人が一人、いなくなった。
「由井さんが転校したの、山野君も知ってるでしょ?」
「え、そうなの? 初めて知ったな」
「……そういう嘘は、いらないから」
「……」
茶室。
ここに来るのは二度目だ。
今回は弓削さんが点ててくれたお茶はない。
もちろん茶菓子もなく、俺はそっと持ってきた司さんの入れてくれたお茶の入った湯飲みを大事に抱えて目をそらした。
「どうやって、っていうのは聞かないから、はっきりさせて欲しいの。誰がやったのか、どうして転校したのか、それくらいは知ってるんでしょ?」
お茶に口をつけて、言葉を選ぶがどう繕っても直接的な物言いになるのが目に見えてしまう。
どうしたものか。
でもなぁ、ばれてるし、憶測くらいはあるだろうし、でもそれ絶対間違ってるし、その間違いは正さない訳にはいかないしなぁ……。
多分弓削さんは、司さんを目覚めさせるために祈祷を頼んだから「何でも屋」が何かの理由があって権力を振るって転校させたのだろうと推測していることだろう。
だからこんな風に責任を感じてますという顔で俺に話を聞いている。
まさか、学校で後輩に暴力を振るったから金持ちのお嬢様がぶちギレて転校させられた、なんて推測が立つはずもない。
だが、その説明をすると由利亜先輩の過去を少なからず話さなければいけなくなるような気がする。
それはだめだ。
由利亜先輩が勇気を持って、信頼をもって話してくれた内容を自分の都合で他人に多少なりつまびらかにするのはどうかと思う。
ではこの状況、俺はどうするべきだろう。
じっと俺の言葉を待つ彼女に、俺は何を言えるだろう。
「え、っとね」
じーっと見つめられるのに堪えかねて向かい合う姿勢だったのを体をひねって正面からそらし、舌先三寸口八丁、ごまかそうと決めた。
「まあ、俺も詳しくは知らないんだけど、ちょっとだけならね、知ってるんだけど、でもほら、あんま人には言っちゃいけないことだからさ」
「言えることだけで良いから」
「……」
にたり、と自分の顔が歪むのがわかった。
言えることだけ、言質はとったと顔に出てしまった。
が、どうやら気づかれてはいないようで弓削さんは俺の言葉を引き続き待っている。
「んー……ほんとに、言えることだけだよ?」
「うん。それでもいいから」
よしよし、後は事実だけを伝えればいい。
我ながら素晴らしい演技力だ、決してとっさの思いつきとかではない……。
「じゃあまず、生徒会長が転校したのは今回のお祓いの件とは別件です。全く関係なし。ただ、暴力沙汰でとある人に目をつけられて、それで飛ばされました」
「………………え、終わり?」
「うん、終わり」
「え……え?」
「ん?」
「いや、意味わからないって言うか、えっと、何、暴力沙汰?」
「うん。暴力沙汰」
「ぼう、力、って……あっ……」
俺を見て、思い出したという顔。
そりゃそうだ。
あのとき俺を拾って帰ってきたのは誰でもない弓削さん本人なんだから。
覚えがないなんて言わせない。
「え、じゃあ、ある人って……」
ある程度の憶測は、たてられるだろう。
だが根本的な部分の情報が不足している。結論を出すことは不可能な証明問題だ。
しかし情報の開示はここまで。
「じゃあ鷲崎先輩が、由井さんを?」
「さて、それはどうかな?」
「むー……」
思わせぶりな態度とは、結局のところ一種の肯定であるように思う。