もその願いというものをかなえる手助けをしてあげたかった。

 いや、してあげたいなんていう能動的なことは能登で行われる砂金集めで小さな子供が間違えて見つけるガラスのかけらほども思っていなかったが、それでも、「さっさと帰りたい。帰って三好さんの試験対策をしないといけない」というなぜ乾いてしまった使命感を持って、俺は一つの方法を提示するに至った。

 織田信長は生きている。

 それは弓削さんからのお墨付きだ。

 だから俺の目の前にいた人物は確かに織田信長で、つい数分前に塵になって消えたあの男はそこに確かに姿を持っていた。

 刀を差さず、洋装に身を包み、現代と変わらぬ口調で喋り、しかし現代人ではあり得ない身のこなしをするその人物は、一般人である俺から見てもみるからに全うではなかった。

 だから俺は「この人はこの時代にイチャいけない人間だ」とも思った。

 時代を変える人間は、今の時代にはいらないのだ。

 江戸、明治、大正昭和と生きてきた人間には、あまり刺激のない時代だっただろう。

 俺たち現代人にはそれで十分だったけれど、あの手の人間には好まれない世界だったかもしれない。

 いや、これは俺の妄想だ。

 振る舞いやあり方を見る限り、時代に退屈という素振りはなかった。むしろ満喫していたようにさえ見えた。

 だから風に乗って消えると直前も、大して不満の色は見えなかった。

 人は死ぬ。

 理から外れようと、人間で有る限り死ねるのだ。

 生き物なのだから、それは当然で、絶対だ。

 まあ時代を超えて粋すぎた亡霊を「生き物」と評して良いかは審議の必要があるかもしれないけれど、生きる死ぬの概念があるのなら、そこは世界だ。

 死ぬ人間に少し苦労してもらって、この世界から姿形を消してもらったというわけだった。

 見るに堪えない映像の描写がなかなかに酷だったので、里奈さんには斉藤さんを見ていてもらい、一日が終わる前には二人並んで俺の家に向かって歩くことが出来ていた。



*:*:*:*



「急に電話してきて、『今日うちに里奈さん泊まるんで、里奈さんちに電話して許可もらっておいてもらっても良いですか?』って、どういうこと?」

 夜は二三時を回り、既に四十の瞬間を迎えようとしていた。

 そんな中、俺はいつも通りリビングの定位置でちっちゃい先輩にお説教をされていた。

「百歩譲って泊まるはわかるよ? 私たちだっているからね、うん、まあ勉強が行き詰まっちゃったのかなって思うよ? でもさ、ねえ覚えてる? 明日は私と一緒に買い物行くって言ってたよね?」

「……はい。」

「あ、あの、ユリア先輩。たいち君は悪くないんです。今日はちょっとその、色々あって、それで勉強が進まなかったから明日も見てくれるって話になって……」

 里奈さんの説明に由利亜先輩はうんうん首を縦に振る。

「わかってる。太一くんは大体何かしてから渡井との約束を破るから。それはわかってる。そのいろいろってやつが言えないことなことも、何か凄く大変だったことも、私はわかってる。でも、だからこそ、太一くんは明日私と遊ぶべきなんだよ」

「…………」

 なんだこの人、俺と遊ぶことに必死すぎじゃないか?

 由利亜先輩の強引さに若干引いていたら、

「私も明日はゆっくり休むために遊んできた方が良いと思うけど? 三好ちゃんの勉強は私が見るよ」

 なぜか先輩まで部屋から顔を出してそんなことを言ってきた。

「どうでも良いけど服着てください。インナーだけで過ごして良いのは俺のいない時だけって言われてたじゃないですか」

「たいち君見過ぎ」

「いや見てない。俺が見てたのは先輩の脚」

「脚なんて見えないじゃん」

「いやいや、磨りガラス越しでもあの脚線美は見逃せないでしょ」

「「おい変態」」

 横と前からにじり寄られて体をすすすと少しずらす。

「とにかく。明日は太一君は一日休養だからね。由利亜も太一君に無理言わないでよ」

 そう断定されてしまうなんとなく断ると言うことも出来ず、

「は、はあ……、まあわかりましたけど」

 なんて適当に返してしまうのが俺の弱さだと思う。

「無理なんていつも言ってません」

「ところで、明日は勝負の日なんだからさっさと寝た方が良いんじゃないの?」

「勝負とか意味わかんないし! 余計なこと言わなくて良いから!」

 そう言いつつも招かれるように部屋に入っていく由利亜先輩。

 この二人、いつの間にこんなに仲良くなったのだろうか?

 いや、もう半年も一緒に過ごしているのだから仲良くなるのは当然なのか?

「おやすみ!」

 先輩との口論の勢いのあるお休みは容姿に相まって怒った子供の放ったもののようだった。

 対照的に、

「お休み~」

 そんな風に発せられた先輩ののんびりなおやすみは、大人の魅力を思わせるものだった。

「おやすみなさい」

 布団が三枚置かれているはずの部屋の戸が閉められ、俺は扉に向かって挨拶した。

「お腹減らない?」

 里奈さんに向けた言葉は彼女の耳を通り抜け、

「……一緒に、お風呂入る?」

「入らない」

 一体何がそれを言わせたのか、俺には全く検討もつかなかった。






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