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噂は所詮、噂です。



「どういうことだ、君は一体何を知ってる?」

 御牧の顔に差す焦りは、俺を止めようとするものではない。

 自分だけ置いて行かれている人間の、わからないことへの恐怖感から来るそれだ。

 これから何が起こるのか、それがわからないと人間は不安になる。

 漠然と、ただ何かが起こるとわかっていればなおのこと。

「俺の知っていることを今話したとしても、多分何も始まりません。だってお二人には何も出来ない。現状俺にも何が出来ると言うことはありません。そもそも俺は何もする気なんてないんですけどね」

「君はじゃあ、さっき俺たちに何を依頼しろと言ったんだ?」

 御牧の横に立つ鷲崎美紀が、いらだちを隠すこともなくカツカツと貧乏揺すりの様につま先を慣らすのを目の端に捉えながら、決定的なことは何も言わず、

「俺が今すべきことは一つだけなんですよ。来週にもテストを控えた学力の若干難有りな友達を連れ帰って勉強を教えること。それだけです。じゃあお二人は今ここで何をしてらっしゃるんですか? なにも知らないままただ待たされて、友達を探しに来た高校生の肩を持って行動を制止して、あなた方はこんなところで何をなさってるんですか?」

 この質問に、口を開いたのは鷲崎美紀だった。

「なにをしてるかって、そんなの、言われたことをしているに決まってる。御牧社長の言いつけ通りに」

「いい大人になってもまだ、人の言いなりですか。楽で良い生き方ですね」

「大人をあんまり馬鹿にするものじゃないよ、山野君」

 少し、ほんの少しだけれど、俺は鷲崎美紀という人にいらだちを感じているのかもしれない。

 由利亜先輩を置いて逃げたから。

 三好里奈の誘拐を幇助しているから。

 そのどちらの理由ででも、俺は確かにこの女性に対してある程度の嫌悪感を覚えるのは納得できる。

「誘拐された友達を、連れ帰るので肩、はなしてもらって良いですか?」

 未だに御牧の手ののった肩を指さす。

 御牧はぐっと力のこもっていた手を放すと、俺から一歩距離をとった。

「山野君、君は一つ勘違いしている。確かにここに三好里奈さんを連れてきたのは俺たちだけれど、彼女の了解は取っている。事実として誘拐ではない」

「ほう、今学校に向かってきている三好さんのご両親にも同じことが言えますか? まあ言うとしても両親に直接ではなく警察伝いだとは思いますが」

「警察?」

 首をかしげる鷲崎美紀。

「当然じゃないですか、二回目にもなったらさすがに警察呼びますよ。警察と両親両方呼びますよ」

 その鷲崎美紀の表情の変化は、それはもうとてつもなくはっきりとわかるものだった。

「ここに警察が!? どうするの?! 私何もしてないのに!!!」

 御牧に言いつのる鷲崎美紀を見て俺は心の中で、んー、大人、か?

 なんて恐ろしく失礼なことを考える。

「ところで、学校内のどこに向かったのかとかは知ってるんですか?」

「知っているけれど、言うと思うかい?」

 鷲崎美紀をなだめながら、御牧は冷静を装いながら言う。

「そうですね。言わないなら言わなくても良いんですが、じゃあ逆に、俺の話を聞いてください」

「君の話? 警察がくるまでの時間稼ぎか何かかい?」

「そんなことしなくても、日本の警察は《優秀》ですから、ここから今すぐ逃げても掴まりますよ」

 俺の言い分に、「それもそうだ」なんて余裕な風にうそぶく御牧に、俺は告げた。

「いま御牧社長と三好さんと一緒に行動しているのは織田信長です」

「は?」

「そして、三人は何かを探している。俺にはその何かはわからないですけど、鷲崎家、学校とたどっているところを見るとどうやら、俺の兄貴も何か関係しているかもしれません」

 二人は「は?」から顔の動きもなく、ただぽかんと俺の顔を見ている。

「山野一樹の関与は置いておくとして、織田信長の目的がなんなのか、気になりません? 一緒に行ってみましょうよ?」

 当然だけれどこの誘いに二人が乗ってくることはない。

 何も知らなければ俺の言ってることはただのやばいやつの発言で、ここにいるように言われた人間がその言いつけに背いてやばいやつの言うとおりについてくることはまずあり得ないから。

 だからここでの御牧の回答は、

「正気でいってるのか?」

 そんな、幽霊の正体を見た様な目で発せられた一言だった。




 :*:*:*:



 わかっていることがあるとすれば、御牧正吾と鷲崎美紀にはなにを聞いてもわからないということだった。

 そして、俺の持っている情報の信憑性というのは、弓削綾音という一人の少女への信頼が担保になってい。

 信頼とか信用とか、人と関わることのおおかった中学時代でも味方のいなかった俺には縁のないものだったけれど、高校に入ってからはかなり心を許せる人が増えた。

 そんな数少ない気心の知れた友人を助けるために、俺はこの謎の状態をどうにかしなければいけないのかもしれない。

 いや、出しゃばる必要は本当はないのかもしれないけれど、しかし、知っていて何もしないというのは落ち着かないし、弓削さんにもどうにかするように言われている。

 来週の水曜から土曜にかけてはテストだから、時間をかけても月曜までにはどうにかしてあげないと大学への内申点とかいろいろがやばいことになってしまうかもしれない。

 それだけはどうにかしなければ。

 そんな風に思ってしまう。

 里奈さんの将来の夢を聞いてしまっているからこそ、あまりしょうもないことで彼女の人生の邪魔をして欲しくないと思う。

 織田信長だかなんだか知らないが、今を生きる先のある女の子を振り回さないでもらいたい。


「俺の用事は、しょうもなくなんかねえぞ、ぼうず」


 駐車場に現れた三人の内、顔を知らない一人が言う。


「それにな邪魔しなけりゃ、明日には終わるぜ」

 右に立つ総白髪の男には見覚えがある。

 御牧社長とよばれる男。

 そういえば、俺はこの老人の下の名前を知らない。

 御牧、二人いるからややこしいな。

「あ!」

 そう叫んで俺のところまで来ると、勢いよく頭を下げて、

「急にいなくなってごめんなさい! すこし用が出来ちゃって」

 そう謝罪の言葉を継げたのは里奈さんだった。

 見た目に何か危害を加えられた形跡はない。

 俺は安堵の息を吐く。

 一歩前に出て里奈さんの横に立つと、首をかしげる彼女放って白髪の男に向かう。

「もう用は済みましたかね?」

「それがどうやらまだみたいでな、悪いが三好家の長女はまだ借りることになりそうだ」

「来週とかじゃダメなんですか? 今週はやることがあるんですが」

「それは私にもなんとも。ただ、知ってしまった今、この少女には二通りの道しかない。協力するか、殺し合うか」

「物騒ですね、現代日本とは思えない」

 ふっと白髪の男は笑う。

「現代日本だよ。ここは確かにね。だが、違うものがある。山野太一君、世の中を一側面から見ただけではダメなんだよ」

「だから、裏側の住人に手をかす商売をしていると、そういうことですか?」

「そうだ。君にならわかるはずだ、こちら側の人間の怠惰と、あちら側の人間の悲惨さが。つい最近の話なんだからね、初瀬川の斎王が力を失ったのは」

 その言葉の意味を俺ははかりかねて、会話が止まる。

 その間に、

「俺のことをかたくなに無視してくれたな……?」

 そんなすねた子供の声が聞こえた。



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