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心の中と、現実の乖離。



 改めてになるが、俺はここ最近学校に行けていなかった。

 兄からの依頼だったとか、女の子のお願いを断れなかったとか、そういういろいろな事情も込み込みではあるが、まあ言い訳はなんにしろこれなかったのは事実だ。

 そして、全く授業を受けていないのも言うまでもない。

 ここ二週間弱のことだ。恐ろしいことにその間きっちり授業は進み、俺は7月に受けたテスト同様、俺専用に作られたやたらめったら難しいテストを受けさせられるようだった。

 現状は、そんな感じ。

「はぁ……」

 放課後。

 終業のチャイムが鳴ると俺の足は自然に部室へと向いていた。

 隣には三好さんがいて、その隣に弓削さんがいた。

「大丈夫? テスト勉強、行き詰まってるの?」

 俺のため息に心配そうに声をかけてくれる三好さんは、今日から一緒にテスト勉強をする約束をしていた。

「山野君、歴史の保科先生に凄い敵視されてたね」

 歴史科目。この学校では歴史はひとまとまりで学ぶというやり方をとっていて、広く浅く世界中の全ての国の歴史を網羅するための歴史科目というものが、一般の学校の日本史や世界史というような科目の役割を担っている。

「うんうん。でもたいち君、前回も満点だったでしょ? 先生たち相当悩んで作ってたらしいからその所為だよ絶対」

「先生たちがどんだけ心血注いだかとか、そういうことは俺には関係ないんだよなぁ……」

「まあ、それはそうなんだけど」

 女子二人に苦笑いをさせながら歩を進め、部室に着くと先輩二人が定位置に座っていた。

 マグカップから立ち上がる湯気を見つけると、芳しいほうじ茶の香りが鼻腔をくすぐる。

 先輩がしたり顔でマグカップを手に取り口をつける。

「ほぉ……」

 息を吐くと、全身の力が弛緩しているのがわかる。

 うまそうに飲むなあ。

 俺がカバンをおいて席に着くと、すっかり馴染みになりつつある同級生二人も空いてる場所に腰を落ち着けた。

「新しいお茶ですか先輩?」

「そう。昨日学校休んだじゃん? 自分の部屋の整理とかしてて、気が向いたから近くの商店街のお茶屋さんいったんだけど試飲させてくれてさぁ、超おいしくてすぐ買った。教えてもらった入れ方も結構簡単でさ、太一君も飲む?」

「良いんですか?」

「もちろん。三好ちゃんと弓削ちゃんもどう?」

 訊ねられて、三好さんは背筋を伸ばした。

「良いんですか!! 是非いただきたいです!!」

 そんな三好さんに先輩は笑って、

「あんまり緊張しないで? こっちもなんか緊張しちゃうから」

 そう言うと、立ち上がってポットに手を置いた。

「長谷川先輩、で良いんだよね?」

 三好さんの小声の質問に、俺はコクコクと頷いた。

 弓削さんにも聞こえるように、顔を近づける。

「少し込み入った事情があって、詳細は言えないんだけど、病気が治ったんだ。今の姿が本当の長谷川真琴なんだって言ってた」

「今の姿がって、絶対聞かないことばだよね」

 普通に生きてたら。

 そんな風にことばを漏らす三好さんだったが、空気を読むのと理不尽には慣れているのだろう、それ以上の追求はなく、先輩の方へとよっていった。

「長谷川先輩、お手伝いします!」

 マグカップにお茶を注いでいる先輩は、目線だけで三好さんを見ると「ありがとう、じゃあこれ太一君の分渡してくれる?」と、見たことないほど先輩らしく振る舞っていた。

「今日は静かですね、由利亜先輩」

 俺は隣の席で教科書を睨むロリっ子に声をかける。

「…………」

 無視。

 それもそのはず。

 突然病に冒されていた同居中の同級生の姿形が変わって帰ってきたら、こういう態度にもなるだろう。

 実際は俺もこの姿を見たのは由利亜先輩がこの姿を見るほんの数時間前だったのだが、そんなことは慰めにもならない。

 何をしているのかも言わず、ただ待っていてくれるこの先輩に、俺は何を返せば良いのだろうかと悩みこそすれ、実際に何かを行動に移したわけではないのだ。しからば、この態度に文句のつけようなどなかった。

 まあ、無視していても、こうして部員でもないのに部活に来ている時点でお察しなのだが、それでも、ご機嫌は取らないとならないだろう。

「ねえ、由利亜先輩。今週の日曜日、服を買いに行こうと思うんですけど、俺センスないじゃないですか。だから誰かに選んでもらえたらなぁとか思ってるんですけど、一緒に行ってもらえませ───」

「行く」

 疑問符を打つ前に答えられていた。

 こちらを見つめるつぶらな瞳を見ていると、打算まみれの自分を滅したくなってくるので目を逸らした。

「え、なになに、買い物行くの? 私も行って───」

「一人で行け」

 先輩が会話に入ってこようとしたときにはキッと睨んで拒絶していた。

 恐ろしい反応速度だ。

 その恐ろしさにさしもの先輩もたじろいでいた。

 ほわんと腕が柔らかさに包まれて、それが由利亜先輩のたわわであることを認識すると、俺は自身の運動性能をほぼゼロへと落とす。

 俺からは触れていない。

 そういう意味の、ある意味無駄な主張を意味する行為だ。

「どこ行く?? 最近できたアウトレット行ってみる? あ、でも男物なら駅前のショップの方が良いかな? あ、時間! 何時に行く? お店が開くのは大体10時とかだしその前に喫茶店でブランチってどう? 私行きたいカフェがあるんだけど!!」

 怒濤だった。

 俺は聞き取るだけで精一杯で、返事にして「あ、はは……そうですね」と苦笑するしかない。

 そんな俺の反応を見ても、由利亜先輩はニコッと笑った。

「はじめてなの! 太一くんからデートに誘ってくれたの!!」

 ついには後輩女子に「デート」と、俺のと認識の異なる見解が述べられていた。

 そんな浮かれ飛ばした憧れの先輩に、女子二人はびっくりした顔をしながら、唇をかむような仕草を見せる。

「由利亜先輩落ち着いてください。後輩二人がかなり引いてます」

 口だけで静止しようとする俺の前にマグカップが置かれた。

 そして、ぐいと引き裂かれるようにして由利亜先輩と俺が分離した。

「日曜遊ぶなら、なおさら今勉強しなきゃなんじゃないの?」

 割って入ってくれた先輩の言葉に由利亜先輩の笑顔がしかめっ面へと変わる。

「そんなのわかってる……」

 先輩二人のやりとりは数秒で、相変わらずの仲の悪そうな雰囲気。

 それでも助けてくれた先輩に感謝して目線を送ると、パチリとウィンクを返された。

(???!?!?!?)

 可愛いすぎんか…………???!!!?!?!?

「ほら、勉強するよ」

 ふふと笑った先輩が半分錯乱状態の俺を教科書でポスとはたき、全員にそう促すと、俺たちはことば通り勉強を始めた。

 俺が来たときよりも少し、室内が熱気に包まれている気がした。


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