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話は進まず独り言が続く。



「───そんな感じで、山野太一の中学生活は幕を閉じました。そして、ここまで聞いてもらえばわかると思うんですが」

「その、太一くんの助けた女の子、もしかして……」

「はい。そのもしかしてが起こる、そういうことになりますね」

 川島は真剣な表情のままそう答えた。

 うっすらと疲労をにじませる由利亜は、「またか……」と息を吐く。

 しかしその横で冷めたカフェラテに口をつける真琴は普段通りだった。

 むしろ、知らないことをしれてラッキー程度に笑顔で。

「太一君がそんな感じなのって中学の頃からなの?」

 語り終えた川島に、質問を投げかける。

 つかれなどなく、むしろ興味津々。

 パフェを食べて興味なさげだったのはもはや昔のことだった。

「そうですねぇ、小学校の頃はまだ一樹さんがあいつのことを可愛がっていた時期ですからね。小学校の頃までのあいつはかなりのスポーツ少年だったはずですよ」

「はずです、ってことはその頃のことはよくわかってないんだ?」

 由利亜の推測は正しくない。

 実際は川島は太一と同じ小学校に通っており、6年間を3クラス有るにもかかわらず常に同じクラスで過ごしてきた。

 だからある程度のことは知っている。

 が、確かにスポーツをしている山野太一という存在は、川島恭吾にとっては体育の授業以外では見ないものだった。

 だから、そんな川島が由利亜の質問に首を縦に振ったのも、はっきりと嘘とは言えない。

「あいつがどういうスポーツをやっていたのかとかはなんとなく知ってますけどね、詳しい話は俺もよく知らないんです」

 嘘とは言えない言動の後に、少しとは言えない虚飾を挟む。

 そんな、用意周到な人間のやり口を、真琴も由利亜も見逃さなかったけれど、そこを深く掘り下げることもしなかった。

 嘘だとわかっていれば、それ自体が情報になる。

 知っていて、教えない理由が何かある。

 二人ともそう結論づけて、川島に次の話題を振った。

「それでその女の子、埜菊ひいみさんって、今何をしているの?」

 水を口に運んで一息おくと、川島は口を開いた。

「今はアメリカにいます。アメリカのカリフォルニアで、ある意味では実験動物みたいなことをしています」

「あんまり穏やかな言葉には聞こえないね?」

「ああ、いや、誰かに強制されてとか、誰かの研究のためとかじゃなく、埜菊自身の研究のために埜菊自身が研究対象となって自分自身をを研究道具として実験動物にしているんです」

 真琴の気怠げでいて有無を言わせぬ言葉にも、ただ情報を与えるという淡々とした音声で応え、川島は続ける。

「埜菊、あいつは自分の未来予知っていう力をもっと向上させることで、山野をどうにかひとりぼっちの世界から救おうとしているんです」

 山野太一の中学時代の話を聞いた二人にとって、その「ひとりぼっちの世界」というものは酷く共感できるものだった。

 家に帰れず友達の家を転々とした由利亜にとっても、両親を亡くし身寄りのなくなった真琴にとっても、その世界は恐怖するにはあまりあるものがあった。

「だから俺はあいつのことを止められないですし、止めようとも思っていないんです」

「じゃあ何で、私たちにこの話を?」

 首をかしげる真琴に、川島は笑む。

「だって、鷲崎さんはアメリカ、行くかもしれないですもんね? その時山野の隣にいるのは、あいつを一人にしないこの世界で唯一の人間です。俺はそれでも良いと思っているんですが、でも多分、山野は埜菊を見た瞬間にあいつの努力をなかったモノみたいに超越しますよ。未来予知の能力なんてなくても、世界の行く末を見通せる。それくらいの天才なんです」

