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足が退く、その場に立つことを己が許さない。



 部活が終わると全員で駅まで歩いて帰る、というイベントへと移行する。

 しかし、である。

 ここ半年、散々敵を作ってきた俺もこれ以上の敵対勢力の増員は望んでいない。由井幹晴という圧倒的武力を誇るやばいやつがいなくなり、そこだけは安心できるのだが、それでも、先輩に由利亜先輩、里奈さんに弓削さんという四人と歩いているなんて事になったら、俺はそろそろ後ろから刺されたりするんじゃないだろうか?

 そう。だから俺は決めたのだ。

「今日からは、一人で登下校しようと思うんです」

 そのゴールデンウィーク以前への時間的後退を。



 :*:*:



 その台詞を「あーなるほど」と、納得の表情で受け止めてくれる弓削さん。

 部室で片付けが行われる中で、ただ一人の味方だった。

「え、なんでさ。いつも通りにみんなで帰ろうよ」

 そして、この言葉を俺の真意を理解してなお口にする由利亜先輩。

 もちろん、俺の出方を見ているのだろう。

 男よけとして使える人間をみすみす逃す手はない。それはそうだ。

 しかし、俺にも生存本能がある。

 流石にまだ死にたくないのだ。

「いや、ほら、女の子四人と歩いてるのって、なんか、恥ずかしいかなって? 思春期の男の子的に?」

「ふ~ん」

 何をいってもこの反応だっただろう由利亜先輩の顔には逃がさないと書いてあった。

「この間までは普通に帰ってたじゃん? なんで急に?」

「え、と、昨日? から、思春期が始まって」

 脳みそ空っぽやろうのアホ丸出し発言が、俺(自分)を襲う。

「あ、あの」

 そんなアホを救うべく、なんと弓削さんが声を上げてくれた。のかな?

「私、たまには女子だけでどこかに行ってみたいです!」

 少し意を決したような雰囲気の気合いの入った言葉。

 ん? 微妙に本音くさいな? 俺はそう思った。

 その言葉がこの場を取りなすためのものなのか、これまで言えずにいた言葉なのかが分からなくて、後者だった場合なんとなく涙が出そうだった。

 そんな俺の内心など知るよしもなく、はっとしたように里奈さんが手をあげて同意の声を唱えた。

「はいはい!! それ賛成です!! 女子会したい!!」

 あ、これやっぱ俺が常に邪魔だったのでは? あー、なんかわさびでも食べた気分だ。なんか、鼻水が……。

 そこまで言われて食い下がれるほど強引になれない優しい先輩は、その愛くるしい容姿から怒りを発散させるように「もう!」と俺に叫ぶと、「今日だけだからね!!」と続けた。

 今日だけは一人で帰れると言うことだろうか?

 そしてこれから四人で女子会?

 え、もう六時回るよ?

 可愛い女の子が四人でそんな遅くまで外で歩いてたら危なくない?

「じゃあ、鍵、職員室に返しといて。あと女子会の費用は太一くんのお小遣いから出すから」

「いや、それは良いですけど……え? 俺のお小遣いがなんです?」

 片付けを終えた鞄を女子四人が肩にかけると、

「太一くんの来月のお小遣いがなくなるくらい食べてくるっていったの」

 そう言い残す、由利亜先輩を先頭に部室の扉から人が出て行く。

 最後の一人、弓削さんは両手を合わせて申し訳なさそうに小さな声で謝ってくれた。

 他の二人は多分、おもしろがってるのと、女子会に意識持ってかれてるんだろうな……。

 来月の、お小遣いが……。

 だがしかし! 今月は臨時収入によってお財布は潤っている。来月の小遣い程度、来月分の小遣い……程度……。

 やっぱお金は、あるだけあるのが、いいよね…………。



:*:*:



