シュールな絵面。
知っていると言うよりも、そうでなければおかしいというのがわかりやすいのかもしれない。
何かが起こることを知っている、そういう人のことを予知能力者と呼ぶのだけれど、しかし、そこに予知できるだけの情報があるとするならば、その予知能力は単なる可能性の羅列に過ぎないものになっていく。
裏の世界の事象を表の世界の常識で独断解釈すると、そうなる。
予知能力者とよばれる人は、そうするだけのなにがしかを持っているのだと。
なんの情報もなく人はその精度での可能性の提示は出来ない、と。
表の事情を裏で考慮する必要はない。
しかし、裏には裏の事情がある。
世間が表と裏に薄い膜を張ったのはそう昔の話ではない。
それが必要な世界の変遷ではなかったけれど、変わらざるを得なかったのは多分確かだったのだろう。
とはいえ、その変化は今の事態とはあまり関係はない。
なにしろ今ここにいるのはその変化を見届けた時間軸の人間であり、俺たちとは生きた時間の違う人間だ。
昔ながらの古風な様子はまったくなく、現代人と遜色のない出で立ちでそこに立つ。
人の上に立って人を動かしてきた稀代の武将。
その人物を眼前に捕らえながら、俺はしかし白髪の男の方にこそ目を向ける。
明らかにそちらの方が目を引くから。
「おい、坊主」
その呼びかけが誰を指しているものなのか、わからないという振りをしながら俺は白髪の男に言う。
「殺し合う、ってどう言うことですか?」
鼻で笑うように息を吐くと、白髪の男はジャケットの胸ポケットから何か茶色い某を取りだして口にくわえた。
「ああ、これはシナモンだから安心してくれ」
「いや、聞いてないですけど」
「でもやはり若者が育つ場所で煙草というのは無粋だろう?」
「息子さんはさっきまでぷかぷかしてましたよ」
ジトッと正吾を睨むと何も言わずに俺に視線を戻す。
睨まれた正吾は特に何と言うこともなく、なんならもう一本加えて見せたが火をつける様子はない。
そんなやりとりの中で、里奈さんは俺の横にそっとよってきて並んだ。
「はなし、戻しても?」
「ああそうだな。鷲崎の婿選びの時も、君はそうやって都合の悪いところだけは省くような事をしていたな」
「あの時俺の都合の悪かったことはあの場所にいることでしたから、その言葉は全くはまらないですね」
俺自身をおとしめようとする他人の言葉に対して、俺は別段拒否的でない。
だからこの返答も単純に思ったことの一部に過ぎない。
しかし男ともう一人にはどうやら通用しない感覚だったらしい。
「カッ! それが言い分かよ坊主。お前のそのへたれさが兄貴を潰して人間二人を殺すことに繋がった事を分かっちゃいねえのか?」 笑ったかと思ったら怒りを露わにして声音が変わる。
無視した事を根に持っているのだろうか。
根に持っているのかも知れない。
「その二例が全てでもなかろう。これまでの君自身のやってきたこと全てが、君のその怠惰を示していると言うことだよ」
怠惰?
先輩の親を殺したことが?
兄が再起不能になったことが?
何においても俺はただ力不足だっただけだ。
怠けたことなど一度もない。
俺に出来たことなど精々が現状の維持程度の事だった。
その打開策が失敗だったことは認めても、怠惰だったなどという謂われはあまり快くはない。
できる限りの事はした。
俺はそう思っているし、じっさいそうだった。
とはいえ、別にそれをこの二人に分かって欲しいなどとは思っていない。
だから俺は、
「はあ、そうですかね」
それだけで応じる。
そうして、二人は俺を睨み付ける。
大の大人が揃って二人。
俺は一歩足を引く。
心臓の鼓動が一拍分早くなるのを感じて、一つ息を吐く。吐いて、吐き尽くして、鼓動を無理矢理遅くする。
スッと伸びてくる手が俺の右の袖をつかんで、心配そうに見つめられていることを知る。
そうか、この人もいたんだった。
だとすると、さっきの二人の言葉は俺ではなくこの人への言葉だったのかも知れない。
そいつは危険だぞと、そう警告する罠をはっていたと。そういうことなのかも知れなかった。
「俺は別にここにののしられに来たわけではないので、本題に入らせて貰うんですが」
そう口火を切って、一歩前に出る。
「本題というのは、そう難しい事じゃありません」
もう一歩出て、二人の男に近付いていく。
「お二人は何かをお探しですね。しかも相当見つけるのが困難なもの」
少しずつ、距離を詰める。
「俺は正直あなた方には興味がない」
白髪の男の横を通り、二歩。
「ですが里奈さんの将来のかかった今、あなた方に彼女の邪魔をして欲しくないんですよ」
その男の虚を突いて、
「そこで提案があるんですが」
力を加えることなく男に膝をつかせることに成功し、白髪の男を手のひらで制止すると言葉を続けた。
「俺に、手伝わせてください」
織田信長だと思われる男は驚愕の表情を、白髪の男は驚きの表情を何かを見定める目に変えて。
「取り急ぎ、捜し物はなんですか?」
右手の袖を握り続けていた里奈さんが、白髪の男に首を傾げて見せていた。