「それが私のアメリカ行くのと何が関係あるの? 行かないけど」

「父方の御祖父母がアメリカの日本人学校への転入手続きを進めてますよ。パスポートは一週間前に届いてますね。高校にも既に通達が終わってるって情報も来てます」

「……っな?!」

「え、なになに、アメリカに引っ越すの? ちょっと困るよ? 誰があの家で掃除洗濯料理するのさ」

 唖然としながらも真琴の脳天をグーで叩く由利亜。

「その話、本当?」

「ゴシップ川島の名にかけて、嘘でないことを保証します」

「そんなダサい肩書きにかけられても全く信用できないけど……」

「ださっ……」

 辛辣な年上女性からの一言に、胸を若干痛めながらも、川島は一人話を続ける。

「アメリカから帰ってくる埜菊、アメリカに発とうとしている鷲崎さん。どっちが山野の心をつかめるのか、俺はそこに興味があるんですよ」

「興味?」

「はい。好奇心です。山野太一という一匹の天才がどういう選択をするのか、それって世界規模の大実験会ですから」

「太一君とは、友達じゃないんだね」

 川島は首を横に振る。

「友達ですよ。ただ、研究対象でもあるってだけです」

 そういって立ち上がると、伝票を手に取る。

「じゃあ、話はこれでおしまいです。どんな最後になるのか、楽しみにしてます。お時間いただいてありがとうございました」

「うん、話聞けてたのしかったよ」

「……」

 真琴の大人な対応に少し面食らった川島に、ひたすら睨みつける由利亜の最初とは正反対な態度。

 そんな姿にはこの二人の相性の良さが垣間見えていた。

 全員分の会計を川島が持ち、去って行くのを見送ると、

「イチゴパフェなんてのもあるよ!?」

「まだ食べる気なの?」

 そんな気の抜けた女子高生の会話がテーブルに流れた。




*:*:*




 死なない人間。

 生きたまま、生き続け、生きながらえた先に、死を望む人間。

『死にたい』

 他人のそんな気持ちを理解出来るとは思えなかった。

 中学校の頃、一度、屋上から身を投げようとしている後輩に声をかけたことがあった。

 別にその後輩のことを死なせたくないとか助けたいとか思ったわけではないけれど、たまたま居合わせてしまった手前目の前で死なれるのも寝覚めが悪いなあと、そんな感じで。

 とはいえ話を聞いてもなんと言えば良いのかわからず、「勉強くらいなら教えるよ」と、そんなことを言った記憶がある。

 その時もどれだけ真剣に話を聞いても、死にたがった理由については全く理解が出来なかった。

 それくらいに、俺は生きることに執着しているし、生きていればいつか生きるより楽しいことが見つかると思っている。

 俺はきっとその時まで生きるために生きて、死なないために生きるんだろうと思う。

 生きたい、なんてことも全く思ったことはないけれど。

 記憶がある頃には生きていて、生まれていて、死んでいない。

 人間というのは都合のいい生き物で、物心つく前のことは全く覚えていないのだ。

 それがどういうメカニズムなのかもよく知らないけれど、それが良いことであるとはあまり思えない。

 悪いことだとは思わないけれど、覚えていたら良かったことなんてのはきっとあるだろう。

 閑話休題ということで、一つ、前口上でもしてみようと思う。

 織田信長の死なない呪い。

 山野一樹の天才の呪い。

 望んでそうなったはずの二人は、どうもどうやらその呪いを解くことに躍起になっていたらしい。

 兄はとある黒刀をつかい、天下人もそれを求めてやってきた。

 どれだけ行っても、人は結局人であったと言うことだ。

 欲しいものを手に入れても、周りを敵に囲まれれば逃げたくもなる。

 振りかざした手を、振り下ろされる人間の気持ちをわかってしまう。

 それは力ある者には致命的だ。

 自身の力が何を起こすかを理解してしまうと言うことは、ありのままに力を振るうことが出来なくなる要因の一つだから。

 人は自信の力の本質を理解しない方が良いのだろう。

 核爆弾がどれほどの殺戮兵器であるのかをわかった上で使用するようには、個人の力は振るえない。

 他人の所為に出来ない力は、個人の裁量に余る力は、究極的に使われない。

 そんなこんなで、人ならざるものから与えられた人ならざる力を、人であった二人は自身の身から切り離したがっている。

 しかしそんなことが出来るのかは俺にはわからない。

 部門外である。

 俺はそもそも人間だから。

 由井家から始まる怒濤の出来事にも、結局俺はついて行けないまま連れ回されるハメになった。

 見て聞いて、どれほど頭に入ってきても、理解出来ないのだからどうしようもない。

 

 何しろ相手は天才と化け物。


 だから俺は一人ため息をついて、

『帰ったらおいしいご飯が待ってる』

 心のなかで呪文の様に唱える。




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