なぜか焦りを感じない。
正直理解の追いつく話ではないのだが、どうやら弓削さんの占いの結果、里奈さんは今現在織田信長と一緒にいるということがわかったのだそうだ。
「私も何かの間違いだと思って何回か占ってみたんだけど、どうしても同じ結果が出て、それでいる場所の検討なんだけど、なんかね、変なところなの」
「変なところ?」
「うん」
弓削さんは地図を広げると、とっくりを傾け一滴水を垂らす。
その水が地図に落ちる瞬間にはじけ、波紋が広がる。
俺にとってはその時点でも驚きだが、隣にすわるミナちゃんはその姉の行いを見ても驚くことはなく、ただ淡々と見守っていた。
対照的な反応をする二人に見つめられながら、弓削さんは波紋の起こった地図に手をかざす。
すっと一本の線を手のひらで書くと、白黒の地図に赤い点が浮かび上がる。朱色の墨でつけたようなその点は、かすかに震えるようにとどまっている。「それで」と弓削さんはこの地図について説明してくれる。
「これはこの街の地図なんだけど、里奈ちゃんは今この赤い点のところにいるってなってる」
「赤い点が里奈さんなことは絶対?」
「わからない。私は聞いただけだから。それに近しい人のことかもしれないし、別の何かかもしれない」
「なるほど」
てんでわからん。
ただ、里奈さんの居場所のヒントがこれだけであることは確かだった。
「それでその変なところって言うのは?」
「えっとね、これ、この地図のここが今私たちのいる場所で、方角的にはこっちが北なんだけど」
そう言いつつ弓削さんは指で指し示してくれる。
そうして、
「だからここって」
と、そこまで言われて俺は要約理解した。
「あ、これってうちの高校か」
「そう、そうなの」
弓削さんは顔を俺の方にぐっと寄せて頷く。
なんか怖いな。
「里奈ちゃんは今学校にいる。しかも織田信長と一緒に。それってどう言うことだと思う?」
どう言うと聞かれても……。
「なんか、不思議なことになってるなとしか」
ミナちゃんがクスッと吹き出すのを横に聞いても俺は振り向かなかった。
強い心を持て。
「山野君の危機感のなさにはビックリしかしないけど、確かに不思議は不思議だよね……」
「いや納得じゃなくて!」
ん? いや、納得じゃなくてくなくないか??
居所の情報を得たなら俺は行動を起こせるじゃないか。
だけれど、地図だけの情報では誘拐(仮)の謎だけが残る事になる。
ん? いや、情報は地図だけではないのだったか?
そうだ、不思議で済ませてはいけない名前も弓削さんからの情報の一つだった。
「それでお姉ちゃん、織田信長が生きてるってどういうこと?」
そう。
入ってくるときにそう叫んでいたのだった。
居場所が云々ではない。
一緒にいる人を真っ先に告げていた。
だから俺は行けば多分里奈さんには会える。
しかし、会ってもどうにもならないかも知れないのだ。
「う、うん。落ち浮いて聞いてほしゅいんだけど」
俺の心の独り言は、そんな間の抜けた甘噛みで断ち切られる。
「落ち着くのはお姉ちゃんなんだって……」
「くぬぬ……」
妹にツッコまれる姉。俺の頭が思考に熱を出さなくなるには丁度良い程度の緩い環境だった。
気を取り直して、弓削さんは語り直す。
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、実は里奈ちゃんが今一緒にいる人が織田信長だっていう結果が出たの」
「同姓同名、ってこと?」
この回答の明らかな俺の質問には、ミナちゃんが「いやいや」と声をあげた。
「お兄さん、わかってるのにそういう質問は逆に落ち着けてない感じがするよ~」
「そ、そう? なかなかに落ち着いた大人の男だと思うんだけど」
「高校一年生で大人の男はさすがにないでしょー」
「深波、ちょっと今大事な話してるから」
弓削さんの一言にはミナちゃんもさすがに反論を試みる。
「お兄さんは大事な話って感じじゃなかったと思うんだって」
「山野君はこういう人だから横から人が話しかけるとどこまでも本題に戻れなくなっちゃうの。だから一本道でいくの。わかる?」
え、俺ってそんなに流されやすい? と思ったらミナちゃんは凄く納得げで、
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
深々と謝った。
え、本当にそこまで流されやすい? と聞こうと思ったけれど、それこそが本題からずれることに気づいて言葉を喉元で止めた。
ん? お、流されてないじゃん?
いややっぱそんなに流されやすくないだろこれ。
うんうん、やっぱ流されてないよ。
「山野君、本題、戻って良い?」
「あ、はい、大丈夫です」
呆れた視線の弓削さんと、苦笑気味のミナちゃんの目から逃れるべく俺はしっかりと目をそらして空笑いした。