180回 同級生との不思議な一日のはじまり。
自宅で、肩身の狭い思いをした翌日。
前日の女子会はつつがなく終了し、俺が(タクシーで)二人を送り届けてお開きとなった。
三人で作っていた料理は、由利亜先輩の指導あってなので当然だが絶品で、入院生活でその味を忘れていた先輩は一口食べて涙を流した。そんなにか。
一緒に作っていた二人も「料理がうまくなった気がする」と大はしゃぎだった。
俺はといえば、どの料理を褒めても、
「それ私が作ったやつ」
「それは綾音」
「それは里奈ちゃんが味付けした」
という感じで、もうホントアイアンメイデンだったので、途中からうまいうまいと言いながら全部の料理を一口に詰め込む食べ方にシフトした。
地獄だった。
そんな日の、翌日。
今日は市立図書館で里奈さんと待ち合わせだ。
学校祭の埋め合わせ、ということになっている勉強会の日。
昨日の今日でという感じもあるが、こちらが先の約束だったので文句も言えない。いや、文句はないな。
テスト期間と言っても、俺のテスト内容はもはや教員の頭のなかということになってしまっているし、勉強のしようがない。
友達の夢のために、少しばかり体を張りますかと意気込んで、朝食を食べ終えるとカバンを用意し玄関で靴を履くところで先輩に呼び止められた。
「今日は里奈ちゃんとデートだっけ?」
「勉強会です。市立図書館にいるので何かあれば来てください」
「いい加減、スマホ買いなよ」
あきれた顔で言う先輩。
「じゃ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。鷲崎ちゃんがいない間に早くいきな」
「別に後ろ暗いところはないんですけど……」
「でもほら」
ちらっと部屋の奥を見る先輩の視線が呼んだかのように、由利亜先輩がひょっこり顔を出した。
「太一くんどっかいくの?」
化粧の途中のようで、前髪をくくって上に上げたあられもないご尊顔がこちらをじーっと見つめてくる。
「はい、図書館に。里奈さんの勉強を見る約束なんです」
「ふ~ん、そうなんだ。いってらっしゃい~」
言うと顔を引っ込める由利亜先輩。
「ね、とくになにも起きなかったでしょ?」
「これはね、明日は私の番だし勉強で一日潰すくらいなら許してやるかという余裕が有るからだよ。よかったね、昨日の君の功績だ」
よくやったぞ、昨日の俺。
「じゃ、とにかく行ってきます。先輩は今日は何するんですか?」
「私はテスト勉強と、後役所と病院と不動産屋」
「…………やること多いですね」
俺は思考を全てカットして言葉を放った。
「まあね。人気者は忙しいのさ」
先輩もどうやら思考を放棄しているらしかった。
:*:*:*:
AM10時30分。
図書館の開館時間であり、集合時間丁度。
三十秒ほどの誤差で図書館の入り口前につくと、既に里奈さんが立っていた。
普段制服姿しか見ない彼女は、今日は当然私服。十月後半の寒さにあった白のスウェット生地の長袖にデニムのアウターを合わせ、下はネイビーのロングガウチョパンツ。ボックス型の白のバックパックを背負って、髪の毛もふんわりとウェーブがかっている。
おしゃかわ~とか、距離を詰めながら聞こえない声で言ってみて、里奈さんがこちらに気付いたときには軽く手を振った。
「おはよう」
「おはよっ、たいちくん。今日一日よろしくお願いします!」
「うん、といっても俺に出来るのは里奈さんの勉強を見守るくらいだと思うけど」
「分からないところいっぱいあるから沢山説明してね!」
「……すこし、自分でも考えようね」
入り口を通り、カウンターで司書さんに声をかける。山路と書かれた名札を揺らして答えてくれる女性に、自習室の利用許可を取り付け鍵を開けてもらうと二人でそこに落ち着いた。
「読書スペースでもいいけど、勉強する用のスペースだし、教えるならこっちの方が気が楽だから」
「そっか、声だすとうるさいもんね」
心なしかそわそわする里奈さんが鞄を下ろして椅子に座るのをまって、俺も隣の椅子に腰掛けた。
ちなみに、俺はトートバックに文庫本とノート一冊とボールペン一本を入れて持ってきた。
「じゃあ、分からないところがでてきたら聞くね?」
鞄のなかから文庫本を取りだした俺に、すこし頬が赤い里奈さん。
「うん、考えても分からないようなら聞いて」
あえて、考えて、の部分を強調して、俺は本を読み始めた。