195回 あー、うん、なるほどー。
どんな生き方をしていてもきっと、人には言えない秘密というものは大なり小なり持つことになる。
その秘密を知った人間が何を思うことでもないようなモノでも、人は秘密にして自身の中だけで完結させたくなることがあるものだから。
だから大なり小なりとは言うものの、それが大きかろうと小さかろうと問題ではなかったりする。
そもそも秘密を持つことには問題はないのだ。
その秘密が問題でなければ。
しかし俺にはあまり秘めていることは多くない。
秘めていることはないといってもいい。
なにしろ家には二人の居候がおり、俺の生活の8割が監視下にあるのだから。
だから俺の残された人権の2割は風呂やトイレなんかと言った本当に誰も見たがらないような部分だけだったりして。
それだと実際は2割も残されてはいないようにも感じる。1割、有れば良い方なのかもしれない。
とはいえその残された1割だって、別段秘しているわけではない。
友達がいれば連れションにだっていくだろうし、風呂だって大浴場なんかでは一緒に入ることだろう。
そんな友達がいれば、だが。
高校入学以来、友達と言える人物は里奈さん弓削さんユウミナちゃんと女子ばかり。
しかも内二人は中学二年生という恐ろしい事実。
俺はこの半年学校で何をしていたのだろう。全うに過ごしていれば、多少なり話すくらいの人間関係があってしかるべきなのではないだろうか。
まあそんな人間関係が構築できない様に過ごしてきたのは全くその通りだったのだけれど。
ではなぜ今俺が友達だと名前を挙げた人たちが俺と交流があるのか。
それは結局、俺になにか特別なものがあるとか、そんな物語の主人公みたいなことではなくて、結局は持って生まれた兄の人脈のなせるワザなのだった。
殊更大仰に、あの兄のことを語ってみたりしても面白くないので、あの男の不始末と、そういう風にして、今は先のことを考えよう。
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威圧感漂う大人に連れられて、俺と里奈さんが連れてこられた場所は病院だった。
正確には、ついこの間まで先輩が入院していた曰く付きの病院。
先輩が、というよりは、不肖の兄が現在の婚約者を連れて入院しいた事が曰くと言えるかも知れない。
なにしろ先輩が入院していたことを知っても世の中的にはなんの驚きもないから。一般的な普通の女子高生が入院していた一介の病院。そういう風に言えばなにも驚くところなどない普通の病院だから。
「この病院を普通とか思ってる君が一番普通じゃないんだよ」
「実験的超大型介護医療施設、最先端医療科学の粋を尽くして用意された検査施設と並び立つこの病院を、普通と呼称する高校生は単なる無知と言って良いだろう」
御牧正吾と化け物めいた人間がどうやら俺のことを何か言っているらしい。
「それで、ここになんの用があるんですか?」
取りあえず無視して聞いてみると。
「捜し物をしていると君もいっていたろう? 捜し物をしにきたんだよ」
答えたのは白のスーツを着こなし必要以上に優雅な動きをみせる御牧だった。
「そもそも、何を探しているのか聞いても良いですか?」
こんなところに来ていても、俺は未だにそこすら知らないのだ。
ぞろぞろと病院に入っていく一行のなかに自分がいることを考えぬようにして、まだまともに会話になる御牧に横について歩く。
院内は数日前と変わることのない病院然とした病院だった。
気が狂いそうなほど白いあの場所に行くことはもうないだろう。
だからこそ少し違う場所の様にさえ感じてしまう。
「私たちの捜し物は、もう君には分かっているんじゃないかな?」
目指すところがあると分かるその足取りで先を行く御牧はそう答えた。
「なんで俺があなた方の捜し物を知ってるんですか?」
隣の里奈さんも「え、わかってないの?!」みたいな顔してるけど、分かるわけなくない?
「そうか、まあいい。私たちが探しているのはね、刀だよ。銘は柊、刀身は黒く漆に塗られた黒刀で、人を切ることを封じられた呪われた刀だ。妖刀・柊、吸い取った憎しみの純度が濃ければ濃いほど光り輝く名刀と言われているよ」
織田信長に、刀か。
時代がかってるな。
呪われた刀ね。
『これは妖刀とか言われる類いの刀だよ。作り手と使い手の怨念が凝縮された至極の逸品てところかな』
あー、あったなぁ、妖刀。
そっか、あの刀「柊」って名前だったのかぁ。
はぁぁ……。
知ってたなぁ……捜し物……。
しかも誰が持ってるかも……。
「ところで、その刀ってどう言う経緯で捜し物になったんですか?」
「もともとは私のおじいちゃんちにあった刀なの」
俺の質問は御牧に向けたものだったのだが、解答をくれた人と内容は予想の遙か向こうの人だった。
里奈さんは続けて言う。
「それが一月前にいつの間にかなくなってたらしくて、先祖代々『第六天魔王に仕える』って書かれた書簡と一緒に飾られてたんだけど」
それをうちの兄がどうやってか盗み出したって事か。
「それで、どうして山野一樹が持ってるってあたりをつけたんですか?」
ふっと笑う御牧は満足そうな表情をしていた。
「君は今、山野一樹がどこにいるか知っているかな?」
「まだこの病院にいるんじゃないですかね? その刀も、俺がこの間病院まで運びましたし」
「それを聞けて良かった。見当外れをたどっていたわけではなかったわけだ」
御牧の足が止まる。
エレベーターの前。
それは俺が乗り慣れた、少し薄暗い通路のもの。
さっき、もう行かないなんて思った矢先にこうして赴くことになる。
そんな事態になる前に、と、里奈さんの手を取って俺は言う。
「今月いっぱいは入院してるはずなんで、行ってみてください」
そうして兄を売り払い、里奈さんを連れて帰ろうとする俺を引き留めたのは、
「やあやあ皆さんおそろいで。太一、お前には少し話がある」
全てを見通したような男の、頬のつり上がった作り笑いだった。