他人事の、他人の一生懸命なこと。
フラッシュバック。
そのときに俺の脳裏に浮かんだのはそう表現してあまりあるものだった。
フラッシュバックがあまりあるというのが意味不明に思えたら、それがどう言うことを意味するのか少し考えてみて貰いたい。
きっとみんなにも思いつく、そんなことが俺の現状で起きているのだ。
そう、簡単に言えば本当に簡単なことで、俺にフラッシュバックを与える人物が、俺の目の前に現れたのだった。
:*:*:*:
「捜し物はなんですか?」
二人の男は口を噤んだ。
一人は俺を見据えるように、一人は下唇をかむようにして。
膝をついた男に手を貸して立たせようとすると、その手を手厳しく払われて男はそのまま一人で立ち上がり、膝についた砂をぱっぱとはらう。
「カッ!!」と睨み付けるように笑い、車の方へと歩いて行く。
俺に興味を失ったのか、それとも単純に嫌われたのか。
まあ前者はないだろう。
興味をなくした人間にあんな目は出来まい。
あれは完全に敵を見る目だ。
しかし害意は感じなかった。
俺はそれを少し不思議に思った。
「ねえたいち君。私別にそこまで切羽詰まってないよ?」
「里奈さんはもう少し自分の学力を客観的に見るべきだと思うよ」
息を呑む、里奈さんの驚き様はさながら耐水スマホを防水だと思ってシャワーで洗っていたらインカメラが使えくなったJKのそれだった。
ちなみにこれは先輩の起こした実話で、そのときの先輩のしょげた顔は是非スマホのカメラに残しておきたいほどだった。
まあ俺はスマホ持ってないんだけれど。
「別に私そこまでバカじゃないもん…… たいち君とか綾音とかが頭良すぎるだけだし…… 私だって同じ学校に同じ入試受け手は行ってる特進だし……」
ぶつぶつと垂れ流されるお経に耳を澄ませることはせず。
「兎に角、やりたいことがある人は努力を惜しんじゃいけないと思うんだよ。いまここでこうしていることは里奈さんの努力じゃない。だからこんなくだらない事はさっさと済ませた方が良い」
ボゴンッ!!!!!
そんな激しい音が炸裂し、この場の全員がそちらに目を向けた。
それは車から発せられた音で、正確には車のボンネットが奏でた破砕音だった。
握りしめた拳を突き立てたのは、さっき車の方へと歩いて行った未だ名乗ることの無い男。
しかしその一撃は、到底真っ当な人間の放てるものではない。
ボンネットを穿ち、その奥の駆動部までおも砕くその拳は、血を流さない。
「お前、おい坊主、お前だ」
その呼びかけに俺は知らぬ存ぜぬを通す。
まかり通らぬ居留守を突き通す。
「俺はあまり優しくないことで有名だ、学のあるお前なら知っているだろう。三度はない。わかったな?」
学のない俺は当然そんな言葉に何かを思うこともない。
「どうでもいいことはさっさと終わらせるに限るんですよ。何を探しているのか教えて貰えれば見つけてくるので、ここにご署名と印鑑お願いできますか?」
一枚の紙を白髪の男に差し出した俺は、ドンと突き飛ばされた勢いを里奈さんに与えないように握られていた袖を引き抜くと、そのまま加えられた力に逆らわず後ろにすっ飛んだ。
グンと後ろに引かれるかのような力で以て吹き飛んで、痛快なくらいの勢いで背中から落ち、駐車場でそのまま5回転ほどして勢いが消える。
どうにかこうにか受け身を取ることには成功しつつ、しかしなおも詰め寄ってくる男の手をふりほどく気力は残っていない。
というか、俺は今この場で起こることに対してあまり意欲的ではないだろう。
一般よりもやる気がないくらいだ。
「坊主、お前は一体何様だ? 人の行動にちゃちゃを入れられる程の人間か?」
口のなかに溜まる血をペッと吐き出して、うわまじか、みたいな感想を心の中で漏らす。
「こう見えても俺は人より少し長く生きててな、お前よりはかなり年上なんだよ。だから一つ教えておいてやる、人間がやっていることには意味がある、だから、他人が口出すときに貶すようなことをするんじゃねえ」
それは本当にもっともで、これまでの俺の発言を全て受け止めたからこその言葉で。
「う……」
だから俺は、
「あっはははっははははははは!!!」
だから俺は、笑った。
何を気にすることもなく、先までの自分の発言を故意だとわびることもなく。
ただひたすらに、
「だから、その理由を教えてくださいよ」
俺は感情を交わしたかったのだ。
「コミュニケーションの基本はその人が何に怒るかを知るところから始まるものだ」そんな風に教えてくれたのが誰だったのか、考えることも、しないままに。
:*:*:*:
相手の感情を引き出すには手っ取り早く怒らせるのが早い。
俺の発言を受けて男がキレてくれたのは重畳だった。
しかし、そうして感情を受け取ったから、それじゃあお話ししましょうとならないのは当然の帰結で。
「おい御牧、出来る男と組むのはやめた方が良い。こいつは厄を運んでくるぞ」
出来る男という認識違いに一言物申そうとした俺の言葉が始まる数瞬の差で、口を開いたのは白髪の男だった。
俺の事を見定め終えた男の口からは、オカルトとファンタジーを足して掛けて二乗したかのような話が繰り広げられた。
見事に壮大な物語のモブとして登場してしまった俺は、自分の予想の斜め上の話を聞いて、数歩後退った。
逃げるとかそういうことではなく、多分体にさっき突き飛ばされたときの後遺症でも残っているのだろう。
うん。
無理だな。
そう思ったのは確かだった。
そして、じゃあ今日は解散してまた来年から探し始める感じでしくよろでーすとこの場を立ち去りたいのも確かだった。
けれど、目の前にそびえた男二人の威圧感に、それは阻まれた。
あ、あはは……
苦笑いを浮かべながら、明日からとか言われたら、今度こそ由利亜先輩になんていえばいいだろうか、そんなことを思っていたら。
「当然だがこの後もその痕跡をたどる、見つかるまで家に帰れると思うなよ」
もはやブラック企業の二日目の朝だった。
「私、お風呂は入りたいんですけど」
現役JKの悲痛な叫びだったのかも知れない。