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ところ変わって彼女たちは今。



 少し古びた2階建ての鉄筋のアパートを見上げて少年は手に持ったメモ帳の記載を確認する。

 自分の書いた文字はそこのアパートにかかる建物名と同じものを示していた。

 上下3室の全室6室で構成されたそのアパートは現在5部屋が貸し出されており、2DKトイレ風呂別の一人暮らしには少しばかり贅沢な造り。しかし二人暮らし以上で賃貸契約している人がいない程度には広さのそれなりなアパートだった。

 家賃は下の階で5万5千+その他、上の階で6万+その他という、恐ろしいほどにコスパの良いアパートで、少年の目的の人物はここで男一人女二人の三人で生活しているらしい。

 土曜日の昼時。

 黒のニット帽をかぶった少年の目が向く先の部屋では、換気扇が回りどうやらお昼ご飯の準備が行われているようだった。

 階段を上り、ドアの前に立つと二人の女性の言い争う声がドアの前にまで聞こえてくる。

 ノックしようとしていた手が止まり、少年は争いがやむのを待った。

 そうして、二時間近くが経過した。

 お昼ご飯を食べているであろう時も、お皿を洗っている音がするときも、現在に至るまで、もはや二人の口論がやむタイミングは一秒と言って良い時間もなかった。

 だから、少年は嵐の去るのをやめて、手を軽く握った。

 そうしてドアに手を打ち付けようとした時、後ろから肩に手が置かれた。

「君、どうしたのかな?」

 その声は重く、手のかかる肩への圧力も重量感を持っていた。

 振り向いた先にいたのは警察官だった。

 女子高生の出入りするアパートの前で、二時間も立ち尽くしていれば当たり前の状況である。

「この部屋の人かな?」

「あ、いや、そうじゃないんですけど、ちょっと用があって」

 肩から手をはなした警察官は、高校生の少年相手に威圧することはなかった。

 しかし、不審者という通報を受けてきた以上必要な手続きを踏むことは考えているようで、

「ちょっとついてきてもらっても良いかな?」

「あ、いや、えーと」

 言いよどむ少年に警察官は優しく微笑む。

「大丈夫大丈夫、ちょっと話聞くだけだから」

 そういって少年の背中に手をやってついてくるよう促す警察官。

 その誘導に少年が若干の抵抗を見せた。少しの踏ん張り、その一歩分の力が、

「あのどちら様で───」

 ゴンッ!!

 少年の額に扉がクリティカルヒットする奇跡を呼び起こした。


 : : : :



