185回 ただ一人、頼る人。
公衆電話に手をかけると、財布の中に入れていた一枚のメモ用紙を取り出す。
書かれているのは電話番号。
スマホ、というか携帯機能付き通話機全般を持っていない俺は、とっさの時はこうやって公衆電話を使うのだが電話番号をそう簡単に暗記できるわけもないので紙に書いて持ち歩いているというわけだ。
『三好さん・080~~~』と書かれている数字を打ち込んで、呼び出し音に耳を澄ませる。
数回のコールの後、単調な女性の声が耳に届いた。
電波のが悪いだとか電源が入っていないだとかで、なんとも不便なことに呼び出せないと言い出したのだ。
携帯電話を携帯していて電話が出来ないのなら、もう俺と同じなのではなかろうか。
そんな風に思いながらも、ここまでは予想通りなので次の番号を入力する。
中学の頃からの利用客なので、テレフォンカードも使い慣れたものだ。
番号を打ちきり呼び出し音を一回聞くと、俺が呼び出した相手が慌てた様子で「もしもし」と電話を受けた。
ワンコールで電話に出たことに少し面食らってしまった俺は、通話口の向こうで二度目の「もしもし?」をいう人物がすこしいぶかしがるような声音であることに気づいて、
「あ、もしもし、俺俺、俺なんだけどさ、ちょっとお願いがあって───」
当たり前だが、ここで一回通話が切られてかけ直しとなった。
* * *
『オレオレ詐欺かと思ったよ』
「あはは、ごめんごめん」
電話の向こうであきれかえる弓削さんの姿が目に浮かんだ。
浮かんだから、何事もなかったかのように要件を進めようと思った。
『そういえば今日は里奈ちゃんと勉強するって言ってたっけ?』
「それ言ったの多分俺じゃないよね」
『うん。おとといくらいに服の相談されたの。なんかすごいドレスみたいなの着てこうとしてた』
「それはそれで見てみたかったな」
『図書館にドレス姿の女子高生が着たら事件だよ』
「病院に巫女装束もなかなかだと思うけどね」
『あれは仕事』
からかうつもりだったのだけれど、どうやら仕事という大義名分を持つことで心の安寧を保っているらしい。
『それで、勉強会の最中に私に電話?』
当然の疑問に、俺は「えっと、それがさ」と、ことのあらましを話した。
『いなくなった、か。それでまた私のところに電話してきたの?』
「そうです。また探していただけないかなと思いまして」
『もちろん協力するけど』
歯切れ悪く言いよどむと、
『2回目だよね、今回で』
「うん。しかもこの2週間に二度だ。だから、今回は根っこの方もつかみたいと思ってる」
カードの残高が少しずつ下って行くのを見つめながら、俺は弓削さんに言う。
「里奈さんの抱えている問題がなんなのか、それを確かめる。そのためにも、力を貸して欲しいんだ」
俺の言葉に、弓削さんは数瞬間を置いたが答えははっきりとしていた。
『もちろん。今図書館にいるんだよね? じゃあすぐ来て。先に占っとくから』
「わかった」
おのおの行動を開始する合図として、俺は受話器をガシャリと戻した。