 もう大分暗くなった道を一人歩く。

 耳の奥の方で薄く声が響いてうつむきがちだった顔を上げるが、観た方向に人はいない。

 行く道に人の影はなく、歩く高校生が一人。

 俺は首を軽く振り、大きく息を吸った。

 四月に入学してからこっち、一人でいるのは授業中と昼時くらいだった。

 家に帰れば先輩二人がいて、学校でも教室では里奈さんが、最近は弓削さんも声をかけてくれたりするから、完全に孤立するという状況はあまりなかった。

 しかも、部活の終わりにこんなにも静かに帰ったことも、よく考えてみればあまりないような気がする。

 最近は、学校に行かなくても良くなったがために、一人で過ごすことも多かったが、それはやらなければいけないことがあったからで、頭の中は常にフル回転していた。

 逃げる口実とかやめる言い訳とか、何でも考えては無駄な思考だったとため息を吐いていた。だから、こうも静かなことはなかったように思う。

 思考の途中視界の端に写ったコンビニに意識が向く。

 そうだ。

 と心のなかでつぶやく。

 今日の夕飯、買って帰らないと。

 普段なら由利亜先輩が作ってくれるが、今日に限って言えば特殊なイベントが発生している。

 さしもの由利亜先輩でも、今日ばかりはご飯を作ってはいないだろう。

 正確には、冷凍庫の中には温めれば食べられるものがあるかもしれないが、なかったときにまた外に出るのもおっくうだ。

 足をコンビニに向ける。

 品揃えの良い店で、少し迷ったが結局は気分だ。今はすこしゆるめに食べたい気分だったのでサラダパスタとデザートにプリンを買って店を辞す。

 半年前なら唐揚げ弁当とカップ麺、そこにポテトチップスなんかを買っていたような気がする。

 ついでに炭酸飲料でデブ活コンプリート。

 食が変わったのはきっと二人と暮らしているからだ。なんとなくそう思う。

 でも嫌な気分はしない。

 むしろ、感謝しているくらいだ。

 何しろ、今のセレクトの方が健康的に見えるし、加えて、今の生活の方が絶対に健康的だ。

 そう、高校一年生の身の上でこんなことを言うのもなんだが、健康的な生活を送れている現状には不満はない。むしろ大満足だ。

 毎日のご飯を作ってくれている由利亜先輩には頭が上がらないどころが伏して感謝している。のだが、ふと思うのだ。

 この人は、いつまで俺のことをかまってくれるだろうかと。

 先輩にしたってそうだ。

 あの二人には、実質的に住む家がない。だから俺の部屋を間借りするように住んでいる。

 だけれどそれは無用なことだ。

 あの二人にかかれば住むところの一つや二つ、見つけてくるのにかたくはないだろう。

 好きだと、そう言ってくれる二人の先輩に、しかしその言葉に重みの一切を感じない俺は思ってしまうのだ。

 俺程度の人間と、あの高くそびえる塔の上に住む先輩二人は、いつまでいっしょにいられるのだろう。

 無用な思考が飛躍を迎えると、家の玄関にたどり着いた。

 鍵を開け、扉を開くと物静かな部屋が暗闇を背負っていた。

 俺は部屋に入って荷物を置くと、

 閉まりきった扉の先に、聞き慣れたローファーの鳴る音を聞いた。鍵を閉めなかったその扉が再び開き響いた声を、俺は求めていたと思ってしまう。

「ただいま~ やっぱ落ち着けるところにいこうってことになって帰ってきちゃった」

 満面の笑顔でそういう由利亜先輩は、片手に膨らんだエコバックを持っている。

「おじゃまします」

 続いて里奈さんと弓削さんが部屋に上がる。その手には四角い箱を持っていて、最後に入ってきた先輩は由利亜先輩同様に大きく膨らんだ買い物カバンを持っていた。

「こんなに買い物するなら太一君いてくれたほうが絶対良かったじゃん……。鷲崎ちゃん買いすぎ」

 疲弊しきったようにして、ダイニングテーブルに買い物カバンを置くと、愚痴が漏れる。

「たまたま安かったから買っただけだから予定して行くときはそうするよ」

 既に冷蔵庫に買ってきた商品を入れつつ言う由利亜先輩に、そうじゃないしと小声で漏らす先輩。 

 この二人、仲は悪いのに先輩が由利亜先輩の料理に惚れているせいで立場がはっきりしてるから喧嘩の勝敗がわかりきってるよなぁ……。

 じゃなくて、

「うちで女子会するんですか? じゃあ俺、ファミレスとか行った方が良さそうですね」

「いいの。いて、いいの」

 自己完結的に家を出ようとした俺を、弓削さんが止める。

「いや、でもほら、俺いると話しづらいこととかあるでしょ?」

「今更山野君に気を遣って話す内容決めたりしないよ」

 くいっと俺の服の袖を引っ張る弓削さんの手に視線を送る里奈さんが逆の方の袖に手をかけた。

「そんなに露骨に避けられると、なんか不安になる」

「避ける?」

 俺のその一言に、どうにも共通認識だったらしく、一同が頷いた。

「面倒くさい女の子に好かれたね、太一君」

 あまりに他人事のようにそういう先輩に向けられた視線の一つが、「私は別に……!!」と小声で叫んだのを聞き逃した人はいなかっただろう。

 好き、そんな言葉に、どんな価値があるだろう。

 帰り道に抱えていたもやが消えた心で、俺は一つ、黒い雲ができるのを感じた。



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