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「「なにいってんだか」」でハモる日。



 水守神社に向かう道程は多少の険しさを備えている。

 小高い丘の上、といって差し支えない程度には高い立地に存在するので、境内に上がるための階段もなかなかに足に来るのだが、図書館からの道中はどこかの部活動のランニングメニューに組み込まれるかもしれないレベルの過酷さを持っていた。

 そんな道ほどをそれはもうなにも考えずに走った結果、

「お兄さん、だいじょうぶ?」

 ミナちゃんが登り切った階段の頂上で不思議そうに首をかしげていた。

 俺はそんな言葉を聞きながら、ぜーハーと息を切らしながら仰向けに倒れていた。

 境内で。

 罰当たりも甚だしいが、人間本当に疲れているときには気なんて遣っていられないのである。

「たいちさん!! お水お持ちしました!」

 ミナちゃんに手を借りて起こされた俺は、ユウちゃんの持ってきてくれた水を受け取って礼を言う。

 息も絶え絶えという言葉の通り、「あ……がと……」とかなんとか、自分でも何言ってるのかわからないレベルのお礼に、ユウちゃんは笑顔で「どういたしまして!」と言ってくれた。

 まぶしい。

 この笑顔だけで俺は生きていけるとさえ思える。

 じゃなかった。

 水を一息に飲み干し、「ふぅぅ……」と息を整える。

「ありがとう、ごちそうさま」

 言うと、笑顔の二人が手を貸してくれて立ち上がる。

「お姉ちゃんがうちで待ってます」

「家? 本殿じゃなくて?」

 問い返すとユウちゃんは頷いて、

「今日から本殿は一般人立ち入り禁止なんです」

「普段から関係者以外は入れないんだけど今日からは私たちも入れなくて、お姉ちゃんとお母さんが儀式でこもることになってたんですけど」

 そこまで聞いて俺は首をかしげる。

「あれ、今日からってことは朝とかからだよね? でもさっき電話に出たのは弓削さんだったような?」

「それも多分お姉ちゃんが説明してくれると思います」

 手を引かれ、来慣れてしまった弓削家の玄関経たどり着くと、引っ張られるがままに家に上がり居間へ通された。

 上座とか下座とか、そういう細かいことはよくわからないのだけれど、とりあえずいつも通り奥側の右端に敷かれた座布団に腰を下ろす。

「呼んでくるので待っててください。ミナ、お茶入れて?」

「わかった。お兄さん、ちょっと待っててね」

「あ、いや、お構いなく」

 俺の言葉を聞くことなく、二人はふすまを閉めて出て行った。

 俺がここに来た理由、それは三好さんの居場所を聞くためだ。

 占った内容を電話で教えてもらう、そういう便利なやりとりが出来れば良いのだが、あいにくと俺には俺へと通じる連絡手段を持ち合わせていなかった。

 だからこうしていつ結果が出ても聞けるように走って来たわけなのだが。

「いや、電話してからまだ10分くらいしか経ってないんだけど…… さすがにまだもう少し時間かかる」

 すっと入ってきた弓削さんは、呆れ一色の表情で俺を見てそういった。

「あ、うん。別に急かすつもりはなかったんだけど」

「図書館からここまで5キロ弱だよ? どんな走り方したの?」

「…………めっちゃはしった?」

 どんな、というかがむしゃらって感じなんだけど。

 そんな心の声を聞いているような「ふーん」を残して弓削さんは居間を出て行った。

「え、どういう……?」

 俺が弓削さんの「ふーん」に戸惑っていると、入れ替わるようにミナちゃんがお盆を持って入ってきた。

「おまたせ~ はいどうぞ~」

 ほいほいと湯飲みを二つ置き、ミナちゃんの好きなお菓子の入った菓子受けが机の真ん中に置かれる。

 俺の横の座布団に腰を下ろして自分で真ん中に置いた菓子受けを引き寄せておせんべいに手をつける。

「あれ、そういえばユウちゃんは?」

 お茶にもお菓子にも手をつけず、俺は双子の姉の方について訊ねる。

「ユウはこの時間は道場で稽古をみることになってるの」

「じゃあ弓削さん呼びに行ってくれた足で道場に行ったのか。忙しいのにごめんね」

 俺の謝罪にミナちゃんは首を振る。

 おせんべいは持ったままに、ミナちゃんは俺の目を見る。

「お兄さんが困ってるときに手を貸すのは当たり前だって。お兄さんはお母さんの命の恩人なんだから」

 命の恩人。

 そんな大それたことはしていない。

 俺は身内の尻を拭っただけだ。

 引き受けた後に不可能であることに気づいて尻込みしていた兄に手を貸しただけ。

 俺が恩義を感じられる筋合いなどないのだ。

 なぜなら俺はあの兄が俺に依頼してこなければこの家のことに関わることなどなかっただろうから。

 しかし、そんなことは関係ないのだと言うことも理解している。

 形だけ見れば俺が何かを成し遂げたようにも見えることは確かなのだ。

 発端はなんであれ、結果、経路、その道筋には俺の足跡が多い。

 だから仕方ない。

 だけど俺はこう思ってしまうのだ。

 『重たい』

 他人からうける感謝、お礼の言葉や俺を持ち上げる言葉。

 そのどれもが俺には重苦しく、立っているだけで精一杯の俺には手に余った。

 でも、年下の女の子相手にそんな話をするのは無粋だ。

 感謝をされたならそれ相応に受け取らなければならない。慢心ではない。傲慢でもない。

 ただ単純に、うれしいを嬉しいで返してあげれば良いだけ。

「司さんが目覚められて良かったよ。ユウちゃんやミナちゃんが良い子にしてたからだろうね」

 よしよしと頭を撫でる。

 そんな俺の手を、気持ちよさそうに目を瞑って受け入れるミナちゃん。

 数秒の間よしよしと撫でて、手を放す。

 なんとなく恥ずかしくなって、ミナちゃんの入れてくれたお茶に「いただきます」といって手をつけた。

 俺が手に湯飲みをもって、「はぁ」と一息ついたその瞬間。

 ドダッドダッドダッドダッ!!!!

 そんなこの静かな家に似つかわしくない騒音が、居間に近づいてきた。

 ザァッとふすまを開き、いつもの楚々とした雰囲気を消し飛ばした弓削さんは、湯飲みに口をつけもう一度「ふぅ……」と息を吐く俺に叫んだ。


「織田信長が生きてる!!!!!!!」


 息を切らす弓削さんに対し、俺はミナちゃんと目配せすると、

「「なにいってんだか」」

 一言一句、余すところなくハモることに成功した。



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