「ごめんね~ まさかあんなに近くにいるとは思ってなくてさ」

「い、いえ、助けていただいてありがとうございました」

 ドアゴンから30分後、「山野太一に会いに来た」という少年の言い分に扉を開けた美少女が「そっかそっか」と応じ、少年は警察に身分証を見せることで解放された。

「川島恭吾君。太一くんの中学の時の同級生で良いんだよね?」

 警察から解放された少年が年上には絶対に見えない美少女に案内されたのは、アパートから少し歩いた場所にあるファミリーレストランだった。

 知らない人間を家に入れないという判断は当然のもので、それが見た目どんな人物でもこの対応は変わらない。

「はい。そしてあなたは鷲崎由利亜さんですね。そちらの方は長谷川真琴さんでよろしいんでしょうか?」

 美少女。

 この二人を並べて座らせて、そうして表せる形容詞はあまりに貧困だった。

 だから端的にそう表現するほかにないのだが、少年、川島恭吾はそんな二人を見ても平然としていた。

 そして、当たり前のように事前に知っていた名前と顔を照合させて、二人の美少女に沿う訊ねた。

 二人は口は開かず、さっきまで喧嘩していたとは思えないほどにぴったりと息の合った動きで目を合わせると川島を見て頷いた。

 頷いてからの二人の態度は対極だった。

 由利亜は警戒心をむき出しにした雰囲気を漂わせながら川島の言葉を待つが、真琴はメニュー表を開くと川島から興味を失ったようだった。

 由利亜はそんな真琴に青筋を立てるが、来て何も頼まないというのも迷惑だと気づいて呼び出しボタンを押した。

「え、まだ何も決めてないのに」

「さっきお昼食べたのに何か食べる気なの? 太るよ?」

「自分が最近体重増えてるからって人にまでダイエット押しつけないでください~」

 いーっと小馬鹿にする真琴にいらつきを隠さない由利亜。

「長谷川さんも少しくらい体重計乗った方が良いと思うけど? 最近顔の周りにお肉乗ってきてるよ?」

「そんな安い挑発には乗りません」

 そんな一触即発の空気は一切知らず、やってきた店員に「ドリンクバー三人分で」と告げる由利亜の横でチョコパエフォ追加する真琴。

「チョコパフェは自分で払ってよね」

「はいはい~」

 さながら喧嘩しがちな姉妹のような二人の会話。

 しかしその実二人とも本心を出していないのがわかるやりとりに川島は背中に汗をかいていることに気づく。

 コップが届き、おのおの飲み物をとってくるとパフェが届いて、改めてという形になった。

「それで、太一くんじゃなくて私たちに用があるんだよね?」

 口火を切ったのは由利亜だった。

 そもそも真琴はもはや川島への興味をなくしてパフェにのったアイスに夢中だ。

「はい。といっても、お二人になにかを頼みに来たとかそういうことではありません。俺は今日ここに語り部としてきました。来年からお二人の通う学校で始まるであろう地獄を見据えて、あいつの身近にいる人に知っていて欲しいあいつのことを語る、語り部として」

「地獄?」

 そのおどろおどろしいだけの単語にはさすがに反応した真琴だったが、川島の返答は芳しいものではなかった。

「それは多分、体感しないとわからないので、来年を待ってください」

 人を弄ぶかのようなその物言いにはいつしかの記憶が蘇りそうになる二人だったが、しかし目の前の少年がその言葉をただはぐらかすために使ったのではないことはなんとなく察しがついた。

 この少年にも確証はないのだ。

 だが可能性がある。

 来年、太一の周りで地獄が始まるという可能性が浮上した。

 だから会いに来たのだと。

「まあその前にあいつが解決するとは思うんですが、山野はかなりのサボり魔なので可能性は捨てきれないんですよ」

 続く言葉にも説得力があった。

 太一くんなら自分で解決できる。その確信はあっても、自分から行動することがない人だと言うこともしっていたから。

 実害を被るのが自分なら、後からでもどうにでもなる。

 本人がそう思っていないと言っても、多分無意識のなかでは思考がそうまとまっているのだと美少女二人は笑えない現実を再認識する。

「そしてその地獄が始まったとき、多分あなた方は山野から距離をとることを決めるでしょう。それは決して悪いことではない。でも、俺の話を聞いていれば、その距離をとると言うことの意味を悪いことではないというマイナスからのプラスではなく、そもそもプラスの意味として理解してもらえる」

「私、何があってもあの家からは出ないよ?」

「私もあの家以外に住むところないし」

 太一から距離をとる、そんなあり得ない未来を告げられ少しのいらだちを抱きながら二人は言う。

「しっています。お二人が現在、実質あの家に住んでいることも、あの家から出る気がないことも、そしてあいつがなにからお二人を救ったのかも」

 白状するように、川島は手のひらを机の上に広げてみせる。

「だからこそ、鷲崎由利亜さん初瀬川実さん、お二人はこの先あいつから距離をとることになるんです。でもそれは悪いことじゃない。むしろあいつにとってはいいことなんです。それを今からお話しします」

 「みのり?」呼ばれた名前の二つ目に首をかしげる由利亜は、隣で固まる恋敵を見てさらに首をかしげる。

「私の名前、どこで」

 そのつぶやきは隣に座る由利亜には聞こえていた。

 前に座る川島に聞こえていたかはわからない。

 しかし、聞こえていたとしてもきっとこの少年がその疑問に答えることはなかっただろうと言うことはわかった。

「俺の話は簡単です。山野太一という人間の中学のころの異常についての話です」




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